バグってきていたことに気付けなかった


正直ヤリモクかもしれない、あるいはどうしようもない私では変えることができない男かもしれない、というのは感じていた。ただこちらもヤリモクじゃないと信じたいし、『ひょっとしたら付き合っているうちに、お互い分かりあえて変わってくれるかなあ』と賭けていただけ。その賭けに負けて、結局ヤリモクで飽きられたら終わったり、大きな喧嘩や浮気、意見の食い違いや、生活習慣の違いでどうしても許せないもの、理由は何でもいい。私の力で変えることができない男、私のためになんて変わってあげようなんて実はサラサラ思っていない男、だったということ。


いつもその結果にガッカリしていた。阿須那の指摘通り、実は最初からそうなるんじゃないかなって心のどこかで分かっていた気もする。それが多分表面に出ていたんだと思う。

――――でもそれって分からないことない?やってみないと?

頭にお父さんの使用済みパンツを乗せたまま自分で自分を首肯する。

しかし後から思った。これがダメなんだ。理由は後から分かる。

「それは‥‥ちょっといいなあって思って、投資して‥‥そうよ、投資。そこからは‥‥日本式」

「何それ?」

眉間を寄せて若干呆れられる。そんなところで経済用語と国家を出すなって感じ。


「いやほら、昔の日本てそうやん。ある日突然親が決めてきた相手と結婚させられるって」

「ああ、そういう時代あったみたいね」

「そうそう、それでも何か昔って案外夫婦生活していたら様になって、最後はお互いが好きになり合っていた感じやん。めっちゃ惚れ合って結婚したって離婚するときはするんやし」

そうそう、日本の慣習的恋愛。一緒に居たらそのうち良いところ見つけて仲良くなっていく、みたいな。

「自分は昔の日本式だって言いたいんだろうけど、結果的に全然うまく行ってないよね、お姉ちゃん?」

「‥‥‥‥はい」

語尾に強さを感じ、それ以上自己主張する気力を無くした。


見事に自分のベクトルとは違う方向に踵を返された。その通りだ。全然うまくいかない。なぜだろう‥‥

「選んでいる男がそもそも昔の古き良き日本の男たちと考え方が全然違うし、妻にするからにはという責任感なんてまるっきし無いような男たちでしょ。妻どころか彼女に対しての責任感すらないような人らやんか。そこを選ぶお姉ちゃんもだいぶ慣れがすぎて、『慣れ』から『ダメ』になりつつあったんだと思うよ」


‥‥うまいこと言う。。。その通りだ。また当たり前すぎることが抜けていたことに気づかされた。親が決めた人と結婚する世代は、その結婚とその後の行為に責任を持ち、強い貞操観念と世間体で縛られていて、逸脱することが周囲の空気感の中で許されなかった。また浮気や横恋慕はタブーで考えもしないというある意味幸せな狭い視野の中で生きてきただろうから思考の片隅や眼中にもなかったのかもしれない。あってもタブー中のタブー、一瞬のチラつきで、すぐに消し去っていたのかも。私の付き合っていた男たちは、全くそんな観念はなく、私と付き合っている間でもさっさと次の女を誘いに行き、あるいは誘われたら喜んで食いに行っていた。そして長く付き合っていこうとすることができずに、ベッドの中まで連れて行くのはどうにでもこちらに合わせてくるくせに、その行為の後は何もこちらに合わせる気はない。その気配はラブホの行きと帰りによく出ていたと思う。行きは早くしたいからためらう私を引きずる。帰りは早く帰りたいから、もっと一緒にまったりしたい私をまた引きずる。二人共に歩んで行くことこそが大事なのに。そこに意識が向かない男たちだった。


「だって、だいたい似通っていたよ、私から見たら、、、お姉ちゃんの選んでいる男って。その似通う部分がだんだん色濃くなってきてた」

「そうなん?それなら言ってくれればよかったのに‥‥」

「それとなく言ってきたよ。けど当時は全然私の声は届いていなかったように思うよ」

「ええ?そうだったかなあ?」

別に阿須那を無視していたわけでもないし、別れる別れないの話はよく阿須那と相談していた。どうしたらいいか分からないことなんてほとんど阿須那に頼っている私だ。けど、男を選ぶことに関しては阿須那を飛ばしていたという。それがにわかに信じられないけど‥‥

「うん、危ないよ、その男も前と同じだよ、同じことお姉ちゃん言ってるよって結構言ってたよ」

それはもう付き合い出したあとの話だ。つまり肉体関係はあった後。

「そういえば言われていた気もするなあ‥‥」

しばらくの間は、『良い男であって欲しい』という願いのせいで、その男の本当の醜さが見えなくなる時間がある。その時に言われたとしたらきっと聞く耳を持ってはいない。



「逆に真面目そうな男の子とかが告白とか、お誘いしてきたときってどうしてた?」

「そんな男の子、いたかなあ‥‥」

「ほーら、そんなんだから罰が当たる」

「え?」


罰?なんで私が罰にあたるの?


「高校ニ年の時と高校三年の時にあったじゃん、私と一緒に歩いている時に、一年から突然道で呼び止められてさ‥‥」

「あー新入生の男子でしょ」

新入生は私のことをよく知らない。どんな男がいて、どんな男性遍歴があって、スクールカーストがどの辺りかなんて気にもしないで突っ走る子もいる。


「あんな子らは、ちょっとね‥‥」

「ちょっとなに?」

「眼中にないというか‥若すぎるというか」

「若すぎるって一つか二つしか変わらないけど?」


そう言われればそうだ。今から思えば大差はない。普通に付き合える年齢差。なのにあの時はそんなこと微塵にも思えなかった。一歳差が大きい年頃だから。そういうことにしたけど、本当は違っていた。

「いや、まあそれはそうなんだけど‥‥」



「あの時お姉ちゃんが後から言ったこと覚えているよ」



「そうなん?なんて言ったっけ‥‥」

思い出せない。それぐらいに意識に残っていない他愛もないことを言ったのだろう。けど、それを阿須那ははっきりと覚えている様だ。


「あの頃から、本当は『この人、だいぶ感覚おかしいなあ』って実は思っていたよ」

「え?」

さすがに阿須那の顔を一瞥する。



そんなことは気にもせずに阿須那は水を入れ終わり、動きだした洗濯機を見つめていた。

「それはね、お姉ちゃんにだって好みはあると思う。仕方ないことだと思うけど」

私は何を言ったのだろう。ふざけて阿須那まで傷つけるようなことを言ったのだろうか。あの時はスクールカースト上位者として調子に乗っていたから、あまり人のことを気にする心の余裕はなかったかもしれない。

「わたしなんて言ったっけ?」

恐る恐る聞いてみる。



「あんなの『男』じゃないわって言ったのよ」



「ああ‥‥」



私は本当のことを言っていたようだ。そう、それがあの子たちに対するあの時の本心だった。そしてその気持ちは今でも思い出せた。


あの時はそれぐらい言いそうだった。次から次へと男が寄ってくる。選別していく上で雑になっていたのかもしれない。その雑さが阿須那は嫌だったのかなと思った。

けど、違っていた。真相はもっと奥深かった。



「あんなのが『男』じゃないと言える感覚が酷いなあって。じゃあヤリモクで、事を運ぶのが上手い男たちだけがお姉ちゃんの認める『男』ってことじゃん。その後のことはどうでもよくって、寄り添い合い、ともに生きていく感覚なんてまるで無くって、そんな男たちに内心イライラしていたくせに。そうじゃない男の子たちが一生懸命頑張って、踏み越えて、勇気を出して告白したんだと思うよ、きっと。あんなお姉ちゃんの、女見たら好きです、ヤらせてくださいって言ってるような男たちと違う男の子だもん。その子たちを前にした時に、『あんなのは『男』じゃない』って言えるその感覚がもう、バグってるなあって思っていたよ」



「‥‥‥‥‥‥‥‥」

何も言い返せなかった。バグっていた。本当にそうだったと思う。いつからかバグってしまっていた。私は次から次へと来る男たちからの誘いの中で、自分を見失い、スクールカーストでは上位にいることに固執して、本当に大切なことを見失っていた。


やがてそれは慣れに変わり、慣れは無神経さをもたらし、刺激にも慣れ、もっと強めでないともっと強めでないとと、鈍感になって行ったんだ。


そのことがきっと、あの予備校時代に出くわした、酷い男たちの連続になっていったんだと思えた。いや、そうなることは、もっともっと手前で始まっていた。阿須那の言う通り。あんな純真な真心を持って告白してきた男の子たちを、『あんなのは『男』じゃない』と吐き捨てていた私の姿は、もはや幸せになれる人としての形をしていなかったのかもしれない。

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