人生の最も色濃い汚点~吉川との出会い~

美玖は合コン前に言った。『銅線泥棒の件はごめんな。私もあんな奴とは思っていなかった』『私は今日会うメンバーの中に吉川さんを狙っているから、そこだけは絶対行かんといてな』『なんし男前でトークのリズムが良くて会ってて楽しい。紳士やし色んな遊びを知っていてお金のキレも良くてめちゃ格好良い。銅線泥棒なんかとはスケールが違うから』



そして合コンは始まった。始まった瞬間嫌な予感がした。


「お姉ちゃんの一人勝ちになってもうたんちゃうん?」

少しルーズな膝の組み方をして、コーラをちびりと飲む。阿須那の予感は的中。私が一番後に個室に入っていった時、男たちの歓声が上がった。


――――マズイ‥‥


と思った。案の定一番上座に居た私たちより少し年上そうな、肌の焼けた割と良いガタイに金髪、口と顎にキレイに整えられた髭のある男が直ぐに傍に来た。それを見計らってすぐに私の横にいた男は場所を移動した。まるでボス猿そのものだった。そいつが吉川だった。吉川哲寿。私より四つ年上の男。


いかつい見てくれの割には笑顔の挨拶は凄く可愛かった。ああ、こうやって女たらすんだなって即座に感じた。私もすぐに美玖を呼び寄せて、私と吉川の間に座らせた。

「ああ、美玖ちゃん、今日はありがとう~」

ほぼ強引に間に入れたのに、ちょっと驚いたぐらいで嫌な顔は微塵もしなかった。その辺り、場の空気を読む、というか、私と美玖の関係性や、今日は私はお飾りで来ているだけで、美玖が吉川を狙っている、その前提が既に美玖によって構築されている、というのを多分、吉川はすぐに見抜いていたんだと思う。美玖を邪見にはせずに、私と三人で話しを展開していく構図を作り上げた。


けど節々で繰り出す美玖のアピールを吉川はことごとく知らんぷりし続けた。三十分ぐらいしたら美玖は『トイレに行きたい』『トイレ行きたいけど、ここの店迷路みたいやから一人で行かれへん』『隣のビルの〇〇(雑貨屋)可愛い。ちょっと何か買ってぇや』‥‥とにかく二人で抜けよう抜けようとしていた。



そんな感じで終わり。特に何の問題もなかった。吉川の印象は確かにいかつくて派手だけど、ちゃんと美玖に対しても邪見にはせず、うまく躱していて優しいなあって思った。


それと一緒にいた他の男子らも派手だったから、吉川が最初派手に見えたけど、だんだん普通に見えて行った。他の男子らのうち二人は、腕や足から入れ墨が見えていた。ファッションセンスも高かったし、お金持ち集団かというような雰囲気があった。よくモデルさんらのSNSなんか見れば、男の人たちとパーティーをしている写真なんかがアップされている。


そこにいる男たちの身体には、結構入れ墨やタトゥーが入っていたりするのが多かった。お金持ちは「ファッション感覚でタトゥーを入れるんだね」なんて知ったような気になっていた。考えたらその地点でおかしい。大学生でも何でもない、普通の社会人やったら、入れ墨や金髪や髭なんて絶対に無理。けど、美玖らといるとどうもそういう感覚が薄くなってしまっていた。


『今日はこれにて終了、解散。私の役割も終了、なかなか楽しめたわ』

帰ろうとしていた。お金はいっさい出さずに済んだ。精算はしとくからと、男たちは紳士的に店の前でお別れした、かのように思った。


合コンの終わり際に吉川と反対隣りにいた、南川という入れ墨の見えている背の高い目の細い男とだけ連絡先を交換した。男たちとは精算するキャッシャーの前で吉川の号令で「もうええから、あとはやっとくから帰って帰ってー」と言われて、ごちそうさまでしたの感謝の意だけを示して、私を含めて女子たちは帰ろうとして表に出た。美玖はその後も猫のように吉川に纏わりついていて、店から出て来なかった。その代わりにさっき連絡先を交換した南川君がダッシュで店から飛び出してきて、私を見つけて近づいてきた。内容は、他の女子に聞こえないように、


「ちょっと兄貴が待って言うてるから、茶店で待ってよう。美玖ちゃんも一緒に行こう言うてるし」


だった。美玖も来るんなら‥‥まあいいか、と。確かに待っている場所もごくごく普通の喫茶店。そんなややこしいところではなくて、ホステスさんたちがお客さんと待ち合わせをしたり、他のお店の男性スタッフからの引き抜き交渉を受けているホステスさんが居たりするような、ミナミの街ではありがちな喫茶店の風景だった。


一時間ほど雑談をしていた。結構下手に下手に話をしてくる優しい感じの男で、入れ墨は確かに見えるところに入りまくってはいるが、気はいいのかなあ、とか思うようになってきていた。吉川は会社を二十歳で立ち上げて社長をやっている。人望があって熱い人。会社は人材派遣会社らしい。南川君はまた違うところで人材派遣会社をしていて、まあまあ人のやりとりや仕事のやりとりを吉川としていたそうだ。

「そんな入れ墨だらけの派遣会社社長っておかしいじゃん‥‥そこに気づかないところがもう慣れが出てきてしまっていて頭イカれてるなあ」

本当だ。普通に見たら不気味で仕方ないと思う。なのに感性が壊れてしまっていて、反応できないでいた。



一時間ちょっとしたときに、美玖から電話があった。クラブの**に来ているから、アンタもおいで~ということだった。かなり酔っていた。多分酩酊一歩手前ぐらいだったように思う。結構遠いなあと思いつつも十五分ほど歩けば着くところだったので、さほど気にはしなかった。クラブのどっか端っこで騒いでいるんだろうと思っていた。行ってみたら全く違っていた。VIPルーム貸し切りだった。しかもそこは縁故がないとVIPルームは貸さないシステムのクラブだったんじゃなかったっけ?と目を丸くした。


南川君と入っていくとさっき合コンで一緒にいた男たち全員、この中には後から関係を持ちかけることになる、東尾もいた。後、見慣れない女たち、それと美玖、吉川がいた。


吉川はテーブルの上に帯付きの札束を置いてシャンパンを開けていた。こんな遊び方がホンマにあるんやなあと思った。

見慣れない女たちはどうやらここで男子たちがナンパしてきた女の子だった。


そりゃあ、美玖が連れてきた面子では満足できないわなあって、そこは同情する。けど、ナンパされて私と一緒の部屋にいる子らもなかなかの美人さんらやったので、なんで私が呼ばれたんかがまったく理解できなかったけど、吉川が呼べ、ということやったらしい。

「まあそりゃ、お姉ちゃんぐらいなのは、ちょっとやそっとでは居てませんからねえ」

「アハハハ、ありがとう阿須那」

「まあ美人というよりは‥‥」

「何?撤回かい?」

冗談で眉を顰めてみる。

「美人は美人やけど、典型的な美人顔ではなくて、全体のシルエットからして、男ウケするんやろうなあ。私の顔はそっくりおんなじやねんけどなあ‥‥何かが違うんよなあ」

「そんなことないよ、阿須那だって可愛いよ」

「それって子供っぽいっていう意味でやろ」


ぷぅっと頬を膨らませる。ひいき目で見るのをやめても、阿須那は充分可愛い方だと思う。ただなんだろう‥‥ちょっとちょっと‥‥ちょっとずつ男が感じる性的な『可愛い』という中心点からズレているような気がする。例えば髪型、仕草、着ているもの、そういうのも重要な構成要素だから、変えていけばもっともっと『ウケる可愛さ、キレイさ』になる。けど本人もだろうし、私自身もなんだけど、



阿須那は、今の阿須那であって欲しい。

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