英雄への産声
第1話 虚弱体質
とある世界にあるリオナ村。
そのリオナ村に住む少年マルコは、異世界からの転生者である。
前世のマルコは兎角体が弱く、15歳の若さで命の灯火を燃やし尽くした。
きっと前世のマルコにとっては短い蝋燭が最後まで燃え切って終わった人生だったのだろう。
さて、前世では体の弱かったマルコだが、今世のマルコはと言うと…。
「マルコ。父さんと母さんは畑仕事に行ってくるから、留守番を頼むぞ」
「お昼ご飯はマルコの大好きな角兎のスープにするからね」
「本当に?嬉しい。父さん母さん、いってらっしゃい。僕は大人しく待っているから心配しないでね」
「マルコは本当に賢い子だ。いってきます」
マルコは、立て付けの悪い扉を開けて家を出て行く、今世の両親を見送った。
前世と比べてしまえば文明が進んでいるとは言えない世界に生まれた今世のマルコは、同い年の子と比べても随分と体が小さく、体はどこもかしこもガリガリに痩せ細っていた。
マルコは十月十日と十分な期間を母のお腹で過ごしたにも関わらず、未熟児の様な小さな体で生まれてきた。
村で一番長生きしている村長のリオナ婆も、村一番の賢人ヘント爺も、首を傾げる不可思議さだったが、その内に他の子供と同じ様に成長するだろうと考えられていた。
しかし、マルコは1歳になり2歳になり、3歳になり4歳になり、5歳になっても他の子と比べて2歳程も若く見えて、肋骨が浮いているぐらいに痩せている。
幸い病気になる事は今の所無いが、まるで食事を与えられていない欠食孤児かの様に見えるマルコの姿は、周囲を心配させている。
普通、村の子供は5歳にもなると家の手伝いで畑の草むしりなどを始めるのだが、ガリガリに痩せ細ったマルコは少し歩いただけで疲れて動けなくなってしまうので、毎日家で留守番をしている。
前世でも両親に沢山の迷惑を掛けたと思っているマルコは、今世でも両親に申し訳なさを感じながら生きていた。
「僕は今世でも役立たずだ」
何も出来ずに誰の役にも立てない。
病気が無いぶん前世よりマシだが、今世も足手纏いな自分のままかとマルコは深く溜息を吐いた。
マルコが周りの子達よりも小さく細く弱弱しい原因がわかったのは、マルコが8歳の時だった。
きっかけは村一番の賢人ヘントの助言だった。
「マルコが痩せているのには、何か原因がある筈だ。一度街の神殿に連れて行って診て貰うと良い」
8歳になったマルコは相変わらずかなり疲れやすかったが、5歳の時よりは幾分かマシになっていた。
リオナ村から街までは乗合馬車を使って1日半掛かる。
たった1日半でもマルコの体力では厳しいだろうと考えていたヘントは、マルコの両親に助言するタイミングを見計らっていたのだ。
8歳にして初めて村から出るマルコ。
前世でも殆んどの時間を病院で過ごしていたマルコにとっては、前世と合わせて23年で初めての冒険だった。
そのドキドキワクワクした気持ちは、疲れやすい体のせいで1日目には霧散してしまった。
しかし、それでも、初めての街にマルコの胸は高鳴った。
初めてマルコが見た街の景色は、どこもかしこも刺激的だった。
いつだったか看護師さんが見せてくれた、ガイドブックに載っていた古いヨーロッパの様な街並み。
多くの人々や馬車が行き交う石畳の道は、とても賑やかだった。
マルコからすれば、それはまるでお祭りでもやっている様な光景だったが、住民からすれば毎日見られる光景だ。
燥ぎ過ぎてすぐに動けなくなったマルコを父親が抱えて、到着した日は両親と3人で街の観光をした。
翌日、リオナ村に出入りしている商人に頼んで既に予約をしてある神殿に行くと、マルコは問診と幾つかの検査を受けて、体には何ら問題は無いと診断された。
その結果に両親はホッと胸を撫で下ろした。
診察を担当した神官は両親に、マルコの鑑定をしてみないかと提案した。
マルコの体の小ささや痩せ方は、言葉には出さなかったが、神官でさえも虐待を疑うほどだった。
それでもマルコの体はどこを見ても綺麗なものだし、食事も同じ年頃の子にしては十分ではないが、マルコの体の大きさには十分な量を摂っていた。
ならば原因はスキルか称号にある“かもしれない”と考えるのは自然な流れだった。
結局、この鑑定によってマルコの貧弱な体の原因が判明した。
原因は【虚弱体質】という珍しい称号だった。
一般的に虚弱体質と言われる者はいるが、称号として【虚弱体質】を持って生まれてきた者は過去にいない。
実際にはいたのかもしれないが、少なくとも記録は無い。
「生まれつき称号を持っている子は珍しいのですよ。きっとマルコ君の称号にも何かの意味があるのだと思います」
神官の励ましの言葉はマルコにとっても両親にとっても有難かったが、マルコの脳裏には前世の記憶が浮かんだ。
(前世の母さんの願いが通じて、神様が前世より良い人生を送れる様にしてくれたのかもしれない。そう考えたら、この体でもどうにか幸せに生きて行きたい。いつか誰かの役に立てるように、全力で生きて行こう)
マルコはそう決意して、この日から村一番の賢人ヘント爺の家に通う様になった。
今やマルコは村で二番目に賢い村人である。
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