恐ろしい慣れ

「ところで阿須那はどうだった?大学?」

阿須那からの問い詰めが緩んだ隙に、話題を阿須那自身のものへと振替える。

「うん、こっちは楽勝。楽勝すぎてヤバイ。こんなんでいいのかなって思う」

洗濯機と反対側の壁にもたれて腕を組む。少し笑っているところを見ると不愉快ということはないのだろう。


「今日もさ、お昼で終わりだよ。その後はひたすらサークルの募集活動から逃げるのみ」

「サークルの募集活動から逃げなあかんもんなん?」

「うん、ちょっと引くぐらいしつこいとこもあったり、何か話聞いてたら政治色帯びているなあって感じるとこあったりとかね」

「へえ、そんなとこもあるんだ」

そういえば噂でだけしか知らないが、自治会とか学生会と称して思想的集団への勧誘や、サークルと称して宗教団体の勧誘も、一部あったりするとか、聞いたことがある。

「あの大学に行ったのは私一人だから、もうちょっと周辺情報調べてからじゃないと、ちょっと危ないかもって思ってね」

さすが阿須那。慎重かつ判断がクレバーだ。

「教科書とかはまだないの?」

「履修登録をしてからよ」

あ、そうか。大学はある一定の必須教科以外は、自分で選択できるんだ。それに応じて教科書を買うわけだから、いきなり配布されて重たい思いをして持って帰ってくるわけではない。

「そっちはどう?」

阿須那からの質問返し。



私も阿須那と同様にお風呂を挟んで反対側のタオル入れのところに少しだけもたれかかる。もたれかかるも、さっきの動揺のせいで、未だにお父さんの使用済みパンツが頭に乗っていることに気が付いていなかった。


「こっちは、体育無し、道徳の授業無しの高校以上に高校な感じ、かな」

「そっかあ、厳しい感じ?」

「めっちゃ厳しい。バイトとかも平日はいっさいできそうにない」

授業をフルフルに受けて、それだけならバイトする時間はありそうに思うが、そこからあれだけ難しい内容を復習してとなるとバイトは連休中にスポットとかでしか無理だ。

「そっかあ」

「のっけからこっちは六限目までよ」

「うわ‥‥高校逆戻りだね」

「全くその通り」

「私のとこはこの後授業を選択で決めて、必須が何限目になるかもなんだけど、あんまり必須って午後の遅くにはない感じなのよね。だから取り方によっては昼下がりには全然帰れちゃうかな‥‥バイトでもしよっかなあって思う」

「いいなあ‥‥」



バイトしたい。何でかって?服が欲しい。


服を思い切って買い替えたいけどお金がないから買い替えがなかなかできない。今のところはお母さんの買い物に付き合って、二階に服の量販店がある時はそこにお母さんを引き込んで、嫌がられない程度に少しずつ買い足している。お母さんも分かっているみたいでブツブツ言いながらだけど買ってくれている。


そうしないと二浪目のスーパーアホバカカスビッチなファッションであの専門学校にはいけない。


浮く。浮いてハルカスの上まで舞い上がりそう。


夏場のファッションなんて常にどこからかブラかパンツが見えているし。あんな格好は江崎君に見せられない。ヘビィメタルな江崎君の姿は見たけど、私のギャルギャルした格好は見せたくない。

「で、その友達さんは、クラスメイト?」

ビクッとなる。いや、表立ってはなっていないはず。また阿須那の爆撃機が戻って来た。姿を隠してやり過ごすしかない。

「うん、隣の子」

「席が隣?」

「そう。めちゃ賢くてめちゃ親切で、ちょっと今日の授業でヤバかった私をフォローしてくれてさ」

「良い人じゃん、やっとそういう子に巡り合ったね」

「やっとって‥‥」

ちょっと苦笑いをする。

「私よっぽど人との巡り合いが悪いみたいじゃない」

「悪かったじゃん、特に男なんて。『男じゃないんかな』って思ったのもそういう理由やで」

「うん?」

「お姉ちゃんて、今まで大概さ、男できたときって苦しそうだったり不機嫌そうだったもん」

「‥‥‥へ?」



それは初耳だった。男ができたタイミングで阿須那に「今日男できたよ」と言っているわけではない。けど何となく勘づかれたり、話を聞いてもらったり、愚痴ったり、やっぱり別れるか別れないかの相談したり‥‥かなりしていた。それでかなあ。

だとしても、本来は楽しい予感がするはずのことでしょ。


「私、男できたときってそんな苦しそうにしたり、不機嫌そうだったりした?」

「フフフ、お姉ちゃんそんなことすら感じなくなっていたの?慣れって怖いね。けど確実に顔や態度には出ていたよ。潜在意識下では拒否していたんじゃないかな?」

阿須那が難しいことを言う‥‥が思い当たらないわけでもなかった。


潜在意識下というか、不適合因子に対する嫌悪というか、未来への不安というか‥‥

「その愚痴や文句を、永遠と聞かされるのが私の役割だったじゃない」

「ううっ‥‥」

ごめん、阿須那。そう言われたらそうかもしれない。

髪の分け目を少し触りながら、再びくちゃっとして、

「いっつもあれ何なん?て思ってた。男できて不機嫌とかしんどそうって。そんな男やったら最初からやめておくとか、もっと考えてから付き合えばいいのにって」

阿須那から手痛い指摘を受ける。



自分の中で、男ができた時の思い出たちを手繰り寄せる。正直ロクなもんじゃない。

「そもそもお姉ちゃんの付き合ってきた男たちって、ホンマにお姉ちゃんが好きやったんか?って疑念があるわ」

「いや‥‥それは‥‥」

気になる存在ではあったと思う、けど、確かに好きと言われればかなり微妙だった気もする。今となってはあり得ないとしか言えないけど。


「あの野球部のエースの人、私が災難にあった元凶。あの彼のことは好きやったんかなあって思ったけど、他の男らはどうやったんかなって」

「それは‥‥とりあえず告白されて、とか、付き合うような雰囲気になって‥‥」

「うん、そうなって?」

私自身、そこを指摘されたら正直本当に疑心暗鬼。

「試してみな分からへんから、お試しで付き合ってみて、好きになろうとしていたなあ」

「それ、本気で言ってる?」

「‥‥本気‥‥やったと思う」

「じゃあとんでもない体質だったんじゃない?」

「なんで?」

「私もよう知らんけど、SNS上の出会いってそんな感じやって言うけど、お姉ちゃんのは現物かつ肉体関係ありやんか。下手したら肉体関係が先にあってその後付き合うか?って話なんやろ?そんなんで一年で四人も五人もとっかえひっかえ好きになれるの?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」



元気だったのかな?いやいや、そんなことじゃない。いい加減だったのか?それはあり得るかもしれない。けど、それだけじゃない。違う答えがある気がする。

「でさ、あいつはここがダメ、こいつはここがダメって私に言いまくって‥‥その数日後に別れるってさ。はっきり言って無理矢理付き合おうとしていたのかなって思えていた」


自分で今から思い返してみるとアホとしか言いようのない黒歴史たち。要するに答えとしては簡潔で、私をベッドにまで運んでいくのは上手い方々だが、本当に私のことを思い、愛してくれていたのか、付き合う上において守るべきは守り、慎むべきは慎む男だったのかということだ。

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