第2話 ヘント爺

「はぁ…はぁ…はぁ…。ヘントさん、こんにちは」


「来たかマルコ坊。今日は何の話をしてやろうか」


 【虚弱体質】の称号を持っていると鑑定を受けてから2年。

 10歳になったマルコは、息を切らしてヘントの家を訪ねた。

 まるで全力疾走でもしてきたかの様だが、自宅からヘントの家まで30mにも満たない距離をゆっくりと歩いてきただけである。


 今のマルコは見た目だけで見れば7歳か8歳ぐらいか。

 【虚弱体質】の影響で太れないマルコは相変わらず全身ガリガリで、一見すると物凄く不健康そうに見える。

 実際は非常に疲れやすくて心配になる程に痩せているだけで、本人からすれば元気でしかないのだが。


 鑑定の日、全力で生きると誓ったマルコは、偏屈で有名なヘントの家を訪ねて色々な話を聞く様になった。

 初めは迷惑そうにしていたヘントだったが、基本的には優しくて自分の知識をひけらかすのは好きなので、段々とマルコを受け入れていった。

 今ではお互いに年の離れた友人と思っているのだから、世の中とは本当にわからないものである。


「よし、今日は英雄の話をしてやろう」


 そう言って、ヘントはとある本から抜粋した英雄についての話を語り始める。

 この話、実は既に6回目なのだがマルコは気にした様子もなく相槌を打って耳を傾けた。


 ヘントは歴史や地理や一般常識、魔物や薬草などの素材について、農業や商業から貴族の話まで。

 様々な話をマルコに聞かせたが、ヘントが最も好むのは過去に実在した英雄達の英雄譚だった。


 勇者と呼ばれ魔族の侵攻を退けた英雄。

 大都市に襲い掛かったドラゴンを、たった一人で倒した英雄。

 世界各地を旅して多くの人間を病から救った英雄。


 そんな英雄達の話をしている時、ヘントはまるで子供の様になって楽しそうに生き生きと話をするのだ。


「それで一度は敗れ、瀕死の重傷を負った英雄クレイグは死の淵から奇跡的に回復して押し寄せる魔物の波と戦ったんだよ!そのパーティーは4人組だって言われてるんだがな、実は5人目が存在したんじゃないかって説を提唱している学者もいてな。実は俺はその説が正しいんじゃないかと思ってるんだ」


 ヘントは英雄の物語を語り、マルコはそれを興味深げに楽し気に、何度も頷きながら聞いている。

 ヘントが英雄の話を語って聞かせるのが好きな様に、マルコも英雄の話が大好きだった。

 それは前世で言えばファンタジー物語の世界だが、剣を振るい、魔術を放ち、人間以外にも多種族がいて、魔物がいるこの世界では史実に基づく真実の物語だ。

 もしも前世のマルコが普通の子だったなら、少年の内に通っているであろう世界を守るスーパーヒーローへの憧れと熱狂。

 マルコはそれを今世で物語の英雄達に感じているのだった。


 そしてヘントは言葉を続ける。


「俺も若い頃は英雄を目指して冒険者をやってたんだ。だけど、俺にはてんで才能が無かった。剣は上手く振れないし、魔法はショボいのしか使えない。魔物の前に立つと恐怖で足が竦んじまう。

 実を言うと俺は魔物に殺され掛けてた時に次代の英雄と噂されてる冒険者に助けられた事がある。今でも不老の英雄なんて呼ばれてるがな。実際に目で見て理解した。俺は英雄にはなれないんだなって」


 ヘントは寂し気に目線を落とした。


「だからすっぱり冒険者は辞めた。いや、辞められたって言った方が正しいか。あのまま続けてたら、俺は何処かで命を落としてただろう。

 英雄には必ず優秀な仲間がいる。俺は口下手で人と話すのが苦手だから仲間もいなかった」


 僅かに首を横に振ったヘントは、少し寂し気な表情を浮かべる。


「英雄になりたかったなぁ。小さくても良いんだ。誰かの記憶に残る、名も無き英雄でも良い。俺は英雄になりたかったんだよ」


 自分に語りかける様にそう呟いて、ヘントは天井を見上げて目を閉じた。


 ヘントの自分語りは、もう何度も聞いているが、今日はやけに寂しそうに見えて、マルコは考える。


(きっと僕には英雄を目指すって心構えを持つ事すら出来ない。冒険者にもなれないし、スタートラインに立つ事だって出来やしない。足が竦んでも魔物に立ち向かったヘントさんは立派だし、そんなヘントさんを少しだけ羨ましくも思っちゃうな)


 マルコは英雄に憧れている。明確に英雄に憧れている。

 ヘントから聞く英雄達は、正しく前世で自分が夢に見た『誰かの役に立ちたい』を体現していたから。

 それでも頭の良いマルコは、その憧れから目を背ける。傍観者でいる事を許容する。


 何故なら【虚弱体質】なマルコは農具の鍬すら持ち上げる事が出来ない。

 魔法なんて一つも使えない。

 少し歩いただけで、すぐに疲れて息が上がる。

 そんなマルコが誰かの為に戦う英雄になんて慣れる筈が無い。


 そうやって、体の小さな少年は、今日も英雄への憧れを諦める。


「ヘントさん、昨日話してた魔物の話の続きが聞きたいな」


「おう任せろ!昨日の続きからだな。オークって二足歩行する豚面の魔物は太った体型をしてるから動きが思われがちだが、ありゃ全身筋肉だから騙されちゃいけねぇ。この辺りにはいないけどな。オークの上位種にはハイオーク、オークジェネラル、あとは…」


 マルコはヘントから多くの知識を学んでいる。

 自分は体を動かす事は出来ないが、前世で入院しながら少しは勉強をしていたマルコは、村の同年代と比べても頭が良いからだ。

 ヘントから読み書きも教わっているし、計算だって出来る。

 マルコは自分に出来る事を着実に、誰かの役に立てるかもしれない知識を日々蓄えている。

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