黒江崎 パート2

「バンド‥‥って楽器の?」

「そうです。バンド活動です。高校の時からやり始めて、一時期は結構ライブでは噂になっていたりしたんですけどね。。。メジャーデビューとか楽曲のセールスとかそういうのにはほど遠くて‥‥」



そういうパターンかあ。なるほどなあ‥‥それもあるなあ。

大きな夢があって、それに向かって一直線。わき目も振らずに突き進んだ結果、かな。



「最後は僕の知らないところで内輪揉めしちゃって、ある日練習する予定のレンタルスペースに行ったら解散て伝えられて終わりでした」

「そうでしたかあ‥‥」

「僕、あんまり横横の繋がりも持たずに、音合わせのあとも一人で帰って練習。ライブの後の打ち上げも終わった後に反省と練習ばかりしていたんで、、、バンドが解散したら周りの子たちは違うバンドに参加したりできたんですけど、僕は特に誰かに呼んでもらうこともなく、そのままやることがなくなっちゃったんですね」



バンドマンはバンド仲間同士横の繋がりを持っていたりする。コネクション作りも大事な仕事の一つのようだ。それで自分のバンドがダメになったら他に行けるように、あるいは紹介してもらえるように顔を広げておく‥‥彼はそれがあまりなかったようだ。よくバンドやお笑い芸人のライブ後の打ち上げも、伝手で参加したりもした。そこでそんな話もちょっとだけ聞いたことがある。ついでに私を食いにくる輩もいたけど、私はあまりその手の人たちに食われたいとは思わなかった。


なんでだろう、これだけイケメンだったら舞台に立っただけで凄くステージ映えするはず。勿論楽器を上手に弾けなければいけないけど、江崎君の性格上それは完璧にこなして来そうなのに‥‥



――――やっぱりモテまくりなんじゃね?女の子と話したことがほとんどないとか、嘘なんじゃね?



地下アイドル、バンド、お笑い芸人といえば、女の子が思い出作りに一番良い対象だと周囲は言ってた。私はあんまりそうは思わなかったけど。なぜか‥‥先が見えにくいからだ。仕事柄の先ではなくて、その男性との関係性の先がのっけから見えにくい。それが嫌だった。


仕掛かった調査を締めに持って行く。

「バンドやっていたんなら、江崎君なら、さぞかしモテたんでしょうね」


確定だ。これだけの外見をしているんだ。女なんぞ売れた果実に群がる蟲のごとく集まるだろう。そして食いまくっていた‥‥可能性は半々かなあ。絶対根は真面目。それはそう思うけど、女が黙っていない。あ、それか既にバンド時代に出会って、心に決めた彼女がいる、とかかな。

江崎君は軽く自嘲気味に笑った。

「本当に全然モテなかったです」

「そんなわけないでしょう」

――――私知ってるんだから。と言いたかった。バンドの連中らとも遊んだことあるし、アフターにお呼ばれして口説かれたこともあるんだから。


と言いたかった。その代わり外堀を埋めて行ってやると、また底意地の悪いことを考えた。



私の繰越剰余愛のマイナスは、今日、江崎君から受けた配当愛で逆に渇望していた。前まではマイナスの傷ついた猜疑心の塊のまま活動を停止していたが、配当愛を頂いたことで潤ってしまった。

ただ、まだまだマイナスである。マイナスの苦しみからくる限りない男への猜疑心と、どうしても『私に近づいてくる男が、こんな国宝級のイケメンで、紳士で、性格まで格好良くて、それで裏がないわけがない。きっと巨悪が隠れているんだわ!私は知っているの!そういうのいっぱい見てきたのよ!あなたも同じなんでしょ?さあ本性見せなさい!』としたいのだった。きっと本物の天使であっても、「あれは白い衣装を着た悪魔よ」と言いたくて仕方がなかった。



彼はスマホをトートバッグの中から取り出し、何かを探し出した。多分バンド時代の写真か何かだ。それか今の彼女の写真を見せてくるのかな?そうしたら私のほんの僅かに見えた幸運の光はスッと消え失せる。


――――そうよ、そんなもんよ。そんなもん。そんなもん。期待しない期待しない‥‥


もし神様のいたずらで、君の彼氏にこんな男の子どう?って尋ねられたらはっきりと言う。『これは、神様の御子息様じゃないですか‥‥こんな汚れの私には出来が良すぎて荷が重すぎます』って。



「ああ、これ‥‥この青いギターが僕です」

彼は私にスマホの画面を見せてきた。その中にはきっとカッコよく演奏している彼の姿か、もしくはこの上なく素敵な彼女が‥‥



「‥‥?」

(なんじゃこりゃ?)



確かにバンドメンバーたちと写っている写真なんだろうと思う。

青いギターを持ち、立っている彼はひと際背が高いので、彼だと認識できる。できるのだが‥‥


彼が所属していたバンド、それはどうやらヘビィメタルバンドだったようだ。そして彼は、顔を四分の三を覆う仮面を被っていて、髪こそ今の髪型で色を橙色のような感じに変えただけだが、これだとまるで『オペラ座の怪人・ファントム』だ。いや、それ以上に顔の隠れている面積が大きい。


「なかなかサウンドには定評のあるバンドだったんですけどねえ」

他にも写真を見せてくれたが、『十三日の金曜日・ジェイソン』を思わせるようなキーパーマスク、そして極めつけは、

「結成当初はこんな感じ」


ああ‥‥これね。

アメリカの超有名ハードロックバンドで見たことのあるメイク。顔面白塗りに目許を星マークにしたり、猫っぽいメイクをしたりするあの方々‥‥服装はトレードマークのように鋲の入ったレザージャケット。


――――顔分からねぇって。男前だろうなって雰囲気はこれだけメイクしたって漂ってはいるけど。


なるほど。いくら隠しても漏れだすほどのイケメンオーラはあっても、これだと封印と言ってもいいぐらいに隠されてしまっているじゃないの。



――――やったぁ、私おいしーとこ全部ゲッチューじゃん。私にとって何の問題もないじゃん!‥‥て、いやいや違う違う。まだだ。まだ何かあるかもしれない。でも、アフターも行ってなかったとなれば、、、完全な謎の人物じゃん、このメイクや仮面じゃあ‥‥

ヘビィメタルバンドの江崎君‥‥鋲付きの革ジャンにレザーパンツ、インナーは黒のタンクトップ‥‥どこもかしこも、黒、黒、黒‥‥ある意味『黒江崎』。

そういう黒江崎君は全然いいぞ!



このだいぶ後に、バンドの音楽を、彼が演奏しているところを聞かせてもらった。きっと凄い高いクオリティなんだと思う。歌も上手く、曲の間でダンスを踊ったりもしていて、ステップも華麗に見えた。指なんて残像が残るような早さで動いているのは分かるのだけど、分かるのだけど、この世界観・サウンド、音楽性が良いなあと思えるようになるかどうかはかなり難しそうで、仮にいつかは理解できたとしても、なかなかの時間がかかりそうな気がした。メジャーデビューが難しかった‥‥そっちの方が納得しやすかったことは内緒にしている。



そしてまさか、そんなところの点と点が、線になっていようとは‥‥‥

まだこの時は何も知らない私だった。

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