私は先生に質問ができない

涙涙の午前中の授業が終わり、昼休憩だ。


難しかったのと、何かと自己分析ができて打ちのめされてしまい、しばらく突っ伏していた。


江崎君は少しだけ座っていたけど、やがてどこかに出て行った。

はあ‥‥私もご飯食べよう。


昼からもっと酷かった。また私‥‥ついていけないかもしれない。

けど今度は男に逃げることは許されない。

どうしよう‥‥


昼からはまずはオリエンテーションの続き。


「はい、横の人と二列でついてきてください」

横の人と二列‥‥席はもう決まってしまったものだからこのカリキュラムが終わるまで仕方ないけど?仕方ないのかな?まあ仕方ないけど、団体行動でも横は彼って。

並んで歩く。本当に背が高い。私も平均的な男子に近いぐらい身長はあるけど、全然。他の男子と比べても頭一つ出ている。


女子のヒソヒソ話が少しだけ風に乗って聞こえてきた。私たちに言っていることなのかどうかは分からないけど、、、何となくそうかなって思える。

『あの二人既にカップルって感じじゃない?』

『高身長カップルだよね』

『男子ちょっと‥‥ヤバいイケメン』

『女の子も可愛いよ、スタイルきっといい』

『やだ、ちょっと。狙ってるんだから』

はいはい好きに言っててください。私は彼にふさわしいとは全くに思えないほどの汚れだし、失敗だらけで株主様(親)の信頼はマイナスだし、勉強しに来てるんだし、勉強!



後ろで誰かの話をしているあの子たちは多分高校卒業後すぐにこの専門学校に来て、私とは違うコースからこの簿記のカリキュラムを受けに来ているんだと思う。だから多分十八歳から十九歳かなと思う。少し年下なだけなのに、私とは天と地ほどの違いを感じる。


きっと私みたいに見なくて良いものは見ていないのだろう。それでいい。そのままでいい。知れば知るほど手枷足枷がかかって、剰余愛はマイナスになり、人間不信を起こす。そしてこうやって飛び出していきたいときに、飛び出せなくなるんだ。


スタイルがいいって言ってくれた子がいたなあ。


今日はそういうのん隠れる服を来てきたつもりだけど。

今日はグレーのジップアップパーカーに黒のタイト裾フレアロングスカートに白の運動靴を合わせている。タイトスカートだからヒップラインは出るかもしれないけど、このパーカー生地がまあまあ分厚いからバストのラインはそこまで出てないと思うんだけどなあ。

そういうこと(恋愛に逃げる)はしないように、自分にケジメをつけるように服もなるべく地味なのをチョイスしているつもり。ただお金が無いから新しいのをあまり買いかえらず、使い回しをするから完全なイメチェンはできていない。


『狙ってるんだから』そういった子はさっき彼への視線を私が妄想の中で撃墜した子。

服装、メイクの感じからだいぶと自分に自信があるのが分かる。顔も確かに美人だと思う。めっちゃ美人かといえばそうではないけど、まあまあ、合コンに行ったら喜ばれるだろうなとは思う。

デニムのジャンパーを羽織って腕を組み、白のタイト目なワンピースを来ている。リップの赤さからしても勉強だけで来ているんじゃないのが分かる。


楽しむつもりよね。そりゃ学生だもんね。楽しまないといけない時期よね。私は‥‥


「お昼何食べたの?」


私の湿っぽい思考は、低くて耳の奥でしっかり浸透していく声に遮断された。また春の日の木漏れ日のような、あるいは爽やかな風のような‥‥とにかく私を優しく包むような笑顔で見てくれていた。


「‥‥唐揚げ定食」


事実を答えて良かったのだろうか。


今日は朝から彼のせいで、それと慣れない授業のせいで頭を全開フルパワーで回転させたため、お腹が空きまくっていた。だから今日はちょっと贅沢目なランチを。


もう少し遅く、あるいはもう少し朝ごはんが少なかったら、お腹の虫が大合唱し出して、とんでもなく恥ずかしいことになってしまっていた。しかもこんな芸術品のような高尚な美男子の隣で、私のお腹の爆音が鳴ってしまったら、気持ち的にはその場で腹を掻っ捌いて自決したくなる。

私はどうも身体が大きいのと同時に、胃袋も大きいようで、男子と変わらないぐらい食べる。そして代謝も激しいようでそのバランスは保たれている。

そりゃあ食べすぎたり不摂生が続けば太るけど、劇的にということは今のところ一度もない。

ただし胃袋が大きいため収縮も大きいのだろう。お腹の音が鳴りだすと、結構な迫力のサウンドをお届けする。これから朝はたくさん食べすぎなぐらい食べて、お腹をならないようにしなければ。。。


それかスクールカーストが上位だったあの時ならば‥‥


お腹の音が周りに鳴り響くぐらいなっていても、『腹の虫が泣いてますわ』とそれ以上に授業中でも言ってドッカンと笑わせたら後はもうどうってことはなかった。上位者だからできたんだ。今の私にあの教室でそんなことはできないし、通用もしない。

やっぱり違うんだな。スクールカースト上位者なんて、場所が変われば何も通用しない。


「僕はメンチカツ定食‥‥同じようなもんやね」


桜だ。桜の妖精が私に笑いかけたように見えた。

そんな感じだ。もはや人外の美しさだ。そして声‥‥私は自分の回答が正しかったのかも分からない上に、この彼の有様に照れてしまい、一応は笑顔だったと思うし引きつってもなかったけど、そのまま俯いてしまった。

こんなこと、初めてだった。しかも私って全然面食いじゃないのに。


「ああ、唐揚げも良いねえ。それ食べたかったなあ」

きっと私が視線を逸らしてしまったからだろう。それ以上会話は続かなかった。なんとなく私も勘づいていたけど、まだ会話は続けたかったみたいだったが止めさせてしまった。けど彼は嫌な顔一つせず、相変わらず春の日の妖精のような穏やかな表情を浮かべたまま、私の隣に居て一緒にオリエンテーションをこなした。


オリエンテーションは他の記念館や本館にどういう機能があるか、というものを見て回るくらいだった。歩いて行けばこなせるものだったので、隣の存在を除けばとても気が楽だった。


記念館には書店があり、ここの専門学校の書籍を中心に一般的な本なども売られている。それだけでなく、コースによっては体育もあるようで、Tシャツやジャージの類もあった。「私、夏の部屋着はあれでいいから買おうかな」って思った。他にも懐かしいCDも売っているし、お菓子類やカップ麺などもここにはある。書籍類を破汚損して使えなくしたときは、こちらで再購入をしてください、とのことだ。


また簿記をするにあたって必須の電卓。私が持っているのは十二桁の学校の案内文書の必要な文具品に書かれてあった通りの機能を有する電卓を買ったつもりなんだけど、私のはホームセンターで一、五〇〇円に対して、ここの電卓は八、〇〇〇円弱する。


その高い電卓が学校指定になっているんだけど、吉山先生が言うには特に気にする必要はないそうだ。

でもちょっと気になるから触ってみた。持った感じが違う。バッテリーが違うとか‥‥なんかそんなこと言ってたっけな。

後は薄暗いところでも見えやすいディスプレイだとか。

持つと安物より分かるぐらい重たい。

あとは、キータッチしたときの音が静か。私のは結構カチャカチャと音がうるさいのに対して、コツコツ、ポクポクというような、なんだかちょっとやる気出そうな気になる音がほんの少しだけするだけ。

「角谷、これ買って、やる気出してくれよ」

先生が私を見ながらニンマリして言う。


そんな午前中一時間だけの授業で、、、何か気づかれたのかな‥‥?

私も作り笑いを貼り付けておいた。


後は本館に、就職部がある。あ、さっきの売店では履歴書が販売されていて、コンビニエンスストアで売っているものとは全く違い志望動機、資格、会社に対する要望などがたくさん書けるようになっていた。


二年次には履歴書の書き方を教えてくれる授業が何時間もあるらしい。そしてそれを担任の先生が添削、あるいは就職部が添削するという。その際の履歴書はここで購入せよとのこと。バイトの時に書いた誤字脱字有、中学校に入学した年数も間違っていたような、志望動機も隙間だらけの私の履歴書を吉山先生や就職部に提出した日には、恐らく市中引き回しに合いそうだった。


就職部はその名の通り、学生が就職したい先を館内の内部データベース上に集まってきている募集資料の中から自分で選んで、受付に提出。企業と生徒の間を取り持ってもらう役割を担っている。学内専用の職業安定所のようなところだ。


ごく稀にもう勉強が無理で見切りをつけて就職先を就職部内で探して、「ここお願いします」って言う生徒がいるらしいが、それは無理だそうだ。今募集しているところは、この専門学校を卒業しても未だに就職先が決まらず、探している人たち用の分らしい。


私、やりかねなかった‥‥




初日の授業が終わって荷物をまとめていた。次々と席を立ち、帰って行くのかと思いきや、質問をしに先生のもとへ集まっていく。


予備校でもこのような景色は見られたが、私の思っていた以上にこの専門学校に集まってくる生徒はやっぱり勉学意識が高いということの現れだ。ただ有名な専門学校に無試験で入って、どこか就職先をあてがってもらえたらいいわ、と甘い考えをしている人たちではないということだ。



勿論スッと素早く帰っていく生徒たちもいる。私もそうしようと思った。

きっと帰って行くのは、もう余裕で分かっているから、なんだろう。あるいは初日で諦めた?そんな子はあまりいないように思う。


私は‥‥ちょっとそうかもしれない。


きっと私が質問したら、長くなりすぎて後ろに行列ができる。あるいは先生に『言っていることがトンチンカンすぎて意味が分からない』って言われてしまう。質問の意図が分からないってやつだ。そんなん言われたくないし、後ろに行列とか嫌やし。その前で先生から冷たい目で見られて、最後の方は『あーもう、はいはい。はいはい。次』とか言われたら傷つく。



実は予備校時代にそこまでではないにしろ、それに近い対応を先生から受けた。あまりにコースの中で私の実力とコースでやっていることの差がありすぎたからだ。先生も若干やる気のない先生だったようにも思う。生徒はガチャで受かるやつは放っておいても受かるし、落ちる奴はどれだけテコ入れしても落ちる。先生たちの給与が歩合制のような教育現場では、先生はそうなりがちだった。合格率が即、給与やボーナスの査定に繋がる仕組みの死角だ。


先生から損切りされてしまう。。。


私が先生に質問しないのは昔の名残と、これが理由だ。

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