ラッキーアイテムは組紐 パート3
早足だったため彼との距離は再びだいぶと近づいていた。さっき一番離れていた時は小さな交差点二つ分ぐらい離れていたが、今は二人ともその一つ分に納まるぐらいに近い。そして、彼は、
私の目指す建物に入っていった。
心臓の音が少し早くなったのが分かった。
エレベーターホール前。私と彼以外にも十数人ほどの生徒とおぼしき人たちが二基あるエレベーターの到着を待つ。
多分彼はエレベーターの前の方になるだろう。私はそれを見越してあえて前には行かず、他の方々を先に行かせて後ろに立った。
向かって右側のエレベーターが到着した。
降りてきたものはスーツ姿の職員らしき人一人だけ。その人がエレベーターから降りるとなんとなく二列になり乗り込んで行く。
彼はやはり一番前の左側。真っ先に乗り込みエレベーターのボタン類の前に立ち、制御していた。『何階ですか?』とあの低めの響く声で尋ねている。そしてどんどん私は列の流れに乗って前へ前へ。
あれ?乗れるかな?乗れないかな?‥‥乗るんならすっと目を合わさないように隠れて乗りたいし、乗れないなら彼に分からないようなところで待ちたいんだけど‥‥あれ?あれれ?
「あ」
「ああ」
私の前列の人まで乗れてしまった。私は左側。つまり、おもいきり、彼と対峙してしまった。
エレベーターはもう人が乗れるような状態じゃない。ましてや大柄の私が無理やり乗り込んでブザーを鳴らしたくはない。名誉のために言っておくが決して太っているわけではないが骨太筋肉質な体は、脂肪の多い子よりも重かった。
彼は、また春の風のような爽やかな笑顔を浮かべ私に一礼し、エレベーターに乗り込んだ周りの人たちに配慮して、閉めるスイッチを押したように見えた。
ああ、これでお別れだ。素敵だったなあ。
夢みたいな時間だったなあ。でもかなりほろ苦かったなあ。嫌なこともいっぱい思い出して対比、反省もできたかなあ。
彼は予備校時代のダメ男たちと違う。存在そのものが女を幸せにする、そんな人だ。
完全に彼との接点はここで絶たれた。エレベーターの扉は締まり、各階に止まりながら上がっていった。
私の通う経理ビジネス系のコースは五階だった。すし詰めになりながらエレベーター内をやり過ごし、五階に到着。
クラスは五−Bだ。間違いない。入る前にクラスの前でスマホで確認。よし、大丈夫。
扉は開かれていて行け行けになっていた。教室の香りはどこもよく似たもの。今年もまた変わらない。
中では既に仲良くなったのか、あるいは他のコースからの転入なのか、見るからに私より若い女子たち四人が一つのグループを作って話をしていた。
「ヤバいってちょーヤバいって」
「ヤバいヤバい」
「ちょーヤバいよなあ」
「あれは激ヤバ」
きっとこれで会話は成立しているんだね。私たちもそうだった。客観的に観察できて側から聞いていたらさっぱり分からないことが認識できるということは、私も年行ったのかなあ。
まだ手に持ち続けているスマホに映し出されている、案内書のある箇所、生徒番号に目をやる。この番号の席は‥‥
席は生徒番号順ではなかった。
生徒番号は何かしら規則性のあるもので、同じような配列の数字の子もいれば全然違う子もいた。後からオリエンテーションで分かったのだが生徒番号は入学したときの年、コース、性別、高卒すぐとそれ以外、男女等を全て数値化して作られているそうだ。
席は単純に名前の五十音順だった。けど名前は今時机に貼られていたりはしないので、座る前に再度生徒番号をしっかり確認。大丈夫間違っていないことを入念に確認して腰掛けた。
小学校のように隣との距離は左とは近いが、右は遠い。長机ではなくそれぞれが独立した机と椅子で、高校の時を思い出した。
木製の天板、横に鞄掛けフック。へぇ‥‥意外とレトロでいいやん。
右がおそらく通路の役割をするだろうから右にはかけずに左に貴重品が入っているバッグをかけて、帰りに教科書等配布されたものを持って帰るカバンはとりあえず椅子の横に置いておいた。
左隣はまだ来ていない‥‥とはない。コンビニのPBブランドのお茶が置いてある。ああ、私も自販機で買ってくればよかったなあ。どこのフロアになるのかな。館内説明で教えてくれるだろうか。
まだ二十分ほどある。どうしようかな‥‥お手洗いと飲み物だけ調達しておこうかな。
私は財布とスマホとハンカチだけを取り出して、再び立ち上がり、教室を出た。席を立って歩いた際に、何人かの男子、女子がこちらを見た気がした。予備校時代から、いやもっと前からある視線だ。私は地味にしていても、目立つんだ。
無事目的を全て達成できた。女子トイレは思いの外、待ちが出てしまっていた。そこで時間を食ったけど、自販機はすぐに分かった。そこにはお茶、ジュース、ソーダ類だけでなく、パンやお菓子などの自販機もあった。また缶類だけでなく、パックのジュースやコーヒー牛乳やヨーグルト系の飲料もあった。コンビニで買うよりは二十円ほど安い。ありがたいができれば賞味期限ギリギリでも良いから、あの一本五十円とか、下手したら三十円とかの自販機があったらいいのになあ。。。
そんなことを思いながら五ーBの教室へと踏み入れる。
私より背の低い、しかしガッチリした体型のスーツを着た男性が教壇に立って、黒板に何かを書いていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
ほぼ間違いない。この人が担任の先生だ。目はくりっとしていて髪は短めでジェルで前方向に流して固めていた。気さくな感じだけど怒ると怖そうだった。最初だからすでに怒りのオーラがどことなく感じる。締めるぞおまえら、的な雰囲気を感じる。
初めての挨拶を交わした後、席に向かおうとしたその時、私の足は止まった。止まったというか固まった。
私の席の隣に‥‥ええ?ええええ―――――――??
それは間違いなく、先ほどからずっと‥‥電車内で一緒になって、駅のホームで落とした綺麗なストラップがついたキーを拾ってあげて、またここまでくる間ずっと後ろをつけてくる格好で来てしまってて、そしてエレベーターのところでまたお互いを、、、というか向こうがだけど目があって認識して、それでお別れだと思っていた彼が‥‥私の左隣の席に、いた。
彼はスマホを見ていたため、私には未だ気がついてなかった。
「どうしたの?何かあった?」
発作を起こしたように立ち止まったため、黒板に字を書くのをやめて先生が気を使ってくれた。
「あ、いや、あの、なんでも無いです、すみません」
秒で私は彼の席が隣か、実は目の錯覚で微妙にズレているんじゃないかを確認するけど、
‥‥隣だ。間違いない。
そう言って歩き出すと、その会話のせいで、彼はこちらを向いてしまった。私の複雑な心苦しさなどつゆほども知らずに、一気に彼の顔は光を溢れさせるように眩しい笑顔に変わっていく。
私はというと、多分なんとも言えない湿っぽい笑顔のような困り顔のような、眉毛と目は泣きそうで、口元と頬だけは笑顔になっているというような、なんとも複雑なブサイクな顔になっていたことだろう。
でも留まるわけにも行かない。私は太陽に焼かれてしまう覚悟で彼の隣の席についた。
「今日はありがとう、これからよろしくね」
焼けた。自分が焼き上がった。チーンという音がして、きっとお母さんが焼けた私を取り出しにくるんだ。火力はこの笑顔だ。秒で焼けるわ。最新式のオーブンもびっくりだな。
「後、やっぱり組紐を拾ってくれたお礼も、せっかくだから何かさせてね」
「組紐?」
「ああ、キーホルダーのこと」
私はもっと早朝にあった出来事に思考が及んでいた。
『今日の運勢一位は‥‥みずがめ座のあなた!』
そう、私の星座。
「これね」
彼が無邪気にバッグの中から取り出して見せてくれた。間違いなく私が今日、駅で拾った彼のストラップ付きの鍵だった。
ストラップって言わないんだ、これが組紐なんだ。
鼓動が高鳴る。こんな気持ち‥‥いつぶりだろう。
いや、人とそばにいるだけで、服も脱がないでこんな気持ちになったことは、一度もないかもしれない。
テレビから朝の占いが流れてくる。占いなんてと思いつつ、やはり一位と言われるとちょっと嬉しい。
いや、この一位は何かの奇跡的な間違いか、それそのものが奇跡か、それとも本当に。。。?
『運命の出会いになるかも‥‥ラッキーアイテムは組紐!』
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