私にとってNTRなんて肥溜めに屁をかますようなもの~そんなことお姫様は言いません~

オリエンテーションで意識に残っているのは、先生の名前は吉山先生。三十八歳。奥さんと子供は十二歳と十歳の娘さんが二人。うちと同じだ。奥さんとの馴れ初めはこの学校の生徒同士で同じクラスだったそうだ。


結構この学校で結ばれる男女は多いらしい。


今も専門学校としては厳しくてしんどい方らしいが、昔はこんなもんじゃなかったらしい。とんでもなくアホみたいな生徒ばっかりで、こっちで騒ぎ出し、こっちで大声で笑いだしたかと思うと、あっちでタバコを吸いだす始末。


それを片っ端から先生らがシバいて行くという時代で、今よりももっとバイオレンスで体罰バキバキの厳しい学校だったらしい。


学業もスパルタの詰め込み式で遊びに行くこともバイトすることもほとんどできないようなカリキュラムを組み、授業後の特別演習で日が変わるまでやって、学校で泊っていく生徒や先生らもいたとか。でもその反面彼氏彼女という関係に一たびなれば、厳しい環境下でずっとべったり一緒になるので、かなりの確率で別れることなく卒業と同時、あるいは在学中に結婚してしまうんですって。


それが吉山先生のパターン。良いなあ‥‥最初からここに来てれば良かったよ。


それ以外の話では、遅刻と欠席の扱いは記憶に残っている。遅刻三回で欠席一回。欠席三日で生活指導が一つ。この生活指導がいくつかになると就職紹介が停止になるらしい。場合によっては退学勧告も。凄く厳しいなあと思ったので覚えている。


後は授業中に寝るな。寝たら起こす。起きなかったら身体に接触してでも起こすのでよろしくお願いします。。。つまり叩き起こすということだ。これを言ったときは明らかに「おまえら分かってるんやろうなあ‥‥」という威嚇の気配を感じた。


後、お昼は館内に食堂はないけれど一階の受付横に弁当屋がやってきて、お弁当を売っているらしい。なかなかおいしくて吉山先生も奥さんが何かの事情でお弁当を作ってくれない時はそこで買って食べるらしい。最近は食材の値上がりが顕著で少し前なら五百円以内で食べれたのに、今は最低でもだし巻き弁当五百五十円からだそうだ。そういう超どうでもいい情報だけが頭に残るものなので不思議で仕方ない。


ところで、席替えの話はどうしたんだろう?予定をまったく言ってくれなかった。まさか次のクラス再編まで席替えしないとか、あるいは卒業までこのままだとか、ないよね?


私はどうも先生に質問するというのが苦手だ。したことがない。先生という属性が嫌いというような偏見はない。プライベートなことを先生と話すことは過去にいくらでもあったし、生徒指導的なことで怒られた後に、フランクな話をしたことも何度もある。けどなぜか勉強にきているのに勉強の質問をしたことがない。


せっかくなんだし、一度してみるかな‥‥


一つ質問したくない理由は、そういう習慣がなかった、ということ。小学校と中学校一年、二年の最初のうちは先生に質問する必要なく全部理解できていたから。それに皆の前で質問をするという風習は私の中学・高校では見たことがない。ひょっとしたら職員室に聞きに行ってたのかな?って思う。



あともう一つ理由がある。それはまた後ほど語るけど、昔の賢かった時代のプライドが邪魔をするのと実際にあった苦い思い出だ。



まあ‥‥チャンスがあれば質問してみてもいい。


最後に「最初だから」と言って先生が名簿で一人一人の名前を呼ぶから、呼ばれたら返事して手を挙げてください、と言った。


彼の名前は、江崎耕平(えざきこうへい)。

意識などしていないのに脳みそに彼の名前の文字が焼き付いたかのように覚えた。


私はなるべく彼の顔を見ないようになるだけ心掛けた。自分がどう考えても彼とは釣り合わない気がした。ひょっとしたら彼もとんでもない汚れかもしれない。これだけイケメンだもの。女がスルーしてきたわけがない。女の子食いまくっていたっておかしくないし、あれだけの良い雰囲気の持ち主だもん。金蔓何本ももっていてもおかしくない。

元ホストとかだったりして‥‥

その可能性もあるなあ。だとしたら危険人物、要注意人物やん。


でもなんだろ‥‥そんな夜の雰囲気ではない、そこは違う気がするのだ。チラっとだけ彼の横顔を見る。

(‥‥‥‥はあ)

ため息が出る。

もう見ないよ、もう。


その見事な横顔はまるで少女漫画から飛び出してきた王子様役の男性そのもの。ペンを持つ指先はお姫様役のヒロインの愛を語るときに、そっと頬や肩に触れるあの指先と同じ。漫画からそのまま出てきたの?って思う。彼が王子様役の漫画があるのなら、私はお小遣い少ないけどお昼をずっと我慢して全巻買うわ。


さっきからチラチラとあちこちから視線を感じる。それは私に向いているのではない。私を通り抜けたところにいる彼。彼への視線だ。あざとい女子たちはすでに特異すぎる男子。王子様的存在を意識し始めて、きっと値踏みしている。


通り抜けるとはいえ、まるでこちらを見られているようで気が気でない。あんまり見られたら私だって、無意識に見返す。そうすると「おまえじゃねえよ」って感じでそっぽを向かれた気になる。


精神衛生上よろしくないのはこういうところ。こっちの湿っぽい卑屈さ加減がどんどんかさ増ししてくる気分。


『私ならふさわしいんじゃない?』そんなわけあるかアホ!!思わず誰かの視線の中にそんなメッセージが入っていて、文字が私の前を通過していったので、暗黙で怒鳴りつけた。


今の私を漫画のキャラクターに例えたらなんだろうか。かつてはきっと主人公かそれに匹敵するキャラクターだと自負していた。今の自分は何か‥‥ただのやさぐれて道を踏み外してしまった主人公の先輩キャラかな。


そんな私にスポットライトをあててくれる漫画なんてあったかな?きっと「ああ、あの人は、世間の荒波に揉まれてこんな汚れになってしまったんだわ、私はそうはならない」と主人公に誓われてしまう。


そんな脇役キャラよねきっと。

そうはならない、なりたくないの対象者として扱われた身にもなってって。授業料取るわよ、本当に。


それか以前高校の時のどの男だったか覚えてないけど、いやらしい漫画を大量に持っているやつだった。

暇つぶしに一冊読んだらオムニバス形式だった。その中にどんなストーリーだかはっきり覚えていないけど、好きな彼がいて、その彼と結ばれる前になんかいやらしい根っから嫌味な悪い奴に無理矢理やられちゃって‥‥俗に言うNTRもの(ネトラレもの)。


その後に『もうあなた(好きだった彼氏)には戻れません、本当にごめんなさい』的な台詞を泣きながら言うシーンがあったんだけど、その点は、既に現状で汚れだし、今更少々チャラくて乱暴な男が私に無理矢理してきたって、肥溜めに屁かますようなもんだし‥‥その点は問題ないかなあ。。。ってそうなっている自分が問題なんだってね。



よって王子様のお姫様にはなれません。。。肥溜めに屁かますとか、『はしたない』という言葉の次元じゃないよね。お姫様は、そんな言い方しませんしやりませんので。

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