訳アリ同盟ここに成立
恥ずかしそうにあまり目を合わせてくれない。
その仕草を見たとたん、私の中で、「江崎君も人の子。普通の男子」な部分が見えたのと同時に、きっとあのクラスの中で、この事実を知っているのは私だけという、意味不明な優位性を感じることができた。
――――そうよね。男子って緊張した時とか、気になることがあるときって、お腹弱いよね。それ、知ってる。そして、
『江崎君も普通やん。お腹の弱い男の子やん。あるある。私はよう分かっているよ、そんなこと。だから恥ずかしがらなくていいんよ』
長女気質がムキムキと出てしまう。いや、果たして長女気質なのだろうか‥‥それとも母性本能?私の心のベクトルは確実に江崎君を庇う方向にあった。
「お腹弱い男子多いですよね」
「嫌になりますよね‥‥急に差し込みが来ちゃって、順調にこなしていた予定を崩しちゃうって。だから結構学生の時も気を使いましたよ。特に中学校の時」
「中学校の時?」
しかしこの『中学校』というキーワードが江崎君を庇う私を詰ってくる。
――――スクールカーストのことかな。きっとそうだと思う。
気を遣う相手、それは目に見えないスクールカースト。お腹が弱いことは悪じゃないと言いつつ、お腹の弱さ故に団体行動を乱す。スクールカースト上位者がのっている時に行動を止めたり、待たせたりする‥‥そのリズム感の悪さは、とても心が狭い中学生時代には、内心許容できるものではない。
今なら何とも思わない。何ならその空いた時間でメイク直しをしたり、自分もお花を摘みに行ける。しかし中学校の時は団体の流れが命。たとえ身体の都合であっても、表面上は『おうおう、可哀想に』と思っていても内心は違っていた。輪を乱す、流れを悪くする『弱い奴』だった。
「あんまり気にしないでいいんじゃないですか。一般的なことですよ」
自分が一番気にしていたこと、その頂点近くに君臨し、空気感を出していたことを、そう言って嘯いて(うそぶいて)見せる。そんなことあの時は心の中では全く思っていなかったくせに。
――――あの時はあの時‥‥今は今。
心の中で割り切ろうとする。けど、
――――ひょっとしたら、中学の時に出会っていたら、どんなだったか分からないけど、私は江崎君を酷く下に見て、相手にもしていなかったか、最悪は傷つけていたのかもしれない‥‥木村は?
ふと名前を思い出した‥‥しかしすぐに消した。
そこと一緒にするな!あんなのと、江崎君は違うし、私も木村を見下したことに値する充分な理由があったわ。
心の中で自分の過去を正当化して整理したことにしていく。本当は何も整理できていない。江崎君が良くて木村がダメな訳などものすごく曖昧なものだ。そして木村が私にしたことを肯定し、私が木村にしたことを否定したとしたなら、私が罰せられる側に回ってしまう気がする。それに私に対するストーカー行為の全てを許してしまう気もする。それは間違っているはずだ。
「お互い色々訳がありますよね‥‥バンドに打ち込みすぎて人生賭けていたらあっさり仲間内のことで解散。気が付いたら勉強全然していなかったから大学には行けずに、専門学校。相変わらずお腹は弱くて途中下車‥‥」
並べて喋ると結構ダメダメぶりがおもしろい。けど、そんなダメダメぶりは私や、私の所属していたグループからすれば全然マシ。可愛いと思えるぐらい。そして私もダメな女なら、そのぐらいで留めておきたかったなあ。
「じゃあ、どうでしょ?訳アリ同盟ってことで」
いたずらっ子ぽい雰囲気で、眉毛を上げて笑う。
「訳アリ同盟?」
私も、その名前がおかしくなり、ははっと笑ってしまう。
「お互いダメっぷりを吐き出し合う仲間‥‥みたいな」
江崎君は全然ダメじゃない。スクールカースト上でダメだと言われていたことは実は全然ダメじゃないことが多い。ただあの時のあの閉鎖的な社会の中での流れがそういう風だったから、というだけのこと。
「一応勉強を教え合えあい、互いに高め合うというのが大前提で‥‥細かいことは決めてもどうせ忘れますし‥‥そうですね、せいぜい」
簿記の勉強‥‥それは私にとって必須で必要なこと。そこは今日の効果と理解力を考えれば今後私には是非欲しいところ。
「時々お互いのダメっぷりを愚痴り合う、みたいな」
そうだ‥‥。
「愚痴は‥‥」
サクッと調べてしまおう。肝心なことだ。
「彼女と言い合ったらどうです?」
私のふっかけた質問に少し眉尻を下げて微笑む。
「僕、彼女いないです。ははっ、またダメダメぶりがでた」
両手でつり革を握って真っ暗な地下鉄の闇を見ている。
「うっそだー絶対彼女いるでしょ?」
「いや、本当にいないんです」
「そんなこと言って、また今日みたいに私と二人で勉強している時に殴りこみに来たり、二人でその帰りに襲いにきたりしたら嫌ですよ」
かまをかけて見る。どんな表情をするのか見てみたかったけど‥‥
「ないない、絶対ない」
本当に無さそう。あっさりと否定するその様は何のブレもない。それでいて別に彼女がいないことは悪いことではないのに、まるで自分の不出来さを少し卑下気味に照れ笑いしている。これは多分本当のような気がするが、
「猫被ってそうですけど?」
まだまだ追い込む。
「あの、僕高校男子校でしたし」
「男子校でも駅とかで出会いはあるし‥‥」
とは言ってみたものの、確かに男子校だと出会いは減る。立地がどうかにもよるし、文化祭を通しての交流でどこかの女子高を招いているとかなら、出会いはあるかもしれないが、そんなものは年に二日程度しかない。そこで出会いを果たして結ばれているというのはちょっとそれこそ奇跡に近い。
「いや、皆無でしょう」
笑って言われた。その通りかな。でもここまでイケメンなら絶対通学中に何かあったと思う。噂の男子高生とか、そういうの。
――――でも、そうか。男子校でバンドやっていてあのヘビィメタルな出立‥‥これはひょっとしたらまぐれの天然記念物かもしれない。何かちょっと自分なりにそう思えてきていた。というかここまでくると、そう思いたい気持ちが湧いてくる。これが危険なのだ。『この男でもういいや』そう信じて何度も裏切られた。江崎君を信用したくなっている。これがヤバい‥‥けど、
別に同盟とか、仲間とかなら、きっと問題はないかも。楽しくやったらいい。それなら問題ない。そういう男子も高校のときとかにいたし‥‥
「愚痴聞くの嫌でしたか?」
「愚痴聞くの‥‥全然嫌じゃないです」
たまにそういう女子もいる。自分は愚痴りまくるけど、男の愚痴はあまり聞きたくない。それは弱さに思えるのかな。確かに恋愛の終わり際の男の愚痴は、聞くに堪えないものがある。また、あからさまに弱いくせにゲットしたいものだけしようとして擦り寄ってくるタイプの男の愚痴は気持ちが悪い。結構おっさんが私を口説きに来るときにこういう手を使うのが多い。自分の会社での立場の悪さや家庭での居場所のないはけ口を愚痴りながらしっかりやることだけはやろうとしてくる。彼はそういうのでは無さそうだ。それは明確だ。
「私も愚痴りたいことありますし‥‥」
愚痴るのは、私が本当のことを言えるようになってからだけど。それか、
――――いつか本当のことを言っても笑って‥‥どういう関係性か分からないけど並んで立っていられるのかなあ。。。
「じゃあ、訳アリ同盟、ここに誕生で」
良いかなあって波が押し寄せてきている時に、サクッと打ち込まれてしまった。江崎君はきっと開花したら間合いも天才的かな。ひょっとしたら江崎君は開花してしまったら危険な人物でいっぱい女の子の運命を狂わせて、泣かせてしまう悪魔君だから、私のような業の深い女をあてがってそこで縛り付けておけってことなの神様?だとしたら、私、おいしすぎ。ウフフフ‥‥アハハハハハハハ―ッ!!
――――って、そんな訳ないでしょ。
自分でバカなこと考えているって、笑ってしまう。けど彼にはその笑いは同盟成立に思えていたと思う。
「訳アリ同盟、加入します」
本当のことは、もうちょっと時間がかかるかなあ‥‥ある意味訳アリだ。
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