脳内寸劇
「ええっと説明が長くなるので、ちょっと早めに始めます!それでは」
私はその時この世に存在はあるものの、意識だけはこの世とは少しだけズレた違う世界に飛んで行ってしまっていて、春の優しい日差しに照らされながら、お花畑を笑いながらフリルのたくさんついたスカートをひらひらとさせて、歩いていた。
私の頭の中でどういうことが起きていたのかというと、こういうことである。
脳内は三派に分かれた。
まずは全肯定。
彼女らは、お花畑の住人。
一時期トランスした先の人々。
その代表の女子、シンディ・ワトソンさん(二十歳だが頭の中身は十二歳)はこうだ。
『ねえ、みんな聞いて。これは運命の出会いよ!私のもとに白馬の王子様がやってきたの。人生のすべてを委ねて全力で彼についていくわ!私は幸せになれるわ!』
彼女はフリルのついたロリータブラウスに、これまたフリルのついた赤いスカートを履いている。そう人生そのものがフリフリなのだ。彼女の意見の通過率は高い。否定派の意見を採用していても、まあこの辺でと彼女の意見を通すことがあった。
ところがこれに対して一部否定派代表、赤い縁のアンダーリムメガネが似合う女性、康和光さん(二十五歳)はこうだ。
『そんなに浮かれてはダメよ。だいたい彼がまだどんな人間かも分かっていないわ。それにあなた、ここに何しにきているの?勉強しにきているんでしょ?勉強しに来ているのだから、それに全力投球。確かに横に頼りになりそうな人が居てくれるのはありがたいわ。だけどそれ以上でもそれ以下でもないの。あなたのここで果たす使命は勉強をして、資格を取って、良い企業に就職することなの』
一部否定派の康は、シンディにとっては全否定に近い。
『何よ?なんて保守的なの?今まであれだけ恋愛体質だったのに、今になってそれ?ダメよ。今度こそ大丈夫よ、今度こそ!』
『今まで今度こそ今度こそって何回失敗しているの?それでもまだ懲りないの?もうそんな不確定な恋愛に対して未来を託さないで、勉強をしっかりして足元をきっちりして行きなさい』
『いやでもチャンスよ?今まで怪しいのを無理やりこれでもいいかって感じで好きになって、身体を捧げて尽くしてきたわ。今度の彼は違うわ、段違いよ。彼に対して否定的になるのは絶対おかしいわ!!チャンスを見す見す逃すの??有り得ないわ!』
『シンディ、あなた、それで何度親に迷惑かけたと思ってるの?』
『あう‥‥』
康は紺色のタイトスカートのスーツに、白のブラウスを着用している。どこにいても何をしていても卒がない。ただし今まで面白い意見を出したことがない。
そこに完全否定派、くたびれたおばちゃんマインド代表、榎本和子さん(四十三才)が入り込んでくる。
『シンディ、例え彼が傍にいたってチャンスだなんてないわよ。』
『なんですって?』
『何夢見てるの?いつまで夢見てるのよ?だからアンタはいつまでも十二歳から成長しないのよ』
『いつまでも恋する心は大事だわ』
強がって反論するも、榎本のオバハンパワーは、純な恋をネタにすればするほどに、潰したくなる意欲が高まるのだった。彼女は八度の恋に敗れ、結婚するも離婚し、結婚詐欺にも遭い、最近では十五歳年下の契約社員の彼に入れ上げて消費者金融でお金まで借りて彼の面倒を見たが、最近捨てられて、借金二十万ほどだけが残っていた。安っぽいトレーナーを着て太めのゴムのデニム風のパンツを履いている。コロッケと唐揚げのにおいがいつまでも付着していた。
『なにが恋よ。シンディ、アンタはただの夢見るガキよ!』
『はあ??』
『彼がアンタみたいなちょっと身体つきがエロいだけのどこにでもいる顔した女相手するとでも思っているの?相手は王子様よ!』
榎本はいつもシンディの痛いところをついてくる。榎本の意見が採用される確率はシンディの次に高い。
『‥‥‥そんなのやって見ないと分からないわ』
フッと榎本はシンディの浅はかさを鼻で笑い、
「やらなくてももう分かるわ。あなた今まで何回同じ失敗をしたのかねえ?」
シンディはそこを突かれると過去の過ちに足を取られて論争できなくなる。
『うう‥‥』
悠然とシンディも周りを腕組みしながらうろつき歩く榎本。態度も高圧的だ。
『やってみないと分からない。ええそうね。それで?やってみて、男にやらせてみて結果どうだったの?』
『‥‥‥‥』
反論がしにくい。この部分だけは確かに結果がものを言っている。
『大体アンタ、彼に何ができるの?彼と釣り合うものって何か持っていたかしらね?』
『何にもない‥‥』
『そうね!何もないわね。ただのバカで夢見るガキのくせに実力は何もない、男にとってメリットのあるような特技も特徴も!何もありゃしないわね!』
愕然とする。その通りだ。シンディの思い浮かぶ亜香里ができることは、普通の同年代の女子なら誰でもできることぐらいしかできない。
『アンタよりももっと賢くて、もっと気立ても良くて、もっと楽しませてくれる女子も山程いるしね。あ、そうや』
『?』
『また身体使うんでしょ?テクニックも使うんでしょ。そして何度も何度もするんでしょ。体力だけバカみたいにあるから。それで彼が喜ぶと思っているんでしょ』
そう、亜香里としてのシンディの思い浮かぶ、人と違う特技はズバリ下の方しかない。それと体力。確かに武器ではあるがこれの使用は本当に難しい。
なぜなら、喜ばれると思いきや、調子に乗ってしまうと『君、どこでそんな技覚えたの?』というやり取りが必ずと言っていいぐらい入る。いつもだいたい『FANZ*』といって誤魔化すけどすぐにバレる。
男というのは複雑なもので、こっちが何も知らないふりをしてマグロを決め込むとそれはそれでおもしろがらないが、やりすぎて乗り過ぎてしまうとすぐに驚き、所謂『引く』という状態になる。なので未だに亜香里は『丁度良い』というのがどれぐらいのことなのか、把握できないでいた。
『そして散々遊ばれた後にまた捨てられるんよね。寂しいねえ、ヤリ◯◯ちゃん』
『!!』
シンディにとってそれは一番気にしていて一番言ってはいけない言葉だった。
怒りが込み上げてくる。しかし違うとも言い切れない結果の無惨さに反論ができない。また榎本はなにか思いついたように、手を一つ叩いた。
『それかね、きっと彼はヤリ◯◯よ。アンタより上の最上級のヤリ◯◯。外見見たら分かるでしょ?』
『彼は、彼はそんなんじゃないわ!』
王子様イメージを消されたくない!
『そう思い込もうとして何人失敗したのかな、シンディ。現実を見なさい』
康も榎本に参戦する。
『あの外見からしたらさぞかし、女騙して食ってるわね。雰囲気も最高だもん。きっと何人もペットみたいな女がいる。あ、きっと金蔓もいる。そうだ、女は金蔓としか思ってないのよ彼は。紐よ紐。組紐持っていたやん。女は紐ってことよ』
『そんなことはないわ!彼は清廉潔白よ!彼は、彼こそは王子様なの!!』
『なにが王子様だ、ただのヤリ◯◯のくせして!!あんたが王子様だなんて言うのは十年遅いのよ!』
十年遅ければ、十年前ということになり、シンディは二歳になる。そんなツッコミをしてこの戦いを和ませようとしたならば火に油を注ぐようなものだ。
『ヤリ◯◯ヤリ◯◯てうるさいわねー!!この失敗まみれの脂っこいババア!!』
『アンタこそ失敗だらけのヤリ◯◯じゃねーか??おまえなんて!!相手されるわけないのよ!!ヤーリ◯◯♪ヤーリ◯◯♪』
『キーッ!!サナバ◯◯◯!!』
『何すんのよ!このヤリ◯◯?!』
『ユアーマザー◯◯◯◯◯ー!!』
シンディは榎本につかみかかった!勢いでもつれるように転がり二人はまだお互いを離さない。慌てて康が引き止めようと間に入ろうとする。
シンディの引っかき攻撃が、康と榎本の顔面を捉える。
『イタタタッ!痛いって!』
『何すんねん、このクソガキが?!』
榎本が反撃でシンディの頭を張り、その後、シンディご自慢のフリフリのドレスのような女子女子したシャツを胸元から破く。
『このババア!!』
『シンディ、本性出したね!』
シンディの引っかき攻撃、なぜか手が下から上に動き、榎本のちょっと大きめで上向きの鼻の穴を捉えた。シンディの指で鼻の穴が大きく開かれる!榎本も負けじとシンディの高い鼻に指を突っ込む。
間に入って引き裂こうとする康にもシンディの魔の手が鼻の穴を捉える。三者三様、空いている手で髪の毛を掴み合い引っ張り合い、罵倒し合いながら鼻の穴に指を突っ込み合い、奥までねじ込み合い、拡幅し合っていた。
つまりは今の私の頭の中はどうしようもない、病的なカオスだ、ということだ。この本編と何にも関係ないアホな女三人のドタバタ劇も、そのせいで私のメンタルがとことんカオス化しているのも、横の国宝級イケメン、そして春のそよ風のような微笑を持つ彼のせいだ。
はっきり言って精神衛生上非常に良くない場所なのだ。おかげでオリエンテーションで先生が何の話をしていたのかほとんど覚えていない。頭の中で三バカが鼻の穴に指の突っ込み合いの大乱闘をくり広げていたから。
結局は康さんの意見を採用にした。勉強をしっかりする。
それにイケメン王子様風っていうだけで素性は分からない。そんな彼にいきなりゾッコンになるのはいくらなんでも危なすぎるし、そこまで私もウブではなくなっていた。そして最近分かってきた。実は一番おもしろくない判断こそが私にとっては正しいことが多かったということを。
シンディの意見が採用されることは、今後もうあんまりないかもね。
シンディの意見は、しんでぃわ(しんどいわ)。多分三人ともズッコケた。もうこれ以上登場することはないだろう。
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