最低女の狂気

話を戻す。


美玖は吉川をうまく口説けない腹いせをシャンパンをがぶ飲みすることで発散していた。絶対にヤバいことになるなあと思っていた。勝手に「はい、ご祝儀」と私に、帯の切れた札束から数十万掴んで私に渡して来たりした。さすがに警告灯が私の中で点灯。その場でお返ししたし、吉川も優しく「コラコラ」と笑いながら美玖をいなしていた。



すぐ後からこっそり私にこう伝えてきた。

「亜香里さんてめっちゃ礼節がある人やねんね。もし、あの時、いただきまーす、って言われたら、俺、引けなかったよ。けど、受け取らずに返してきてくれた。すげぇ礼儀正しい子なんやなって感動したよ。俺はやっぱりそういうの一番大事やと思う。だから、俺やっぱり亜香里ちゃんが一番好き。ホンマはこんな格好つけているけど、俺なんてチンケな男やで。先輩方々はもっとジェラルミンのケースに何千万と入れて飲んでいる方々もいてる。それから比べたらホンマに俺なんてチンケだ。けど、いつかは俺もそこに辿り着こうと頑張っているねん。だから亜香里ちゃんに応援してほしい」



シャンパンもだいぶ回っていたし、周囲の男子の複数人がナンパしてきた女子たちとディープキスをしだしたり、胸を揉みしだいていたから、私もおかしなスイッチが入ったように思った。


何か強い男の可愛い笑顔と弱気な一言と、でも頑張る的な健気さにグラグラッときた。


私たちはそこからヒソヒソ話をしだすようになったと同時に、美玖がどんどん機嫌が悪くなっていった。


明と暗、だった。


しばらくその状態が続いて、私もマズイとは思いつつ、吉川がいい男に思えてきて興味をそそられて行った。けどいつも通り不安だらけだった。大手を振ってなんて好きになっていない。きっと危ないことが潜んでいるし、ヤリモクで終わってしまうかもしれない。



そんな中、美玖は限界に達していた。グラスに入ったシャンパンを私にひっかけた。

「キャーッ!!」

私はびっくりして一気に身体を丸くして屈んだ。目に入って痛いし、まず普通に拭くものがああいうところにはない。

空気が一転した。いっきに緊張感が走った。居ちゃついて今にもおっぱじめそうなカップルも一気に興ざめしていた。



とりあえず服の袖で目を拭う。その姿はまるで泣いているみたいで、余計に美玖を激怒させ、そして吉川も激昂した。

「なんじゃワレコラッ??」

「なんじゃワレちゃう!!今日この子は私の引き立て役やん。引き立て役が主役食ってどうすんねんちゅう話や!ホンマは呼びたなかったんじゃ!!お前は〇〇(女の子の名前A)と××(女の子の名前B)が、けえへんくなったからの代打やんか!!吉川君が『合コンやねんから人数揃えろよ、それに可愛くないとあかんで、前みたいなんやったらもう無しやからな』言うから渋々呼んだだけの子やんか。吉川君私を見てよ。今ここで抱いてくれてもいいよ。おっぱい出そうか?吸う?ここで?」



「ちょ‥‥それ、マジでその竹村美玖ってアホが言ったん?すげぇなあ、吉〇興業の新喜劇のギャグみたい。すげぇアホ」


どうしようもねえなあと呆れかえって阿須那が目を瞑る。

「そういうやつやねん、美玖って」

「そんなん吉川側行っても、美玖側行っても幸せってあらへんやん。そんなやつとおってもホンマにデメリットしかないからね」

「うん、今ならよく分かります」



「いらんわ、おまえの身体なんか。俺は今日亜香里ちゃんが気に入った。これからも亜香里ちゃんのために明日から頑張って行こうと思う。おまえはもう帰れ!!」

「なんやてーなんやてーこんな豚女にーっ!いいいいーーーーっ!!」

再びグラスが投げつけられて、咄嗟に顔を伏せる。あわや当たりかけて私の頭頂部の髪の毛を掠って後ろで割れる音がした。顔面に直撃していたらきっと大怪我だっただろう。

「やめんかわれーっ!!」

「この豚女殺したるーーーういいいいいいーーーー!!」

今度はシャンパンの空き瓶を逆手に持ち振り上げだした。吉川や彼の連れの男子らが抑えつけた。

「おい、この女どないしてでも放りだせ!」

吉川の指示で美玖は複数の男性から殴られ蹴られの暴行を受けた。意味不明なことを喚き散らしながら、店の人間と吉川の友達らに抱えられて連れて行かれる時には、鼻血を垂らして多分前歯がかけていたように見えた。さすがに暴行されているときは、止めてあげて!と言いたかったが、



『こんなことになったのも全部亜香里のせい!殺してやるからなあ!こっち来いやブタ!!』と『吉川君の(パンチやキック)はね、鼻血が出ても歯が折れても愛を感じてるからいいの』ボコボコの顔面で甘く囁いてみせたかと思うと、奇声を発してまた暴れ出して襲いかかってくる。狂気をはらんだ不気味さ。止めてとも言えなかった。これが意味不明なことの中身である。



「ちなみに名誉のために言っておくわ。豚女っぷりは私より美玖の方よ」

「そんなん分かってるって。あの卒業写真見たって、他アルバムで写っているところ見たって一目瞭然やんか」

私も細くはないけど、太ってもいない。



美玖はその後どうなったかは知らない。あの日壊したディスプレイやグラスやその他慰謝料が請求されたのだろうか。

だとしたらそれ以外にも相当借金を作っていたのでだいぶヤバイことになっているだろうとは思う。私とはそれきり。私も連絡先はブロックリストに移している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る