いよいよ本日はお別れです
「ちょっとどこまで一緒なんですかあ?」
「どこまで一緒なんだろうね」
また一緒だった。二人揃って路面電車に乗り込んだ。
さっきから面白くて仕方ない。吹き出すのも通り超えて、もうあまりに一緒でもう漫画チックに冗談めいてきて、ふざけて言い合えそうな空気になってきた。「私の家は江崎君の部屋だっけ?」なんて言ったらどんな顔するかな。邪推するけど、さすがに冗談がキツすぎるなと思った。けどそこも範疇に入るぐらい、打ち解けてきている気がする。
「ストーカーじゃないですよね?」
ちょっとキツめの冗談を言ってみる。
「いや、ホントにそう思われますよね。ウケる」
あっさり微笑んで、夜桜のような控え目だけど夜に映える明るさを私に与えてくれる。
「あ」
江崎君は何か思いついたみたい。
「それって、どっちがどっちの?とも考えられないですか?」
「え?どっちがどっちの‥‥?」
「はい」
「プッ」
冗談で言ったことを冗談で返された。やるなあ江崎君。
「ああ、私が江崎君のストーカーしているかもってことですね」
「そう」
ハハハ、やられた。
うんうん、江崎君ぐらいなら私、ストーカーするかもって、、、冗談よね?冗談‥‥
当然だけど、私はストーカーはしたことがない。されることは割とあるほうだったと思う。木村から始まり、他にも。そんなことをする意味が分からなかった。相手を追いかけまわして何がそんなに知りたいの‥‥?って。そんなに相手のこと何か知りたい?って。
けど、私‥‥彼のこと、知りたいことがいっぱいある?ええ?どうなんだろう?
――――そんなことないよね。人のことなんてあんまりどうでもいい。スクールカーストで上位であればそれで良かった私。今はスクールカーストは存在しない。。。頼れるもの、逃げるものはない。そうなると素の一対一で相手と対峙しなきゃいけない。そして映し出される自分の本当の姿ってどうなの?
私、彼のこと、、、ヘビィメタルに傾倒していたこと、お腹が弱いこと、知った時、ちょっと‥‥あれ?なにこれ?
座れずに江崎君とまたつり革を握って二人横並びで立って、狭い車内なので少し小声になりながら談笑をしている。他愛もない話。『天王寺にあるあそこのつけ麺がおいしい』とか『あそこの喫茶店のソフトクリームはバカでかい』とか地元民同士の情報交換。私はラーメンが大好き、アイスやソフトクリームも大好き‥‥特に麺類全般が好きだからそういう話はすごくいいんだけど。。。
――――今は、江崎君の、変なところ‥‥ヘビィメタルバンドに所属していたことや、お腹が弱くて途中下車していたこととか、そういうの知れて、心が温かくなった。そしてこの温かさが心地よかった。こんな気持ちは、初めてかもしれない。
あんなにたくさん恋愛してきたのに。阿須那が言う通り、専門家かもしれないのに私。。。けど、今までこんな気持ちを感じたこと、なかったかもしれない。
電車は南向きに走り、信号で止まりながら、ほぼ太陽も沈んで青暗くなった街を、ライトを灯して自動車と並走していく。警察署を過ぎればもうすぐ道路とお別れ。路面電車は普通の一両のワンマンカーへと変わる。
「僕、この次の次の駅なんですよ」
「ああ、そうなんですね」
ここは違う点。私の駅はまだ先だ。そっかあ‥‥このまま一緒の駅で降りて、なんて、ありえないよね、、、ありえない、うん、ありえない。そして家路に向かう方向も一緒で何なら家のお隣さんでしたあ、みたいな奇跡、ありえないもんね。
ありえないと分かっている。必ず別れる。分かっていても心の中がキュンと軽く締め付けられる。また自分で思う。
――――キュンとなったって、どうすることもできないでしょ。
そう、どうすることもできない。自分の今は勉強を優先にしないといけない立場。今度男に走って、今度こそちゃんと勉強して資格を取って働くから、と言って学費出してもらったお父さんやお母さん、応援してくれている阿須那に対して申し訳なさすぎるのと、もう今の落ち目な私に、しばらくの間はまともな男はあてがわれない、という疑心暗鬼、そして彼自身があまりに王子様すぎて、私みたいなヘドロの中を潜ってきた女とは釣り合いそうにない。。。そう、やっぱりどうすることもできない。それに‥‥
明日も会えるやん、席隣やねんし‥‥なのになんでこんなウジウジしているの私。
同時にまた別のことも考える。
ここらへんて、こないだ阿須那とママさんバレーボールの練習試合に参加した時に来たところだよね。確かさっき電車と道路が別れたところから伸びてきている道を反対方向から来て、あのもうちょっと先の踏切を越えて、この中のややこしい道のところへと来た。その中にある体育館でやっていたんだ。
ということは、私が散歩している時にひょっとしたら彼の家の前通っているのかな‥‥
今度散歩して、この辺りに差し掛かったら、『江崎』って名前探してみようかな。
なんて、結局私もかつてのストーカー呼ばわりした男子らと何も変わらなかった。もしあいつ(木村)みたいにばったり江崎君と出会ったら、『大事なものがあるから』なんて下手な言い訳と告白はしないまでも、自分のやっていることや意識していることが見抜かれてしまう状況に陥ることは間違いない。
青い気持ちでやっているのか、黒い気持ちでやっているのか、その差異はある。けど相手に与える印象はさほど差異はない。
でももし私が抱き始めた青い気持ちでもってやってしまったことなら、、、それを『おまえは黒い気持ちでこんなことをしたんだな』と断罪されたなら、それはかなり傷つくと思う。
ましてやスクールカースト上位の女子たちで取り囲んだり、その後教室で無視したり、罵倒に近い拒否を示したり。。。木村。。。
――――いや、私のと木村のとは違う。性別も違うし。
まだ自分がしたいと思ってしまっていることと、木村がやったことの差別化を図ろうとしていた。
大きな通りの踏切を通り、やがて駅のホームへと滑り込む。
「じゃあ、また明日」
「はい、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
簿記‥‥江崎君がいなかったら、私、初日で逃げていたかもしれない。君は私の恩人だ。恩人?そんな感じよね‥‥そうだよ、それ以上なんて‥‥ないから。そしてこれからも私に教えてくれたら、きっと逃げないで勉強し続けられると思うよ。
また、夜の闇に優しく映える、桜を思わせる笑顔を浮かべて彼は、私のもとから知らないところへ旅立っていく。
いやだ‥‥
何考えてるの?バカじゃない?また明日会えるんだよ。それなのに‥‥
「じゃあ」
「じゃあ、また明日」
彼が私の隣を離れて昇降口へと歩いて行った。
いやだ‥‥私も降りる。
なんでよ?おかしいやんか、そんなことしたら。。。
ついていきそうになる自分を引き留める。顔はどんな顔しているだろう。ちょっと口元がへの字になりかけていることに気づき、口角を無理矢理上げて見せる。
初日よ、初日。初日で私、こんな訳の分からない気持ちになってしまって‥‥訳の分からないことはない。名前ぐらいは知っている。けど、認めたくないから言いたくないだけだ。
――――絶対認めたくないから。
改札のない駅、運賃は電車内で支払う。支払う場所は運転手兼車掌さんのいる一番前。向かって左側から下車する際に腰高ほどの精算機がある。そこの小さな小窓の中のベルトコンベアのようなところに小銭を入れるか、カードの読み取り部にICカードを翳すかである。江崎君は、カードを翳し、そのまま昇降口に吸い込まれて消えて行った。
やがて電車は走り出し、私の立っている位置からまるでアンコールのように、すぐの踏切を渡ろうとして立っている江崎君を見つける。私、きっと探していたんだ。
江崎君も気が付いたのか、少し微笑んで小さく手を振ってくれた。
少しはにかんでしまった私も吊革を持つ手の反対の手、バッグが肩からかかっている方の手を小さく顔の横らへんで振った。その瞬間がスローモーションのようだった。まだ、まだ行かないで‥‥
けど、電車は私の心の都合で止まってはくれない。そのまま踏切は過ぎ、景色は少し古めの住宅街へと変わった。建築のことは詳しくないけど、あきらかに建ぺい率が守られていない昔の住宅は、土地の面積に対してぎりぎりに立っているのでひしめき合っている。うちの家もそんな感じだ。夜の時間がやってきて、昼間はあまり見えにくい私の顔が車内の灯りに照らし出されてぼんやりとぐらいは見える。
なんてことない表情、他人には分からないきっとその変化は。ちょっと不機嫌そうな、気だるそうなぐらいの表情だけど、その奥に隠された思いが瞳の奥にある。その顔はどこか懐かしい顔に見えた。
昔、確かにいた自分。だんだん自分が見えない何かに流されて行って、こんな顔をしなくなっていたような気がする。
こんな顔したのって、多分中学校の時以来かな。
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