私がストーカー扱いにした男、木村

ボーッともしていられない。新しい専門学校一発目の一限目、最初のオリエンテーションに遅刻するだなんて洒落にならない。


しかもこの専門学校、すごく厳しいらしくて、まず受付で遅刻理由を教務部当てに書かなければいけない。その後教室に行き、窓や教室の扉から覗いて先生に出てきてもらい、再度事情を説明して教室に入れてもらう、という段取りらしいんだけど、教室に入れてもらう時に先生から、場合によってはかなりの叱責を受けるらしい。


もう二十歳すぎてから、そんなことでキレられたないって。。。

はよ行こ!


少しだけ急ぎ足で階段を降りた。

降りたところはいきなり国道と、この辺りの商業の中心となる市町村道がクロスする大きな交差点。上が地下鉄とバイパスがあるため通常の十字路ではなく、上空から見たらローマ字のHの字のような交差点である。私が階段を降りて出てきたところはそのHの字の横棒の真ん中ら辺を下からヒョコッと、こんにちは!と可愛く出てきたのであった。専門学校方面の信号は赤。向かう先の角にコンビニがある。


何か飲み物買って行こうかなあ‥‥学校内にもあるかな?あ、ひょっとしたら学校内の方が割安かもしれない。

信号が青に変わった。私は特にそれぐらいしか考えることなく歩いていた‥‥あれ?


あれ?あれれ?


私は横断歩道ど真ん中で立ち止まってしまった。

さっき鍵を拾ってあげた彼がコンビニから出てきた。

私に気づくことなく、私が向かう方角に歩いていく。


たまたまか‥‥たまたまはあるよね。そうだそうだ気にしない、気にしない。

このまま立ち止まっていたら赤信号に再び変わり、車に撥ねられてしまいかねないので、私も歩き出した。横断歩道上で立ち止まっていたことを気にして、少し渡り切るときの歩くスピードが早すぎた。距離が一気に近くなった。


私は再び歩く速度を緩めて距離を取った。


これ私‥‥こんなんしてたら、中学校の時のあいつやんかあ。


中学時代、女子にストーカーをしてカーストを下げた奴がいるという話をした。その女子は私で、男子の名前は木村だ。


下の名前は忘れた。そんな有名どころじゃない。喧嘩が強いわけでも、スポーツ万能だったわけでも、面白おかしいわけでもなく、ただの陰キャのモブ。


席が隣だったからそれで目があうのかなあと思っていたらどうやら私のことが好きだったみたいで、家に帰るのを後ろからつけてきていた。しかも一度ではなくて二度三度。こっちも分かってくる。たまに買い物とかで寄り道をして帰れば、家の近くでバッタリあった。帰りについてくるだけで、何かしようとか、告白しようとか、そういうのは全然なかった。余計に訳が分からん、気持ち悪い。そもそも調べたら家の方向全然違っていた。その当時の友達に相談。先生には言わなかったかわりに、私の友達らで囲んで「何であそこにおったん?」と問い詰めた。そしたら小さな声で「大事な人がここの近くにいるから」だって。ダァーーー気持ち悪いったらありゃしない。


何なんその間接的なしょうもない告白?大体スクールカーストが全くアンタと私じゃあ違うでしょって。何でアンタみたいな低〜い低次元人間と私が付き合わなあかんの??って思った。付き合ってくれとは言われてなかったけど、自動的にそう思ってサブイボ(鳥肌)が立った。


それ以降は無視無視、とにかく無視。再び席替えで隣になった時は悲鳴をあげてやった。そしてわざと席が真横にならないように限りなくずらして座ってやったわ。


――――あんなやつは多分同窓会は来ないよなあ。


あいつは、意図的に私の家の近くまでついて来た。私はこっちに用事があるから彼の後ろを歩いているだけ。けど気まずいから距離を取ったり、対角線上にならないようにしたりしているだけよ。似ているけどやっぱり違うわ。そうよ違う違う。


なのに何でこんな後ろめたいんだろう、、、嫌だなあ。


次の角を左に曲がった。


え?そこ曲がるの?

そこはね‥‥‥私も曲がるところなんよ。。。


まっすぐこのまま通り沿いを歩いて行って直角に曲がってもいい。

でも距離的には一番遠いから、どこからか左に曲がり、そして右に曲がって、ショートカットをしていきたい。何となくその左に曲がるところが、広さ的にも雰囲気的にも曲がりやすいところだった。


駅前繁華街は繁華街なのだけど、そして朝だから何の問題もないのだけど、ここら辺はかなり猥雑な地域である。


あ、右に曲がった。私もそっちだ。

結局なんとなく後ろをついていく。


一方通行で、普通の飲み屋、チェーン居酒屋、ラーメン屋、喫茶店の他、スナック、ラウンジ、キャバクラなどがある。さらに色合いは濃くなって、セクキャバ、ピンサロ、箱ヘル、ホテヘル、ラブホ、などが乱立している。朝は静かに眠っているけど、帰りどうするか思わず考えてしまう。女だから関係ないけど、男子生徒ならどうするんだろう?意外とスカウトも店の本側ではスカウト行為は行わないように思う。これはミナミとかで遊んでいた時の私の勘だけど。


イケメンの彼、お兄さん、こんなところには入って行かないでね。

切に後ろからお願いしてしまう。


あんなに天使のオーラと春の桜舞う風香りを纏ったような男子が風俗やセクキャバの雑居ビルに入って行ったら、また世の中の世知辛さを感じてしまう。

あの人は素敵なままで‥‥そのままで‥‥


その時、

彼が一瞬、右横を向いた。


多分あれぐらいに向けば右目の端に私が映ったかもしれない!ヤバい!


スッと雑居ビル前にある、いかがわしいマッサージの看板の後ろに入る。


――――何これ‥‥何で私こんなんしてるの?これやったらホンマに木村と同じやんか。しかも気づかれたんなら、完全に見えてたし。

そして私が隠れた看板は‥‥『ファッションマッサージ・チエ』と勘亭流の字体で緑の背景に白抜き文字で書かれて、膨よか目な女性が黒い下着姿で寝そべり、挑発的なポーズをしていた。


呆然としていると、もう一度右を向いた。今度は距離があるからどこまで見えているのか分からないけど、、、、なんか笑った気がした。笑ってすぐに正面に向き直った。



何?今何で笑ったん?



とても不安になる。私がつけてくることを嘲笑ったのか、それとも「その看板の膨よかな女性、君みたいだね」で笑ったのか、春の風がこんな薄汚い風俗街にも吹いてきて一枚の桜の花びらを運んでくるのか、と雑居ビルの隙間から見える空を見て笑ったのか‥‥


(何よ‥‥私のことで笑わんといてよ。私、確かに笑われたり後ろ指刺されてしまうこといっぱいやけど、笑わんといてよ‥‥それに、私ここの従業員と違うし。それに、この看板の絵、私ちゃうし‥‥なあ‥‥なあって)


相手が素晴らしすぎて尊すぎて、もはやノイローゼ気味だった。


どんよりした気持ちになり、また歩き出す。まだ彼の姿は目に映るところにある。


――――私らに詰められた木村って、こんな気持ちやったんかなあ。


悪いことは彼は何もしていない。ただついてきて気持ち悪かったのと、『大切な人が近くにいるから』と気持ちの悪さに拍車をかける告白をしてきたからなだけだった。はっきり言ってその後付き合った高校生の先輩の方が、私の初めてを奪い、その後ヤリモクで何回か会い、散々人をおもちゃみたいにしておきながら、飽きたら上手く罠を仕込んで友達に回した。サイテーのクズだ。



木村の事はダサくてキモいと思っていた。

初めて付き合った先輩はイケてると思っていた。顔はあんまり良くなかったけど。

前者が良いとは思わないが、後者は今になって思う。こいつらの方が犯罪者級・詐欺師級に悪いやつら。

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