黒江崎

実はもう知っていることだけど、帰りの方向は同じ。ということは電車も同じだった。時間は割と経過していたので、普通にサラリーマンやOLの方々の早いもの組というか、定時組みたいな人らが電車に乗っていた。当然私たちは座れない。


私たちはあれから喫茶店を後にして、簿記の話をしながら、ちょっと世間話も交えて普通に駅まで来て、帰りの電車に乗った。



何も誘ってこなかった。

まあ、、、まだ後日の可能性もあるから分からないけど‥‥やっぱり紳士だ。



でもそうなると、ハマり気味の簿記の話も、世間話もさながらだけど、江崎君の素性が知りたくなってしまう。

――――人となりって、どんなだろう?



つり革に二人横並びでぶら下がりながら夕映えに映し出された海のような一級河川の、金色に輝く波間を眺めながら、お互いの何てことない言葉を絡ませ合っている。


よくよく見れば電車内も、金色。手すりや買い物をした白いビニール袋などは金色に映えやすい。乗っている人たちも、彼の顔も金色に変わっていた。金色とセピア色は私の中では似ている。セピア色から連想するのは思い出。


全てが終わって、思い出と言う一行もない、ただの文字になれば、今日のこの瞬間はどんなふうに私の中で描かれているだろうか。

逆に気が付いたこともある。それは、金色に絶対にならない色がある。尚且つ、金色が濃くなればなるほどに、その色合いも濃くなる色がある。その代表的な色は、「黒」だ。

黒は金色の夕日に照らし出されたら、負け時と自己主張するかのごとく影を濃くして、己の存在をアピールする。黒がどんどん濃くなって、やがて立体感すら感じさせないほどの黒に塗りつぶされたような情景へと変わっていく。


光が当たれば当たるほど、その影も濃くなっていく。黒さは増す。

きっと彼にも影はある。影の無い人間なんていない。ただその影が、黒が、自分にとって許せるものか許せないものか、である。



(じゃあ、亜香里の黒は、彼にとって許してもらえるところなの?)

――――うう‥‥それを言われてしまうと。。。

自分の心に自分が責められる。

再び自分が不釣り合いな人間であることを実感せざるをえない。



でも不釣り合いであるからこそ、彼が私に何を求めているのか、何かを求められていて、答えれるものなら、今日のお礼もしたいから全力で応えよう。けど、私が応えたらきっと後で彼が後悔してしまうようなことは、できるだけ自粛しよう。それがうまくいく秘訣かもしれないとも思う。でもそうなると自分をどこまでカミングアウトしていくか‥‥この加減が難しい。その加減を知るためにも、相手を知る必要がある。独り相撲をしていては伝えるべき情報と伝えてはいけない情報を出し間違える時が来る‥‥調査をしよう。


「江崎君て、しっかりしていますよね」

「いや、全然ダメですよ、もう頼りなくて頼りなくて」

相変わらず美しい何か彫刻作品が微笑を浮かべたままこちらを見ているような、、、もしくはイケメン俳優しかもトップクラスの人が柔和な顔で、横にいるちょっとおバカな妹なんかを見下ろす、そんな笑顔のままだ。

「江崎君って、何歳なんですか?」

「僕は二十歳です」

「‥‥!」

年齢を知りたかった。というのは男性なら比較的簡単に聞けることだし、年齢である程度キャリアが分かる。高卒ですぐ専門学校に入学すれば十八歳。大学をストレートに卒業していれば二十三、四歳ってとこ。社会人を経験していればもっと上の可能性もあるけど、落ち着いているとはいえ、年食っているとは思えない。

「二十歳って、今年ですか?」

「今年は二十一歳になる年です」

「!‥‥私と同い年ですね」

「え?‥‥ということは〇〇××年生まれの干支は〇ですか?」

少し江崎君はびっくりした感じが分かる顔をしたが、すぐに柔和な表情に戻る。目がその時だけ大きくなるから凄く可愛くて分かりやすい人だ。こちらも思わず微笑んでしまう。

「はい、全部その通りですよ」

彼の顔をちゃんと見据えて答えた。

「同い年なんだあ」

こくりこくりと頷きながら、彼が呟く。



というのはこの年、この中途半端な年齢で専門学校に来るのは何らかの訳があると踏んでるからだった。私なら受験に失敗し、ついでに男にも大失敗して引きこもっていた。そこから友達の紗奈のことを思い出して、自分も簿記を勉強して習得し、しかも就職に強い専門学校のコネクションを利用して、良い企業に就職する。しかも今時はいないと思うけど、腰掛的な存在ではなく、スキルを持って第一線で活躍できるようになる、だ。後半は聞こえだけはいいが、全くの未実現な話で、それに対して前半が訳アリなところである。さらに掘り下げると付き合った男の内容をほじくり返されたら、酷い訳アリ物件だ。

「すごく訳アリみたいだって感じですか?」

「え?」


油断していた。私の中の何らかの表情の変化を見抜かれていた。彼は何一つ表情は変わらなかったが、その言葉に見据えたままの私は逆に目の奥の真意を突き刺され、ショックでそのまま表情も何も変えずに固まってしまった。


私は彼を通して自分の訳アリさ加減を思っていたのだが、それが自分のなのか、彼のなのかまでは顔に出ない。ただ不安さ、もしくは、不信感、と思われても仕方ない顔になっていたようだ。

ふふっと何も気にすることない様子のまま。

「ええ、確かに僕、訳アリなんですよ」

「ええ‥‥あ、訳あるんですね‥‥」

「あ、ごめんなさい、何か聞き苦しそうな雰囲気の話しをしちゃって」

そこは紳士に先に気遣いを見せてくれた。確かに電車内だから乗客もいっぱいいる。訳なんてあまり人のいるところで話すものではない。そこの気遣いはちゃんと行き届いている。


さきほどの金色の世界は最近ラッシュのように建てられているタワー型の瀟洒な高い建物に遮られがちになり、そしてこちらの電車の走っている線路の高さもどんどん低くなり、最後は闇の中に漬けられたようだった。



訳なんて、私もありありだ。こんな中途半端な年齢で学校という機関。しかも大学ではなく、専門学校に来ているのだから。

「いえいえ、私も訳アリですんで」



そう言ってあっけらかんと笑ってみせた。内心はあっけらかんとはしていない。実に湿っぽい湿地帯のようなマインドをしているくせに。さっき、訳アリの話をしだしたときに『聞き苦しそうな雰囲気の話を‥‥』と気遣ってくれた。だから恐らく私のことはそこまでこの車内では深くは聞かないだろう。逆に、彼の訳アリの主な概要だけは聞けるかもしれない。


自分のことは隠す癖に人のことは聞きたがる。嫌な性格だと思う。


まるで多重債務者が自分の借金を少しでも隠して、人がどれだけ借金をたくさん抱えているかを聞き出して、自分が安心するあの感じだ。


竹村美玖と連れだって遊んでいる男女にそんな連中が多かった。自分の借金は少なく言って見せて、相手の額を聞き出す。実際に相手の方が多ければ安堵し、少なければ後で嫉妬する。そこまでなってもまだ見栄を張り合う。


私は借金までして遊ぶのは自分の中で「なんか違う」という警告灯が点灯する。だからどこかであの子らとは完全に一体感は最後までなかった。



嫌な性格だけど、こうやって身を守っているのも事実。江崎君に黒い部分があるなら、早めに認識しておかないと、私自身が手遅れになる。


「僕はさっき歩いている時にチラッとお話したと思うんですけど、バンドをやっていたんです」

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