第10話 一瞬の決着
ベルートホルンから出発した翌日の昼過ぎにはトマス村へ到着した小さな剣は、村人の一人に村長宅へと案内された。
トマス村は石と木を組み合わせた家が30軒ほど並ぶ小規模の村だった。
畜産と酪農で食べているのか柵の中に羊と山羊がいたが、柵の広さに対して数は少ない。
魔物によって多くの被害が出ているのは一目瞭然だった。
村人の表情も暗く、それを見てマルコは心を痛めた。
「討伐依頼を受けて来ました小さな剣です」
「家畜が食われて困っていたのです!感謝しますじゃ!それで…そちらの子供はお子さんですかな?」
「マルコはパーティーの仲間だけど?」
「これは失礼致しましたのじゃ…。儂は村長のトマスですじゃ…」
皺くちゃな顔の村長はマルコをディアナの子供と勘違いして機嫌を損ねたのを申し訳なさそうに謝った。
何せ一発殴られたら死ねるぐらいに大柄なディアナだ。
今回は別に威圧した訳ではなく事実を伝えただけなのだが、多少はイラっとしたのも事実なのを考えると、村長の危機察知能力は中々のものであった。
「儂はあまり外に出ないので直接見てはいないのじゃが、村の若い衆によると大きな銀色の狼が羊を咥えて柵を飛び越えるのを見たそうですじゃ」
村長の話を纏めると、毎日夕方から夜に掛けての時間帯に銀色の体毛を持つ狼が現われて羊か山羊を襲って持って行く。
襲われるのは日に2頭の日も3頭の日もあって、今の所村人は襲われていないが、家畜の次は人間が襲われるのではないかと恐れている。
現れる狼は毎回1体のみ。狼は山羊の何倍も大きくて、赤い瞳を見たと証言する村人もいる。
村長の話を聞きながら、マルコは思考を巡らせる。
(通常の銀狼1体ではそんなに食料を必要としないし、羊や山羊を咥えて柵を軽々飛び越えるなら大きさ的にも
マルコは銀狼の討伐として依頼を受けたギルドに対しても疑問が浮かんだが、人を疑うのは良くないと考えを打ち消した。
昼の間は家畜を外に出して、日暮れ前には小屋に戻す様にしていれば狙われる事も無かったかもしれないが、この世界の村基準だとそういう管理をしている所の方が珍しい。
それが銀狼からすれば隙だらけで格好の餌場になってしまったのだろう。
「わかりました。いつも狼が去って行く方角はわかりますか?」
マルコの質問に、村長は浅く何度か頷いてから口を開いた。
「ええ、ええ。家畜がいる柵の向こう側ですじゃ」
いつの時代からあるのか定かではないが、森を切り拓いて作ったのであろうトマス村は周囲を森に囲まれている。
柵の向こうも当然森なので、魔物が住処とするには都合が良い。
「ディアナ、行こう」
「うん。さっさと済ませて夜はゆっくり休もう」
「い…今から行くのですじゃ!?」
村長は驚いているが、マルコもディアナも今日中に依頼を終わらせるつもりだった。
マルコは“これ以上の被害が出る前に討伐してしまいたい”し、ディアナは言葉通りさっさと終わらせたい。
普通は一晩村で休んで移動の疲労を取ってから万全を期して討伐に向かうものなのだが、ディアナは大柄な見た目通りの馬鹿体力だし、マルコはディアナがこの程度で疲れないと知っているし信頼している。
(疲れたら疲れたと口に出す素直さがディアナの長所だからね。今日はまだまだ余裕がある筈。背負って運んで貰ってる僕がこんな風に考えるのは申し訳ないけれど…)
マルコはディアナに対しての申し訳なさを持っている。
街にいる時は歩幅を合わせて歩くペースだって合わせてくれているし、いつだって自分を気遣ってくれている。
そんなディアナに申し訳なさを感じるのは、前世からずっと誰かに世話をして貰っていたマルコなので仕方が無い。
しかし、ディアナに対しては一方的に受け取るのではなく、仲間として受けた恩を返す手段を知っている。
今のマルコは単にディアナからの親切を受け取るばかりの役立たずではないのだ。
一晩泊まってから行かれてはどうかと提案する村長を振り切って、小さな剣は村長宅を出た。
外にはクロムと掃除屋の3パーティーがいて、これまでに採取した素材を置かせて貰えないかと村人に交渉していた。
どうやら話は纏まったようで、素材の入った鞄を納屋に運び込む。
「クロムさん、これから討伐に向かいます。羊や山羊を咥えたまま柵を飛び越えて行くそうなんですけど、どう思いますか?」
マルコは納屋から出て来たクロムに話掛けて情報を聞かせ、クロムは間髪入れず見解に至った。
「血目銀狼だろうな」
マルコはやはりかと納得して頷き、クロムは掃除屋に指示を出す。
「小さな剣はこれから討伐に向かう。1パーティーだけついて来てくれ。残りの2パーティーは台車の用意と素材の処理を頼む。それから…いや、良い。一緒に向かうパーティーは準備してくれ」
クロムの素早い指示で直ぐに準備は終わり、小さな剣は銀狼を探して森へ入った。
ここまでの道程では数mの距離を開けて同行していたクロムと掃除屋パーティーは、今は10m強の距離を開けている。
匂い消しを使って匂いを誤魔化し、出来るだけ物音を立てない様にして気配を消す。
ディアナは何の対策もしていないし豪快に歩くので、魔物が襲い掛かるならそちらに行く。
クロム達の更に後方から様子を窺う3人組も何の対策もしていないが、こちらは襲われても自己責任なので関与しない。
「あれは山羊の角かな。動物の骨も転がってるから近いかも。ここからは自分の足で歩くよ」
「わかった。足下に気をつけてね。転ばない様に手を繋いでおきましょう」
「うん、ありがとう」
羊の角。骨を砕かれて中身だけ食べられた頭蓋骨。あまり日が経っていなさそうな肉が僅かに残っている動物の骨。
明らかにこの付近に銀狼がいた形跡がある。
ここは自分の縄張りだと誇示する為なのか、周辺を取り囲むように骨が捨てられている。
「多分、この骨の中心の方にいると思う」
そう言って進行方向を決めたマルコの予想通り、5分弱も歩くと銀狼はいた。
遠目から見ても分かる巨体に血の様に赤い瞳。
これはディアナが「あんまり強くない」と言った銀狼ではなく、予想していた通りの血目銀狼だ。
「こっち見てるわね」
「まあ、匂いで気付かれるよね」
地面に伏せてリラックスしていた血目銀狼はディアナを見据えて、ゆっくりと起き上がった。
そして、首を上に向けて遠吠えを上げた。
「アオーーーーーン!」
ディアナよりも更に倍以上もある巨体から放たれた遠吠えは地面を、周囲の木々をビリビリと振動させた。
威圧の効果を含んだ遠吠えの効果は凄まじく、数10mも離れている掃除屋パーティーを怯えさせ、獲物が近いと踏んで距離を詰めていた3人組は、1人が腰を抜かし、1人が粗相をし、残り1人は気を失って倒れた。
これが討伐推奨ランクBの魔物が持つ力である。
小さな剣の二人は、血目銀狼が首を上げた瞬間にディアナがマルコの前に立って、抱き締める様にして両腕で耳を塞いだ。
ディアナが身を呈して威圧と振動からマルコを守った為、マルコは腰を抜かす事も気を失う事も無い。
ディアナの方は威圧をまともに受けた筈なのだが、何もなかったかの様にピンピンしている。
「うるっっっさいわね!マルコに何かあったらどうすんのよ!」
「あはは。ちょっと耳がキーンとするけど、ディアナが守ってくれたから大丈夫だよ」
血目銀狼にキレるディアナと宥めるマルコ。
Bランクの脅威を前にしても、どこかほのぼのとした空気感が流れるのはいつもの事である。
マルコに宥められて少しは落ち着いたディアナは、血目銀狼を見据えてロングソードを構えた。
血目銀狼もディアナを標的に定めて身を低くし、戦闘態勢に入った。
血目銀狼との距離は30m程。
地面を蹴って急加速した血目銀狼は、一気にディアナとの距離を詰める。
25m…20m…15m…10m…。
血目銀狼は勢い良く飛び上がってディアナへと襲い掛かる。
「入った」
血目銀狼との距離が10mを切った所でマルコが呟いた。
その瞬間、マルコはディアナの佩いた刀の柄を握る。
マルコのスキル【
刀を抜いたマルコは地面を蹴り、斜め前方を目掛けて飛び上がった。
そして刀を左斜め下に構え、右斜め上方向に斬り上げる。
【大番狂わせ】が発動したマルコには、敵の命を最短距離で刈り取る
マルコはその致命線になぞらせて刀を振るだけだ。
刀は血目銀狼の喉元を裂き。
頸椎を切断して。
そのままの勢いで首を刎ねた。
血目銀狼は斬られた事にすら気付かずにずるりと頭と体が離れ。
頭はゴロリゴロリと地面に転がった。
体は飛び上がった勢いのまま10mも進んでから地面を擦る。
血目銀狼は死んだ瞬間に【大番狂わせ】が切れたマルコは重たい刀を手放し、体が空中へと投げ出される。
【虚弱体質】のマルコは小さくて細くて貧弱なので、数mの距離から落下しただけでも大怪我をする可能性が高い。
このままでは背中から地面に落下して頭と背中を強打するのは間違いいないだろう。
しかし、そうはならなかった。
マルコが刀を抜いた瞬間、ディアナは迫りくる血目銀狼など目もくれずに駆け出していた。
血目銀狼の横を抜け、ロングソードを捨てて疾走し、落下するマルコをスライディングしながら腕の中におさめた。
無防備なまま地面に叩きつけられそうになっていたマルコが怪我をせずに、ホッと胸を撫で下ろすディアナ。
「ありがとうディアナ。助かったよ」
「マルコを助けるのはあたしの役目。あたしを助けるのはマルコの役目。でしょ?」
「あはは。そうだね。僕はディアナを助けられたかな?」
「うん!今日も格好良かったわよマルコ!」
今しがた血目銀狼との戦闘を終えたとは思えないほんわかとした空気を放つ二人。
そんな二人の姿に、やれやれと首を振るクロム。
顔を見合わせて苦笑する掃除屋パーティー。
腰を抜かした新人冒険者は、目の前で起こった出来事が理解出来ずにあんぐりと口を開けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます