江戸の仇は長崎で、は苦く甘く‥‥

意味は真意を瞬間的に探ろうとすれば余計におかしくなる。

なのにそうしてしまう。


余裕の無い証拠だ。余

裕があれば「そうね、そのうちに」なんて言ってスルーする。


実際に行っても行かなくてもどっちでもいい。

行っても良い相手なら行ったら良いだけ。

その場のおいしそうな鶏肉に舌鼓を打てばいいだけ。

おごりなら『ごっつあんです!』そうでないなら相手にもよるけど『シケてんなあ、おまえ‥‥』だ。


一緒に行きたくない相手なら、「ごめん、彼氏(居なくても)から怒られるから」とその場で断る。それだけ。



そこで食べたいけど、金は自分で出したくないし、好意を持たれていたら、こっちはその気が無いからややこしいことになりたくない。

というならさっさと「それってどういう意味なん?」て訊いてしまうことも出来る。自分の方が立場が強ければ、だけど。で、食べに行きたいけど一人では行きにくいからついて行って欲しい。おごるから。そして後で付き合ってくれとか言わないから、なら行けばいい。


そんなこと言ってても掌返すけどね、男は。


この『意味』というものもそうそう楽々訊けるものではない。ましてやこういう立場間だと尚更だ。その後の回答で相手の機嫌を損ねずに「それってどういう意味なの?」って訊くのって意外と難しい。


「昼でも、夜でもどっちでもいいよ。おいしそうだから一度食べてみたいと思って。この鶏の肝の写真とかすっごいうまそうやん。こんなんもう既においしいわ。だから一度一緒に行こうよ、ね」

「う‥‥うん」

再び振り返って、二人駅まで歩きだした。



うまいな‥‥うまいのか君は?逆らう余地が見当たらなかった。

うまくあっては‥‥欲しくない気がするなあ。

イメージのままで。純粋な人であって欲しいなあ。


確かにお昼食べた時、唐揚げはすごく美味しくて、味噌汁もご飯も拘ってる感じがして、どれもおいしかったから、夜は一度資金的に余剰ができれば食べに来てみたいと思った。一人で来にくかったら阿須那を誘っても良い。あの子は私が美味しいものがあるぞと言えば他府県でもついてきてくれるし、車を出してくれるかもしれない。そうしたら駐車場代はかかるけど電車代二人分の運賃と移動面のしんどさをコストに振替えれば、案外トントンぐらいだったりする。ましてやスーパーなんかが傍にあって早い目に切り上げて買い物をして帰れば電車で来るより駐車場代を支払っても安い時もある。


行ってみたいお店である点で、断る理由はなかった。

そして、

お隣さん、国宝級イケメン、お近づきになりたい、どんなんか人となりを知りたい、どんなにおいがするのか嗅いでみたい‥‥いやいや、最後のはおかしいから。



「今日の授業どうでしたか?」

痛いところをまた突かれた。

私に痛くないところはあるのだろうか、くたびれた人の足裏のような私の内面だなあと自分で思う。


彼が『この辺どうですか?』と、施術中にグリグリやられて私が「イタタタタタッ!イタタタッ!もうちょっと緩めで、、、緩めでお願いします。。。お願いします』

で、また彼が『じゃあここはこんな感じで‥‥』と来たらそこが一番ヤバいところで『ハウッ!‥‥ああ!!もう‥‥クウウウーッ』タオルを噛みながら絶賛悶絶している私が想像できる。


現実的には‥‥困り顔で苦笑いをしている。


さっきから歩いてくる間、彼はお昼はもう少し遠くの国道を渡ったところにある商店街まで行き、そこの定食屋さんみたいなところで食べた話をしてくれた。また、家の近所に昔大きな商店街があって、商店街独特の雰囲気が好きなんだって。私はまだまだ全然余裕なんてないけど、少しだけ、彼も精一杯話を繋ごうとしてくれているのかな?という気配を感じれた。だとしたら、慣れてはいない人だ。そうであってほしい。


そうであれば、私も正直になって『ご近所さんとして』頑張らないと。

「うん、本当のこと言えば、あんまり分かっていないんです‥‥」

彼は「え?」と漏らすような声を出して、目を丸くした。


私そんな賢そうに見えたのかな?そんなことはないよ。

「え?分かっているからサッと帰ったのではなかったのですか?」

さらに痛いところを突かれた。


彼の眉毛は下がっていた。私は首を横に振る。


「帰ってもう一回見ようと思ってはいますけど、ホントを言えばあまりよく理解していません」

「え?先生に分からないところの質問はしてませんでしたよね」

「していないです‥‥できないんです」

「え?先生ってそういう役割だから、質問しても問題ないと思うのですけど」

「それはそうなんですけどね‥‥」

「そうなんですけど?」

言っても問題ない話よね、と、自分の頭の中で二秒ほど考えて話し出した。

「昔、私大学に行こうとしていたんですね」

「はい」

「その時に通っていた予備校があったんですけど、入学したコースがそもそも段違いだったんで‥‥」

「はい」



「そこで先生に質問しても、もう質問のレベルが低すぎて相手にされなくなってしまって」

「はい‥‥」



「予備校の先生って、色々ですけど人気講師だったりすると歩合制で給与や賞与を出しているところもあるんですよね。そういうところだとバカを相手にするより、賢い子を相手にしてより合格率を確保していくほうが効率的だそうで」

「それなら、その先生がもっと角谷さんに合ったコースへ転籍を進めるとか、あったように思いますね。お金をもらっている以上役務収益が発生するわけだから、サービスを提供する義務が発生していますから。それを放棄するのはどんな理由があったって正しくない」


ちょっと実業家のような話し方をするところが気になったけど、意味は何となく分かったから気にしないことにした。

「私も悪いんです。これくらい以上の大学には絶対行きたいっていう希望があったから」

「ああ、それかあ」

「そうなんです。だからダメだったんです」

「なるほどね‥‥じゃあ」


「じゃあ?」


あと南に歩けば、今日再び見かけたコンビニの前に着くところまで帰ってきた。彼が歩みを止めて、その殺人的な美しい微笑で私を見た。改めて私はメドゥーサに見入られて、石になる気がした。

「簿記に関しては今までやってなかったんでしょ?」

コクコクと頷くのが精一杯だ。手でも握られたら木っ端微塵に粉砕してしまうんじゃないかと思う。


「じゃあゼロスタートだ。そうでしょう?それに吉山先生と予備校の先生は別人です。質問しましょう。僕も質問したいところ探して見つけ次第しますのでその時一緒に居てください」

その通りです。はい、反論の余地などありません。


一緒に居てください‥‥一緒に居てください‥‥一緒に居てください。


心に刺さってそこからその言葉が脳へ走り、何度も何度もリフレインしている。

ちょっと待って。おかしいぞ、私。色々おかしい。こんなこと身体を重ねても一度もなかった。多分一番私が好きだったかもしれない、中学校の時のエースの彼とも、こんな気持ちにはならなかったと思う。



「あと、それと‥‥時間あります?」

「は、はい」

もうほとんどこの時は、思考は停止していた。

「じゃあ、僕は今日の復習もしたいので、分からないところを教えます。あそこのコーヒーショップに行きませんか?」



時間はある。簿記のこと、諦めたくはない。教えてくれる。国宝級イケメン。性格も素晴らしそう。声が脳を揺さぶってヤバい。

付いていくしかないじゃない。。。



私ごとき汚れがこんな王子様と一緒にだなんて、不釣り合い甚だしいことが分かっていつつも、メリットしか感じない条件に、もはや私の選択肢は、彼の言うがままにするしかなかった。

あ!ただ一点!

「あの‥‥」

「どうかしましたか?」

「私‥‥お金‥‥ない」


絶望的格好悪さ。親から信用を失った私は金銭的援助は最低限しかしてもらえない。でもこの告白はしておかないと後でものすごく迷惑をかけてしまう。

しかし彼は全くその殺人級の微笑を変化させることなく、


「大丈夫。ケーキもごちそうします。今日の鍵を拾ってくれたお礼の一部として」

ーーーーそうくるか??断り切った彼の感謝の気持ちも結局受け取るしかない。あの時断り切れたと思ったのに‥‥『江戸の仇は長崎で』は『財布からの現金はおいしいケーキとコーヒーで』だったようだ。もう、かなわないわ。

その一言だった。

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