プールにて

金曜日スタートの授業だったので、いきなり土日でお休み。専門学校はテスト前になれば土曜日もやるけれど、基本は土日が休み。阿須那はカリキュラムを自分で選べる大学生様だからどうとでもなる。同じく土日休みにしたようだ。


こないだママさんバレーの練習試合があった体育館の違うフロアに今日は居る。阿須那と一緒に区民プールに来ている。


外に出てアクティブに動けるようになれたのは、阿須那が傍で私についてフォローしてくれたからなんだよねえ。阿須那が、

「お姉ちゃん、学校卒業してから運動を全然していないのがいけない」「運動が得意なんだから、得意なことをすることでまた自信を取り戻すはず」

そう言ってくれて、最初は嫌がった私を根気強く連れ出してくれた。本当に阿須那には感謝してもしきれない。家族皆にもそうだ。



目印の旗が見えたので体勢を水面で変える。背泳ぎからうつ伏せへ。

惰力で充分に壁面まで行ける。そしてそのまま上体の力を使い、身体を腹側に巻き込むようにしてクイックターン。壁面を蹴り伸びあがる。キックの力を使うところまで使って、さらに両腕と手を使って思い切り水をかき、さらに伸びる。力が衰えを感じたぐらいから浮上し、二十五メートルプールの平泳ぎで残りの距離を進む。平泳ぎは一番苦手。あんまり足‥‥キックの要領が掴めていない。というか、私は水泳を習ったことがない。


『今日もお姉ちゃんと来ているね』

『ああ、こないだは練習試合に参加させていただいて、ありがとうございました』

『お姉ちゃん水泳もやってはったん?』

『いえ、、、あれ、全部我流なんです』

『は??‥‥ああ、そう。てっきり水泳部もやってはったんかなって‥‥』

さっき休憩している時にそんなやりとりが、二レーン隣の『ゆっくり泳ぐコース・途中立ってもいい・泳ぎに自信がない人用』のところにいる阿須那と、多分こないだのママさんバレーに来ていた人がいて、話しているのが聞こえていた。


阿須那はそこでビート板のバタ足を時々止まりながら往復している。多分ビート板のバタ足が一番ダイエット効果はあるんじゃないかと私は思う。それ以外の泳法は勿論足や腹部のインナーマッスルを使うことも多いが、上体の筋肉も当然に使う。そこを封印してひたすら腹部から下で泳ぐビート板はキツいけど、実は一番効果が見られるのじゃないかな。そんなことを思っていたら反対の壁に来た。



私は『早く・長く泳ぐコース・泳ぎに自信がある人用』。阿須那と話しながら一緒のレーンで泳ぐのも楽しいし、最初はそうしているんだが、どうも私があのコースで泳ぐと前の人にプレッシャーをかけてしまいがちなので、バシッと泳ぎたいときは単独プレーをしている。


今度は壁にタッチして、そのままキックで再び伸びあがる。浮上してきたところで両手を大きく広げて上体を水面から出し、息継ぎをして再び潜る。腹、腰、臀部、そしてキック、波打つように動かして再び両腕を大きく‥‥バタフライだ。これも我流。やっているうちに何となくできるようになった。間違っているところは多いんだろうけど、水泳部の子が昔見てくれた時は『一応は』形になっているらしい。


これが終われば四泳法で三百メートル泳いでいる。今日来てからは全部で千五百~六百メートルほどは行ったから、今日はもうこれでジャグジーに浸かって帰ろうかな‥‥阿須那ももうそろそろ『ええー?まだやんのん?』て思っているはず。




「今日おねえちゃんなんぼぐらい泳いだん?」

「んー?多分‥‥千五百ぐらい?」

「はあ?‥‥水泳部でもないのに、マジ凄いね?」

「水泳部だったらあの時間あれば倍以上泳いでるよ」

「水泳部だったらね。ただの帰宅部で、誰に習ったわけでもなく四泳法からクイックターンまでこなしてしまうんだから」

水中眼鏡を外し、帽子は被ったままジャグジーの中で阿須那とくつろいでいる。

「阿須那、もうちょっと腹筋に力入れて下半身を浮かしてみたらいいよ。阿須那見ていたらボートのハイドロみたいやねん」

「なにそれ?」

言葉の用法が合っているのか不安になってきたので言い換える。


「お尻が沈んでしまってて、斜めになって泳いでいるねん。せやから進むのがしんどい。もっとお尻を浮かして足も揃えて水面で面一になって泳ぐイメージでいけば、楽に進めるで」

「言われてそれがそのままできちゃうのがお姉ちゃんなんだよね。普通はなかなかできないから」

そんなものなんかなあ。私はたまたまうまく泳いでいるなあって思った子を目で見てコピーしたらできたんだけどなあ‥‥



「こんちは、二人姉妹?」



円形のジャグジーの水中にある腰掛けスペースに並んで座っている私からすれば、斜め上から声かけてくる男の声。

ここのスタッフだ。赤いユニフォームを着ている。少しだけ茶色にした髪でパーマをあてて毛先を遊ばせている。

何となく気配で感じた。ここのスタッフは自ら会員さんらに声をかけることはない。挨拶程度だ。


――――ナンパやな。


「‥‥そうです」

「顔二人そっくりやね」

「アハハ、そうですか。全然違うってよく言われますけどね」

その言葉は思わず笑ってしまう。

確かにメイクを全部取って、こんな風に競泳用の水泳キャップを被れば、やっぱり似た顔をしている。

私は阿須那と一緒の顔と言われるのが嬉しい。阿須那もどうやらそう思ってくれているみたい。



主に阿須那が笑顔で対応してくれている。

向こうも私たちの間にしゃがんで話し込みに来る。

「どの辺から来てるの?」

「学生さん?」

「何学部?」

「俺、◯◯大学の三回で、◯◯部で今こんな感じ」

「私は今年から大学生で、◯◯大学経済学部‥‥」

「おお、めっちゃ賢いやん。高校の時の友達が行ってるわ」

私は興味が無いし若干面倒だ。

はい、ここまでにして。

おい、スタッフ、こんなことしててええんか?



「お姉ちゃんはめっちゃモテるけど、私はモテません」

「そんなこと絶対ないって。大学に居たら絶対モテるって。なあ、お姉さん」

どことなくシラけて会話に入り切らない私に、話を振ってくる。

振ってきた際にの目線は、私の身体。勿論プールサイドにあるジャグジーだから、フィットネス水着のまま入ってる。下から上がってくるジャグジーのバブルのせいで見えにくいのに見ようとしてくるから、目線がよく分かる。‥‥まあ男ってそういうもんだけどね。

――――こいつ、阿須那と楽しそうに話すふりしてさっきからめっちゃ私の身体見てくるやん。何かと話こっちに流そうとしてくるし‥‥



「今度さ、部活のメンバーとバーベキューしようかとか話しているんよ」

ジ・エンド。



「さあ、帰ろか、阿須那」

「うん。帰ろう」

さっと立ち上がり、金属製の手すり付きの階段へ足をかけた。

その動作とほとんど変わらずに、阿須那も立ち上がり私の後に続いた。

「またね‥‥」

スタッフも立ち上がり、もう一度しっかりプールから出た私の全身を下から上まで見て、手を軽く振って私たちの前から去って行った。



更衣室に戻りながら、

「あのスタッフとまだ話していたかった?」

一応は聞いておく。話したかったなら申し訳ないし、多分あの後はバーベキューの誘いを名目にしたメッセージアプリの交換が待っているはずだから。

「あいつ、お姉ちゃんの身体ばっかり見てたやんか。いらんわあんなん」

さすが。よくぞ気づいておられた。

「やるなあ」

「分かるよ、あんなん完全に私を出汁に、お姉ちゃん狙いやん。そんな手には乗りませんよ」

プールサイドに向かう強制シャワーを超えて、女子更衣室に入る。手前の物置にある、私たちのタオルを手に取り、身体を拭きだす。

今の男に伸るか反るかは別問題として、私は多分阿須那と同い年の二年前なら分かっていなかったやろうなあ。それだけ阿須那のほうが用心深く賢いんだ。

「でも、どのタイミングで『帰るー』って言おうかなって思っててんけどな、それが分からんねんな。だから最後まで話きいてしまった。案の定来たなあって。そしたらお姉ちゃんが言ってくれた」

「案の定やったなあ、でも阿須那がそれを望んでんのかどうかが分からんかったからなあ。私はてっきりまだ話したかったんかなあって」

「ちゃうちゃう」

手を左右に払うようにして否定する。

「それで心配したわ。私だけ上がろうとしたらすぐ付いてきたから、なんか話の腰折っちゃったかなあって‥‥」

「そんな訳ないやん。街中で全然関わりのない人からやったら完全無視したらええけど、一応、ここ来たらたまに顔見るスタッフやし、あんなんてどのタイミングで逃げようか迷うわ」

まあそれはね。相手に対して残したい印象がどうかによって変わるよね。けど基本的には、

「嫌われてもいいなら、どのタイミングでも『帰ります』って言ってもええと思うで」

人に嫌われる嫌われないに反応する年頃。阿須那もそんなことは無関心・我が道を行くって感じな子だけど、それなりには気にしていたんだね。

「そっかあ。じゃあ『二人似ているね』のその後からは全部いらんかったから、その時に言うんやな。よし!覚えておこう。それと水面面一やなあ、勉強になるわ」

「いえいえ、どういたしまして」


「判断に迷っている場合じゃあないんだけどね。私がお姉ちゃん守らないといけないんだから‥‥」

「え?」

私とは目を合わさずにてきぱきと身体を水着の上から、冷えないように拭いて行く。




もう充分に守ってもらえて、バカな私に教えてくれて再生させてもらっているし‥‥

――――ありがとう、阿須那。そう思っててくれて。情けないお姉ちゃんやのに‥‥

それに比べて私は何も返せていない。何かはお返ししないと悪すぎる。

とは思いつつ、阿須那が持っていなくて、喜びそうなものとなるとなかなか浮かばないのが、私の悪い頭のせいかな。。。



余談だが‥‥‥私は高校三年生ぐらいまで、小説で「案の定」と来たら、「あんのてい」と読んでいたと思う。



プールの後は女子同士なら本来はこの後繁華街にぶらっと買い物に行くのがあるあるだろうけど、私はまだ繁華街が少し怖いのと、ミナミは無理。阿須那も買い物はあまり繁華街でせずに、行っても天王寺か、この隣の行政区あたりにある大型複合商業施設の方で買い物をしている気がする。


ひょっとしたらそうしたところも、モテるモテないって、あるのかもしれない。

天王寺はそうだが、やっぱりメインの繁華街に売っている、マネキンが着ている洋服はセンセーショナル。それに比べてファミリー向けの中心街から離れた商業施設は、お洒落だったとしてもリーズナブルさや、使いやすさ、洗濯のしやすさの方が際立つ。阿須那の他所行きの服からは、確かに後者の雰囲気が漂っている。

――――結婚するなら間違いのない子なんだけどね‥‥私が結婚してあげたいぐらいやわ。いや、違うか。私が嫁がせてもらう方か。三つ指ついて阿須那に『不束者ですが、今夜からよろしくお願いいたします』アハハハ、本当にそれだわ。



塩素水を洗い流す程度にシャワーを浴びていた。シャワーにただ浴びる時間は凄く良い空想の時間だ。

出てからは、完全に乾かすことはできないけど、必要充分なだけ髪を乾かし、当たり前のように二人ともスッピンで、毛玉だらけのワンマイルウェアのジャージとパーカーを着て、駐車場へ行く。

お父さんの深緑色の丸いヘッドライトのコンパクトカーに乗り込み、阿須那の運転で走り出す。私は助手席。こないだと同じ。




区民プールで泳ぐなんて運動をやっている私たち同世代の女子はほとんどいない。阿須那はそれを見越していたのか、私を一番最初にここへ誘ってくれた。居るのはだいたいおばちゃんか、おばあちゃん、そしておじいちゃん、おっちゃん。多分最初はハードルが高いんだと思う。私もそうだった。ノーメイクになってフィットネス用ではあるけど水着になる、ということ。やっぱりおっちゃんにしろおじいちゃんにしろ、おばちゃんにしろ、おばあちゃんにしろ、目線がこちらに飛んでくる。「見るな」とも言えないし、そんなルールを定めることはできない。あんまり気にしちゃいけないが、おばちゃんらになったら、「いやー若い女の子が泳いでるわー」「あんたのとこのお姉さん?ええ武器持ってるやないの?」とか平気で言ってくる人らもいる。武器とは私の胸のこと。ちょっと面倒くさい‥‥そういうのんがあるからじゃないかな。でも私にとってはそこらへん、段々気にしなくなったし。気にしなければ、同級生やその歳の前後、私を知る人間たちと顔を合わせることなく、身体を思う存分に動かせるので嬉しい。今の私にとっては、かつてのスクールカースト上位者であったことを知る人間と出くわす方が嫌だ。


たまに私達と同い年ぐらいの女子もいるけど、大概バリバリの水泳部員で、水着でいることに抵抗がない。平気でビキニラインを出してウロウロしている。あれはもう‥‥慣れなんだろうね。

あとは、泳ぎ終わった後は髪の毛を乾かさないといけない面倒さもあるかなあ。その辺は元々あんまり気にしないタイプなのだ。

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