簿記あるある~右か左か分かりません~パート2
「え?借金してお金集めているのは‥‥その」
「何ですか?」
吹っ切れたとは言え、こんなこと聞いたらまたバカに拍車がかかるんじゃないかと思って言い淀むと、遠慮なく、と言った感じで親切に促してくる。
「借金してお金集めるって会社はもうダメな会社とは違うんですか?」
関係あるかないかも分からないけど、江崎君にだから言ってみた。さっきは散々誉めてくれたけど、もうバカだってきっと分かられているだろうし‥‥
「会社は一般人とは違います。会社も法人て言われていて、人なんですけどね」
「へぇ」
「最初の頃は自己資本だけで運営していますね。多分なかなか貸してもらえないと思いますし。けどどんどん儲かって行ったらどうですか?収入がどんどん入ると同時に、さっきの掛け売りの話覚えています?」
「ええ。お金を後払い‥‥あ!」
「ピンと来ました?」
ピンと来た。売上が上がっているけど、売りかけていて、哲学的には売っていない、つまり回収できていないから、手元にお金がないんだ。
「売って儲かっていても、回収ができていなかったらこっちサイドの支払いのタイミングでお金がなかったらアウトですよね。ブラックになってしまう」
「間を繋ぐお金がいる、ということですね」
「そうです。まあそれだけではないでしょう。信用が出てきたらもっと大きな商売をするために銀行から必要分をまとめて融資を受けて、商売を大きくするのは凄くよくあることです。大半の企業が銀行から借金をして商売をしています。うまく商売ができているところなんてのは銀行が逆に借りて欲しいとお願いしてくるぐらいですから」
「そんなこと意味あるんですか?ただでは貸してくれない、金利支払うんでしょ?」
私だったら嫌だ。ある日銀行が金利ほんの少しでいいから借りてよって言って来ても借りない。だって仮に年利百円で元本百万円だったとしても、一年で百円損するやんか。
「そう、使わないで置いておくなら確かに損でしかないですね。でも中には銀行との付き合いを大事にするために行員のノルマ協力で借りてあげる代わりに、いざという時には助けてね、という相互扶助の精神で借りてくれる社長さんもいますよ。最近それでも銀行は容赦なく見切りつけるそうですけどね」
「あらーますます借りておく意味はないですね」
「勿論不要であればどんどん返せばいい。でも大概の会社は何かと入用なんですね」
「ふーん、そんなもんなんですね」
「あと、後の話でも出てきますけど、一般人と違って法人は金利を支払えばその分税金を払わなくていい時がありますので」
「?!」
「角谷さんが個人的にお金借りるのと訳が全然違います」
「嘘―??」
思わずタメ語が出てしまった。金利払えば税金を払わなくていいってそんなことあるの??
「金利支払うのと、同額税金支払うならどっち支払います、角谷さん?」
「そ、それは、付き合い兼ねて考えるなら‥‥銀行ですかね。お金も手元に入ってくるわけだし。私は想像つかないけど、会社の運営がそんなに入用があるのなら」
普通の人間じゃあ考えられない。キャッシングしているって聞いたことあるやついたけど、税金支払わなくていいとか、言ってなかった。本人が知らないだけかもしれないけど。
「支払利息勘定で、営業外費用項目で『費用』の勘定として計上されます。また後で説明しますね」
「はい」
「それと『資本』、これがちょっと分かりにくいところですよね」
「私、そこは分かりますよ」
ふふーんと胸を張ってみる。だって私、
「繰越利益剰余金ですよね」
ここがマイナスで親から信用してもらえていないのだから。そして愛情面では私はここがマイナスだから人間不信の若干ノイローゼ気味なのだ!フッフッフッフーハア~ア‥‥しんど‥‥
「そうです。後は何か覚えていますか?」
「‥‥資本金?」
「はい、その通り」
良かった。資産金と言いそうになるんだ、ここ。しかし私からしてみれば資産も資本も何がどう違うのかすら分からない。
「さっき『負債』の中の『借入金』がお金を集める一つの形であるように、『資本金』もお金の集め方の一つなんです」
ああ、それ、授業中に先生が言っていたことを思い出す。
『超簡単に言えば「私こんな会社しますので、お金を出してください」って言うらしい』
そうそう、それだ。そうやって会社を作るためにお金を集める‥‥言葉だけを聞けば詐欺師の手口みたいな話だよね。だから最初の間は信用がないから誰もお金を出してはくれない。社長の貯めてきたポケットマネーで会社を作る。つまり社長はその会社のトップであり、大株主であるということになるね。
でもどうなんだろう‥‥その会社が波に乗ってうまく運営できれば会社にお金出してあげたい、その代わりに「株主にしてくれ」という人もたくさん現れてくるんじゃないかと思う。どんどんお金は集まるだろうけど、どんどん自分のお金でやっている会社だというのは薄れて行く。それでもその会社の社長は「自分の会社だ」と言えるのだろうか。
「『自分』て角谷さん自身ですよね?」
「はい」
「じゃあないんですよ。どうしても自分でお金出して株式会社やっているから自分のものってなりがちだし、その認識のトップがほとんどだし、上場企業になってもそういうトップの方はおられますが、違います。会社は株主のものです」
やっぱりそうか、そんな気がした。
そういえばさっきも言ったけど、お父さんはどこかの会社の株を持っている。じゃあその会社はお父さんのものなのか?そんな訳はない。それならあのうだつの上がらなさは何だというのだ?って、言ったら可哀想か。お父さん好きだし、こんな私でもちゃんと専門学校行きたいって言ったら学費出してくれたし‥‥
「そう。株主。会社に対してお金を出資してくれる人たちですよ。その人たちからお金を集めて会社を運営している。最初の頃って自分のポケットマネーだったり、家族のお金だったりそういうので資本金作りますから、自分のって意識がどうしても残りがちではありますよね。けどその会社が儲かって、商売もどんどん大きくしていこうとすれば、お金もまたたくさん入用になる。だから銀行から借りるのともう一つ、出資者を募るんです。それが株ですよね」
お、私の考え方が合っていた!よかった。。。
そうかそうか。お父さんはその会社を買って持っているのではなくて、きっと無数にいる出資者の一人できっとその人たちからすれば本当の少額の株を持っている人、ということか。けど株主は株主であり、出資者ということか。
「で、こういう感じ‥‥」
彼がトートバッグの中からルーズリーフを一枚取り出した。そこに今日何度か黒板で見た『T』の字を、大方ルーズリーフ四分の一サイズほどに書いた。
真上から見れば(私からしたら反対になるけど)右側に来るのは、上から「負債」。そしてその下には「資本」。
「これが借りたり、預かったりしたお金。集めた元手ですよね」
「はい」
「で、こっち」
シャープペンシルで、素早くても、とめ、はね、はらいなどがきっちりと現れているキレイな文字が次から次へと書かれていく。左側は「資産」だった。そしてそれら『T』の文字の上に書かれたのは「貸借対照表」であった。
「集めたお金がどんなふうに運用されているのか、その実績や金額は‥‥を示すのがこの左側。資産勘定たちなんです」
「儲かった系ではないんですか‥‥?」
私はてっきり、現金預金勘定が左で増えるから儲かったんだなあと思っていた。
「うーん、まあそう考えても悪くはないでしょうかね‥‥ちょっと飛躍している気もしますが。確かに商売の大本命。お金を回収してなんぼ、で考えるなら現金預金勘定が加算されてなんぼですから。ただ、売掛金も資産勘定ですし、現金預金も資産勘定。これは『売掛金』という資産から『現金預金』という資産勘定に形を変えただけで、
《売掛金》×× / 《売上》××
となった地点で債権として資産にはなってるんですよ。だから簿記的にはその地点で儲かったと言えば儲かってるんですね。ただ同じ資産でも『売掛金』では給与の支払いはできませんからね。やっぱり商売は『現金預金』化するまでが商売ですよね。
それよりむしろ、株主さんや銀行さん、儲かったり利益を一体何に変えて運用しているんですか?という問いかけに応える部分が資産でしょうかね」
「なんか‥‥さっき言ってくれた受取手数料もそうだし、売上もそうなんですけど、儲かったんなら左に書きたくなるんですよね。。。『資産』と『収益』は同じかと思ってたんですけど‥‥両方儲かってそうだから」
「なるほど」
「あと、『負債』と『費用も』同じく右に書きたくなるんです。お金が出て行くと思うから‥‥」
だって資産は「増えると嬉しい」、収益も「増えると嬉しい」グループと、と負債は「増えると嫌だ」、費用も「増えると嫌だ」グループかと思っていたから。確実に理解度が低く自分が低次元だということをアピールしている。私は全然賢くない。むしろおバカ。自分の身の程も知らなくて、受験も男も失敗して、汚れるだけ汚れたおバカなのよ。買い被らないで欲しいけど‥‥嫌われたくもない。
優しくて話しやすい雰囲気を作ってくれているのが分かる。ちょっと独唱的に話してくれているから、私はそこに疑問を投げかけるだけで良い。これが沈黙や最低限の会話なら、私はたちまち何を質問していいかすら分からなくなってしまっていただろう。でもそれは同時に自分の頭の程度や理解力の程度を曝け出すことにもなっている。だから怖い。本当は怖いけど、彼が怖くない、怖くないと、少しずつ手を引いてくれるようだった。
「さっき初心者がよくやるミスですねって言ってたとこですよね。僕はですね、第一段階は《受取手数料》××/(ーーーーー書けない)って当初仕訳切ってました。そんな感じですよね」
「そう、私それ!」
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