竹村美玖の誘い

「もうこれ以上言うのやめるね」

阿須那は脱衣場から去ろうとする。


きっと私への気遣いだ。けど、今はそんな気遣いはして欲しくない。むしろ、もっと当時の私の真実を客観的に知りたい。あの時ならきっと受け入れられないこと、今なら受け入れられると思うから。

「あ、阿須那、待って。私の部屋で話ししよ。ちょっと時間いいでしょ?」

「いいの?ここから先はあの最後の男の話になるけど」

「‥‥はあ、あれね」

今のこうなった私を語る上においては避けて通れない話。



「いいよ、何か飲み物持ってって話そう。まだお父さん帰ってくるまで一時間弱ぐらいあるでしょ」

「じゃあ、先に洗濯物の仕分けをしたいから、それ終わって、晩御飯食べて‥‥それからお姉ちゃんが今日の勉強の復習がちゃんとできたら付き合ってあげるよ」

「うう。結構遅くなるなあ」

「私は大丈夫。お姉ちゃんがしんどいだろうけど」

「じゃあ、今日は無理か‥‥」

「それか猛ダッシュで洗濯物仕分けしてたたんじゃう?」

「よし、そっちでいこう」

「ところでさ‥‥」

「うん?」



「いつまでお父さんのパンツ、頭に乗せているの?」

「??」

え?お父さんのパンツが頭に?そんな訳‥‥あ!!

慌てて、頭のパンツを取り払い、洗濯機を一時停止し、蓋を開けて、憎たらしいものを放り込むかのごとく投げ入れて、パシンと音するぐらいの勢いで蓋を閉めて再スタートさせた。

――――ちょっと、いや、かなり八つ当たりだ。

「親父パンツ‥‥こんにゃろうだなあ」

私の、剝いた目、膨れた鼻孔、剥き出しの歯と、一連の動作を見て、終始手を叩いて横でロクデモナイ妹が笑っていやがる‥‥

「ちょっと言ってよ、パンツ頭にあるよって」

普通は絶対ない。けど‥‥あったんだ。親父パンツ。

今日は髪の毛、確実に洗わないと、だな。でないと明日江崎君に「角谷さん、なんか臭いよ」って言われたらどうすんの?

「いやだって、お父さんのパンツ頭に乗せたまま、真剣に自分のこと振り返ったり、考えたりしている仕草が内心超ウケててん、実は。アハハハハハ!」

アンタのシリアス顔はホンマ何考えているか分からんわ。




空気の入れ替えで窓を開けた。夜の春風はどこからともなく桜の花びらを一片、部屋の中にへと連れてきた。これから語るであろう苦い思い出を運んできたとでも言うのか?いやそうではない。純真無垢な白桃色の花びらは少しだけ私の運の悪さを慰めてくれているのだ。



「ほい、とりあえず初日おつかれー」

「はーい、私は全然疲れてないけど、おつかれー」

私の部屋にコーラを持ち込んで乾杯する。私はベッドに腰かけて、阿須那は私の勉強机で。



二人で洗濯物を仕分けして、タオル類はダッシュで畳んで、私たちの洗濯物は畳まずにとりあえずは自分の部屋へ。お父さんとお母さんのは、下着類は畳んであげて、洋服はハンガーにかけて同じく部屋に置いて終わり。その気になれば早いんだ。自分のはベッドの脇にとりあえず溜める。たまにとりあえず溜めるが溜まり過ぎてカオスになることもある。今日はそんなに溜まっていないからいいんだ。最近はずっと引き籠っていたから、その辺りは真面目に直した。


よく引き籠ると何もしなくなって、ただ寝て起きて、テレビ見てダラダラ‥‥というような生活を想像するけれど、確かに最初の一か月ぐらいはそうだったと思う。後は私の場合、恐怖から来る不安と怯えの衝動と‥‥


けど、二か月目にも入れば、とりあえず家のことを何かちょっとでもしようと、あちこち掃除をしだした。日頃お母さんが忙しくてしんどくてできないところとかも。やっているとちょっとした達成感もあって、色々やりたくなってくる。表に出れるようになるまでは数か月ほどかかったけど、家の中では割と充実した家事手伝い生活をしていた。その後阿須那が外に出て運動するのを誘ってくれて、だんだん元に戻っていった。こないだのママさんバレーもそうだった。


どうも私は、スクールカーストを上位で維持するために悪い男や悪い女友達に囲まれて、悪い環境の中で麻痺してよく分からなくなっていた。



前にも言ったけど、私にはどこかで、危ないことや怖いこと、凄く悪い方に行こうとしたときに、自分を止める警告灯がついたり、リプロダクションしたりする思考が潜在意識下にあるみたい。それが働かない子は結局どんどんズルズル悪い方へ、危ない方へ行くんだと思う。美玖とか、その辺りいた子たちはその辺りがルーズでちょっと怖く感じることがあった。


例えば、お金を借りて高い美容グッズ買ったり、男と遊んだり。で、返済できずに滞納して、催促の電話があったら平気で逆ギレしてみせる。あんなことは私にはできない。そもそも返せない方が悪いし、返せないなら借りないと思うんだけど、あの子らにはそれがない。


だからある意味私は中途半端。自助努力が足りなかったため良くはならず、かといって、ワルにもなりきれなかった。

「その竹村って女がお姉ちゃんに、吉川を紹介したんだよね?」

「紹介したんじゃないよ、あれは。私はただの数合わせだったの」

飲みながら話す。本来なら二人でビールの一杯ぐらいやりたい気分だが、阿須那は未成年だから今日は私も自粛。


あの時は美玖にクソつまらん男(銅線泥棒)を紹介されてしまって、しばらく切れていたんだけど、予備校二年目の時に、また連絡があって、私も性懲りもなく、のこのこと出ていた。


もうとにかく勉強が、くだらない、つまらない、分からない、逃げたい、けど、あそこの大学以上には行きたい、けどもう勉強したくない、男はクソみたいなんばっかり、イライラする、そんなキーワードに満ちた日々だった。その時は髪の毛も金髪にして、地雷系なメイクをしていたと思うし、服も多分自分史上最悪に派手だったと思う。そしてルーズな服装だったと思う。



美玖が誘ってきたのは合コンだった。後から分かった話だが、本来は来るはずの、自分よりブスな女子が来れなくなって、その次に自分よりブスな女子に連絡したけど、予定があって無理で、その次に自分よりブスな女子に確認したらOKだったにも関わらず前日キャンセル。男から「人数揃わないでしかも前みたいにブスばっかだったら、お前二度と俺たちの輪の中に入れてやらない」と脅された美玖は、私を呼び出した。つまり私はその次ぐらいのブスだったってか?


「ククク‥‥それは完全に竹村美玖がプレッシャー負けしたか、ただの誤算だよ。前にその美玖の写真見せてもらったけど、そりゃあれとお姉ちゃんなんて比べ物にならないじゃん」

ありがとう、阿須那。

美玖は申し訳ないけど、別嬪さんとは言い難い。胸だけはとにかくでかい。私よりでかい。だからそれを武器にさっさと男と寝るのがあの子の得意技。あの子的にOKなら会って五分ぐらいでもう二人で消える。


けどそれ以外は、胸の分、お腹も出ているし、背も低い。目はまあまあ大きかったけど、鼻筋が短く鼻孔も上向き気味。腸の動きが悪くていつでもおならをすると部屋中を支配するほど臭かった。そういう諸々の欠点をかき消すように、早く男に身体を提供して、早く自分のものとしてマーキングしていたんだと思う。

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