ラッキーアイテムは組紐 パート2

流れを止める形で私は立ち止まり何かを確認する。

‥‥紐?‥‥いや、鍵か。

ストラップをつけた形違いの二つの鍵だった。


一つはキーの金属部分にえくぼがあるディンプルキーと、もう一つは自動車の鍵なのかな?お父さんの車で阿須那がよく運転している車のキーのようだ。スマートキーとか言ってたかな。いちいちキーシリンダーに鍵を差し込まなくてもボタン一つとブレーキ操作でエンジンがかかるあのタイプの‥‥でもメーカーのロゴが入っていないなあ。


後もう一つ、紐と一瞬思ってしまったのはストラップだ。


黄色、青、白、黒の糸が編み込まれて一本の太い糸を形成し、それがまた結ばれていて細長いひし形のような形を作り、後は金色のパイプホルダーで絞られて、後は馬のしっぽのような?習字の筆のような?フリンジみたいな形状をしている。


すごくきれい‥‥なんだろ、これ。

あ、拾ってあげなきゃ。そして渡してあげなきゃ!


躊躇っていれば人の波間に消えていく。気づくことなくどんどんと離れていく。

私はそのストラップ付の鍵を拾い上げ、小走りで彼の背後に駆け寄った。


声‥‥かける?かけなきゃ駄目だよね。


いくら男慣れしてしまった自分でも、見知らぬ、しかも王子様級のイケメンに声をかけるのはとてつもなく緊張が走った。

「あの‥‥」

声が小さかった‥‥気づいてもらえず縮めた距離がまた離れてしまう。

うう‥‥もう一度、駆け寄ってそこそこ大きな声で、


「あの、すみません」

「え?」

彼を呼び止めた。


「あの‥‥」

「?」

「すみません」

「早よ行けよ」

最悪なところで止めてしまった。後ろから抜けて行こうとする人たちとぶつかったり押されたり。止めは私より少し低い背の腹のボテッと飛び出した三十そこそこのノーネクタイのサラリーマン風の男が彼を睨みつけ野次って行った。


――――あいつ、そこまでせな気ぃ済まんか?


タイミングをミスってしまって、私のせいできっと彼は不愉快な思いをしてしまっただろう。


しかし彼は長い腕をすっと私に伸ばしてきた。

わわ!あららら‥‥


私を囲い込むように、肩を抱くようにしながら昇降口の袖まで誘導してくれた。ちょうどぽっかり人が流れていない場所があるのを瞬間的に彼は気づいたようだった。

「はい?どうしました?」

だけど彼は何とも思っていないように、まるで春の日の木漏れ日のように、少し微笑みかけて私に問いかける。外見から想像したよりはもうツートーンほど低い声は耳に入ってくると心地良く、それでいて駅のホームの喧騒の中でもよく通り私の脳を刺激してくるのだった。


さっきの一回目の呼び止めと全く違う。

しかも不愉快な思いをきっとさせたのに、少し笑ってくれている。どこにも鬱陶しさや立腹の影はない。双眸に私が映し出されている。その姿はさっきの腹の出たサラリーマンとは一八〇度違う柔和質直なるものだった。


――――うわー‥‥いいなあ‥‥あ!ダメだ。


外見だけでなく持ち合わせている天使のような雰囲気に、また一瞬口半開きでトランスしかかっていた私は、思い切り意識を戻す。

「あの‥‥これを」

握っていた彼の落とし物を掌に乗せて見せてみる。

「‥‥ああ!これは」

彼は鍵を見て目を丸くした。


細く切れ長だと思った目は、こうしてみると割と大きいんだなあと、まだ懲りずに顔を観察‥‥というか見続けている。


「ありがとうございます。拾っていただいたんですね」

「あ、はい」

「ポケットに突っ込んでどこかのタイミングで鞄に直そうとしていたのにうっかりしていました。お礼に‥‥」

素早く黒く艶のある本革の長財布が出てきた。

「あ、いや!いや!そんなそんな!良いです良いです、受け取れませんので」


そんなことするー??だった。目を見開いて両掌を人生の中で見てきた一番美しい彼の顔の前に突き出して左右にひらひらさせていた。きっと究極にブサイクな顔と姿勢になっていることだろう。鍵を落として拾ってあげただけでお礼に財布出してくるとかそんなんありなん?て思った。そんな男を私は知らなかった。むしろ‥‥

「いえ、あの‥‥でも」

内側から溢れ出すキラキラとした素直な気持ちを受け取ろうとしない私のせいで、困り顔の笑顔に変化させてしまっていた。けど彼はそんなことでは濁るような輝きではなかった。まだまだと言わないばかりに、長財布をひらりと開ける。


この人、本気だ。パフォーマンスじゃない。

自分の厭らしさが垣間見える。


カードが見えた。当然私も知っている大手レンタルビデオチェーン店の紺色と黄色のカードや、漫画の品揃えよりむしろ空間の充実や清潔さ、カラオケで家族でも楽しめる部屋などもあることを謳い文句にしたインターネットカフェのカード。

――――あそこでエッチするカップル結構多いんだよね。

いやいやいや、いまそういう情報いらないから。私の脳みそ、ちょっと黙ってて。

――――アンタもしたでしょうに。狭いところで隣との敷居に足ドンドン当たって途中店員からドア越しに苦情が来てさ。

(うるさーい!そういうんじゃなくて‥‥!)


何やら黒いカードやら金色のカードが見えた気がしたのだった。

大手の家電量販店のカードもあんな色のあったし、きっとそうだよきっと。だってこの人のこの年って私とそう変わらないじゃない。年収いくらいくら以上のブラックカードやゴールドカードを持っているわけないやんか。


「いいです、いいです、本当に気持ちだけで充分ですので」


さすがに引きます!という姿勢で、腰を引いて手を突き出して「絶対受け取りません」というポーズを自然ととってしまっていた。


なんでだ?お金欲しいやん‥‥阿須那と私と同期で大学と専門学校に行くことになって親に、今年めちゃくちゃお金いるやんけ??と目くじら立てられて、今まで予備校通わしてもらっても裏切ってばっかりで信用も失墜していた私は、お小遣いというものはほとんど最低限にされていた。ひょっとしたら彼が出すお金は千円かもしれない。JAFの会員になっていればついてくるクーポン・吉野家の牛丼十パーセントオフ券かもしれない。けどそのどちらでもありがたい私の懐事情なのに、なのになのに、なぜか全力拒否をしてしまった私。


「そうですかあ‥‥じゃあ、本当にありがとうございました」

財布をしまい、感謝のお辞儀を綺麗にしてくれた。

――――これだけで充分だ。

本当かよっ?て悪魔の私が言う。

――――いやいやこれで充分。

メッセージアプリのアカウント訊いたら?

――――いいってば!


「さあ、どうぞ」

彼の前を私がズンズンと歩き出すのが気持ち的に憚られたため、手を「どうぞお先に行ってください」と差し出した。

「失礼します」

彼はもう一礼し、くるりとターンし、改札へと向かう階段を降りて行った。


(ふぅ‥‥)

ああ、、行っちゃったね。王子様。。。

人の河の中に消えていくまで、後ろ姿を見送っていた。

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