ガラス玉の季節
「で、しっかり慰められて?」
「うん、その後二人でホテル行った」
阿須那が目を見開いて宙を見て、また俯いて溜息を付いた。「ようやるなあ」と呆れていた。
「私そんな簡単にお姉ちゃんのこと手出そうとする男等、ホンマ嫌い」
吐き捨てるようだった。
「うん、ホンマにそうやね」
反論はない。今から思えばその通り。
「だいたいさ、怖くないん?そんな男と行ってさ?」
「怖さもあったけど、それ以上に、いつも『不安』だった」
私の付き合った男たちは、楽しいしワーキャーと陽キャのパリピっぽくはしゃぐけど、常に私の心の警告灯は点灯していて、この先はちゃんとあるのだろうか。あったとして、それは私にとって幸せでかつ安全な結末なのだろうか?という疑念が色濃く残る相手ばかりだったから。
そして警告灯と疑念の方が、いつも正解するんだ。
特に吉川は、警告灯と疑念は凄かった。
味わったことのないようなVIPな遊びの天国と、自分の中の警告灯の点灯と疑念の戦いだった。
「そんな人との夜のアレってどうなん?やっぱり激しいん?」
姉妹二人きりの部屋だ。気分もアフター感覚、何も自分を取り繕う必要はない。質問も露骨だ。阿須那にしたら凄く興味があるのだろう、隠す必要もない。
「いや、そんなことはなかったよ、普通かな」
「へぇ、意外」
行為そのものは普通。けど、連れて行ってくれる場所が凄かった。
某市内にある高級ホテルの最上階。今時そこより高い建物はいっぱい建っているけれどそれでも景色は凄く良かった。生駒の山の方まで一望できる、ほぼ百八十度のビュー。ペールオレンジを基調とした、部屋に、焦げ茶のソファーと、同色の電動カーテン。部屋の隅から隅まで歩くのに何歩もかかる。ベッドもツインではあるがキングサイズというベッドだろうか?ダブル以上に大きなサイズが二つ並んでいて、そこからも生駒の方角が一望できるし、窓を閉めて電動カーテンを下してスクリーンを下ろして来たら映画も見れた。
お風呂が笑った。車のオープンカーに入っていくようなお風呂だった。後ろもトランクあたりから、手すり付きの階段があって、そこから座席へと入っていくのだ。
食事はそのホテルですることもあったし、外に出て、所謂値段の書かれていないお寿司屋に行って食べた。大トロの味が回転寿司のネタのと全く違った。「あ~これが本当の大トロの味なんだ」と十九、二十歳で理解したわ。その後はクラブのVIPルーム貸切って飲んだり、またホテルに戻って飲んだりだったかなあ。意外とそんなにアクティブなものではなかった。吉川も当時は『あんなこと』でスケジュールがハードで疲れてもいたし、本来は私なんかにかまっている時ではなかったのだろうとも思う。
『あんなこと』――――それは後で分かった暴力団同士の抗争だった。
「そんなデートばっかしていたらもう、普通の同年代の子とのデートとか無理っしょ」
「うーん、どうかな、それから誰とも付き合ってないから分からないけど、私は案外行けるとは思う」
「うっそだー絶対感覚おかしくなるって」
けど、私の場合はその状態に浸かっていた時間が三週間ほどしかなかったし、、とにかく凄く不安があり続けた。このまま行けるわけないんやろうなあとはどこかで感じていた。そして確実に二十四歳程度の男のすることではないというのも分かっていたから。
――――そう、キレイなガラス玉。これはダイヤモンドではない‥‥
でもあのままだったら感覚的に麻痺していったと思う。かつて私は元カレの威厳を借りて元カレの後輩にひどいことを言って罵ったことがあった。そしてそれは私ではなく阿須那に仕返しとして返ってきた。あれは私なりの忌むべき教訓として残っている。
「だから同類の男がしょぼいデートだったら、それはもう無理だとは思うけど、男子の種類が変わればそれはそれで行けると思うよ」
「じゃあパリピじゃない人と花見とか行けるん?しかもお給仕してくれる人なんていないよ?大丈夫?」
「ハハハ、案外それはいけるかもね」
それこそあれから誰とも付き合っていないから、やったことがないので断定はできないけど、いける気がする。この半年以上の期間引き籠って家の用事を淡々とこなし、誰とも会わない、当時の自分の目標も一度リセットすることで、だいぶ自らをリプロダクションできたようには思えている。
――――それでも長年染みついたところってどうなんだろうなあ。。。
変えることも出来る自分、変えられない過去‥‥過去は影のように伸びてその先端から、現在の私へ。つまり変えられると思い込んでいるだけで、過去から伸びてきているものは変えられないのかな‥‥
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