自分の『本当』は隠す

「角谷さんも訳アリって自分で言ってましたけど聞いても大丈夫ですか?」


さっきあっけらかんとしたふりをして言ってしまった『訳アリですんで‥‥』必ず質問は返ってくる。


それは予想済み。

むしろ『私の訳もどうぞ聞いてくださいよ』と、アピール気味に言わなければ相手が訳を話さず、そのままスルーされてしまう可能性がある。スルーしたネタを再び拾いにいけば、『コイツ絶対に聞きたいんだ』とバラしているようなもの。

また違う角度から聞かないといけなくなるし、その聞き方やタイミングが下手なら結局『めちゃくちゃ知りたがっている』ということがバレてしまう。



この地域の主要駅を連続していくつも通るため、人の出入りは激しい。鞄が降りようとしている人と引っかかって体勢を崩してしまうこともある。まるで濁流の中で何かに捕まり、流されまいとする様だ。

そして入っている乗客もまた大量で、座れないと悟るとできるだけ扉の傍で居たがるように見受けられるが、そこに人が多すぎれば今、私たちがいるつり革のゾーンまで入ってくる。私たちはちょうど扉と扉の間、ほぼ真ん中にいる。



私の訳アリ話など聞かれても、ここで出会う人たちなど、もう二度と出会うことはない。

だから話してもいい。



勿論公共の面前だから範囲はあるけど。しかし、今日、江崎君がたまたま乗りこんできて、私の前に立ち、そして同じ駅で降りて、彼は落とし物~組紐のキーホルダーを落し、私が拾ってあげて、お礼をお断りして感謝の気持ちだけいただいて、お別れしたつもりが、なんと学校まで一緒で、無数にある専門学校のコースまで‥‥それどころかクラスまで一緒で隣同士だった。そういう『運命の出会い』的なこともある。



『運命の出会い』‥‥そんなこと、今更期待しない。



あの頃――――ら、、、やはり話せない。



「ああ、話したくないこと聞いちゃいましたね、ごめんなさい」

「いえ、全然。。。すごくつまらないことだから言葉にするのが難しかったので、ちょっと考えていました」

「つまらないこと?」

少し彼の笑顔の色彩が鈍った気がした。でも人を訝しがるような気配は微塵も感じない。

「大学、自分の中で〇〇大学以上には行きたいってあったんですけど」


そこは実際に私が、このレベル以上の大学には行きたいと思っていたところだ。高飛車に自分の実力も知らないで。。。

「二回ともダメで‥‥そうかといってそれ以下なら、親に大学の高額な費用を支払ってもらって行く価値あるのかな?って凄く疑問になって」


あながち間違ってはいない。


「私的にはだいぶと努力したつもりだったんですけど、行くこと叶わずで、それなら就職先の良いところを探そうと思ったんです。それもただ総合職的に就職するのではなくて、何か『私ってこれができるんです』ってはっきりとした『できること』を形に変えてね」

「専門学校のメリットですよね」

私はこくこく頷く。


「もし、〇〇大学より下のところ、何でもいいからとりあえず学歴欲しさに行ってみようって行ったとしたら‥‥例えば△△経済大学とか‥‥」

その△△経済大学、本当はそこも私はD(確実に不合格)判定だった。


『そんな無名の工場街にある狭い大学、しかも特別推薦の子なんて論述だけで受かってるところやん。私そんな楽勝なところ絶対行きたくないわ』


現役当初そんなことを豪語していた私。実際に模擬試験を受けてみて、一応第三志望校に書いたところは、私が合格するレベルよりはるかに上のランクだった。

「ああ、結構有名な良い大学ですよね、そこ」

彼の柔和な表情から吐かれた言葉が、逆に突き刺さる。そして気づかされる。



『有名な大学だったんだあ。。。確かに歴史は古いとか言ってたもんなあ。特別推薦の話が出た時に、私が手をあげれば良かったのかなあ‥‥』



当初は『その程度の大学なんぞ行きたくない』しかし、今第三者から『有名な良い大学です』と言われたら、自分の己惚れからくる愚かな判断に後悔が湧きたってしまう。

しかし、止まってしまったら会話の流れがおかしくなる。

「ええ。けど、私ってその辺り強情なので、絶対〇〇大学以上じゃなきゃ、受かって通ってもきっとすぐに辞めてしまう」

〇〇大学以上じゃなきゃ、受かってもすぐに辞めてしまったかもしれないのは事実。そう私は事実だけを述べている。けど、本当はその下も受からない。


もっと下の下の、お金さえ払えば誰でも受かる大学程度しか受からない。そこなら確かに通ってもすぐに辞めてしまうかもしれない。


自分がいかにアホで、思い上がっていたせいで受験に失敗し、尚且つ簿記の復習の時に見せた理解力の無さ加減を露呈していてもなお、その本性は人に晒せず、孤高の存在ぶる。ここのランク以下なら行く意味がない。



そこが嘘。「ここのランク」の偏差値が十以上低い。



どうしてだろう。ここまで引き下がれないほどに最低なことを抱える人間て、まだ尚そこで意地を張ったり、自分はそこまで落ちていないんだと、虚勢を張るのか。逆にまだまだ余裕のある人間ほど『自分はもういっぱいいっぱいなんです』なふりをするのか。。。



もうすぐ、彼の降りる駅だ。考えたらあの駅は何本か他の路線の地下鉄が乗り入れている。その中のどれかかもしれない。あそこがベッドタウンですって人は、一握りのタワマン族だろう。高井田や石切の方に行く電車もあるし、住之江の方のベッドタウンに向かう電車もある。そうだそうだ。色んな所に繋がっている。


やがて彼が降りる駅がもうすぐ近づいてくる。車内が混雑しているから早めに扉の方に行ったほうが良いかも。

それと同時に、もう一つの秘密。

――――私の予備校時代に知り合ったロクでもない男たちのこと‥‥本当のこと、全部は言わないから。



「格好良いですね。僕なんてバンドやっていたら、行ける大学どこも無くなっていたから」

「‥‥‥‥」

微笑を浮かべて彼を見たまま、自分のことをまた詰る(なじる)。

彼は今言った。行くところがなかったって‥‥そう、私も実質そうだった。でも私はそれが簡単に言えなかった。なんでそれだけのことなのに‥‥

『おバカすぎていける大学で好きな大学がなかったんです』

たったそれだけなのに。。。彼は言った。やはり彼は私よりずっとずっと素直で、もっと気持ちにゆとりがあって、心の広い人なんだ。私なんかと違う‥‥


「あの、もうそろそろ駅に着きますよ」

一緒に居たいのに、離れたくなる。自分の愚かさ、低レベルさ、惨めさを曝け出したくないから。

「え?ここ僕の(降りる)駅じゃないですよ」

「え?朝ここから乗ってきましたよね」

一瞬到着駅を間違えたのかとプラットホームに目をやる。やっぱりあの駅だ。

「え?見ていたんですか?」

「??」


彼の驚いた顔を見てしまい、何か見てはいけないものを見てしまっていたのだろうか?ここでやはり『黒江崎』が姿を現すのか?それとも落ち合っているところを見てはいけない人物と一緒にでもいたんだろうか?色んな可能性が一瞬で頭を掻きまわし、パニックになりかける。



「僕お腹弱くて‥‥」

「はあ‥‥?」

「初日だったので緊張してしまって途中下車したんです」

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