納得の行かない言葉を放つ男たち
路面電車の駅で、妹と二人、電車の到着を待つ。もう少し向こうの赤信号で電車は止まっている。
一両‥‥たまに二両編成の路面電車が私たちの主力交通機関。
駅と言ったが、私たちの最寄り駅はただのコンクリートブロックを横に並べて行ったような単純なもので、雨除けすらない。バスと同じ呼び名で停留所と言った方が正しいのかもしれない。
中には歩くとそのコンクリートブロックが少しグラグラと動くようなところもある。駅によっては雨除けの待合室的なものがあったりはするところもある。表面コーティング剤を何度も塗り直して補修して使われている、四人ほど掛けられる古い木製のベンチシートがあるぐらいで他には何もない。中にはただ白線だけで駅を示しているところもあった。駅と言う設備を作る充分な道幅が無いところもある。
信号が変わる。左折してこちらに何台かの自動車が向かってくる。その車は私たちが立っている駅の、目の前の線路の上を駆け抜けて行く。不思議な光景かもしれないが、これは道路に線路がある路面電車の日常である。線路に必需品の枕木も実は隠れてちゃんとあるらしく、このアスファルトの下だそうだ。道幅に余裕がないため、線路の場所を回避して走れるところと、そうでないところがあり、そのほとんどは後者である。
駅には見るだけで分かる真新しい制服を着た女子高生や、なんとなく背広に着せられているような新社会人に見える男性が混じっている。また最近この路面電車のレトロな風情が良いとカメラマンや、撮り鉄さんたちをチラホラ見かける。今日も道の反対側から数人カメラを構えている人たちがいる。
今年は遅咲きかな。
構えているカメラマン一人の後ろの豪邸の塀から、桜の木が顔を出している。昨日の雨でだいぶその花びらを落としてはいるが、まだまだその美しさを残したままだ。
私自身も『そうでありたい』と願う。
そして電車が私たちの駅に滑りこみ、未来への扉が開かれた。
さすがに電車内では先ほど道端でしていたような会話をするのは憚れたので、ごくごくありふれた日常的な話のみになった。しかし私の中では途切れることなく、言葉が渦巻いていた。阿須那とは天王寺で分かれる。私は北方面、彼女は南方面。ここからは一人である。大きく手を振り、阿須那が大きなリュックをその小さな背中で背負って歩いていく姿を少しだけ見送ったあと、身体を反転させて、私も学校へと向かう。
人の川を自分の思う流れを探し、見つけると車が車線変更するかのように緩やかに流されて歩く。意志は無いようで実はある落ち葉が川を下って思うところに行きたいときに、どんなふうに動くのだろうと想像すれば、こうなるだろうか。流れに沿ってエスカレーターを上がり、流れに沿って階段を降り、流れに沿ってまだオープン前のショッピングモールを歩き、地下鉄の改札へ、流れのままに流れのままに‥‥
人生もこうやって流されて行けばちゃんと自分の思うようなところに辿り着けたら良いのになあ‥‥
天王寺は大阪市内では大きな部類の駅で、電車に乗り込む人間も多いが、降りる人間も多い。つまり自然と座席の入れ替えが行われる。運が良ければ朝のラッシュ時でも座れる時がある。今日はそうだった。勿論身体が悪い人や、お年寄りの方、荷物の多い方や妊婦さんが来たら立って代わるつもりをしながらチャンスに甘えさせていただいた。
ちょっと今回の専門学校は遠いのだ。
下宿も考えた。
親が許してくれない。当然だ。己の所業だ。
私は、高校卒業後二浪して、結局大学に行けなかった。
格好良く言えば思うような大学に入れなかった、というのが正しい。
小学校の時は成績は上位で、中学校に入っても下がりはしたものの、二年の中頃まではなだらかなものだった。私もそこまで気にはしていなかったし、少し気合いを入れて勉強したらおいつけるぐらいに思っていた。
しかし、もう二度と追いつけないぐらいに、今までの生活との違いができてしまった。
『男たちとの付き合いと、スクールカーストの中での私の在り方』のせいである。
友達の紹介で、男子高校生の先輩たちと遊ぶようになり、その流れで彼氏彼女になった。
スクールカーストというのは、学校内という狭い空間の中にある、所謂目に見えない上下関係。誰がケンカが強くて、誰がスポーツができて、誰が人気者で、など、クラスメイトや先輩後輩の間柄の中に見えない序列を決めて、相手の階級と自分の階級を考えながら接していくというもの。その中には、誰が男女関係の経験が多くて、というのもあったし、逆にスクールカースト上位者同士が一途に恋愛を育むというのもあった。女子なら憧れるのは後者であり、私もその一人だった‥‥はず。
スクールカーストの低い人たちの例は、ケンカが弱い、スポーツができない。ここぞというところでお腹を壊し集団行動を乱す、ハブられている、何らかの理由でいじめられている、他にも様々、女子に対してストーカー行為をした、という大物から、文化祭でお菓子を包むラッピングがものすごく下手くそだったとかいう細かいものもあった。
私はスクールカーストは最上位クラスに近かった。運動神経が良くて、成績は中の上程度に良く、長い手足に大き目の身体だったから勝手にそうなった。そのことに悪い気はしていなかったし、むしろずっとそうありたいという居心地の良さを感じていた。
男子高校生の先輩と付き合い、関係を持つこともはっきり言えば、女子内での見えざるスクールカーストの関係性が大いに左右していたと思う。早い方が優秀とされていたし、年上の先輩となれば『さらに凄い』と言われていた。今となれば何が凄いんだかまったくもって意味不明なのだが。
あの時の、ほんの小さな、そして歪んだ『友達』という輪の不思議な空気間がそう思い込ませていたんだと思う。
付き合いも長くは続かなかった。だいたい一か月‥‥それぐらいだった。その男子高校生の先輩のことが好きだったかといえばはっきり言って微妙で。最初は流されやすい私を上手に連れ込んでくれたと思うけど、その後は思い出に残るデートなんて一つもなかった。
『俺の女だ』
『俺が女にしてやった』
『開発者は俺だ』
『おまえの全ては俺のものだ』
そんなことばっかり言われていたような気がする。
その時はそう言っていることが彼の自尊心を満たすのならそれでいいと思っていた。だから言わせていたけど、正直内心は
『あなたに女にしてもらう前から私はすでに女だったんだけど。じゃあ、あなたと関係持つ前は私は何だったの?』と思った。
身体が大きいからクリーチャー(肉食獣)だったのかしら?
『おまえの全ては俺のもの』?お金なんて一円もあげないからね。
友達を一人紹介してくれたぐらいか‥‥その後その友達とも関係を持った。別れた後初めてだったのもあって少し寂しくてそのまま‥‥その彼とも一か月ぐらいで終わった。
ずっと後に男女間に詳しい女子と昔の男たちの話をしていた時に、それは実は友達同士が繋がっていて、『俺はもう楽しんだから、後はおまえがいけ』という通称・まわし女、扱いされていたんだよと指摘された。どうやら私はそれだったみたいだ。
証拠に、別れた原因がこの男二人と共通するところがある。そのことはまた後程話そう。
どうしてもそういう遊びをするようになると、夜の勉強時間に出歩くことになる。そうすると勉強する間がなくなって、分からないのに、余計に分からなくなってやらなくなる、あるいは、一問解くのに時間がかかりすぎてしんどくなって面倒くさくなってやめてしまう。そのうち分からないところが分からなくなり、適当に誤魔化しだす。そんな背景があれば『勉強しているつもり』になっているだけで結果は正直。成績はどんどん下がっていく。けど成績が下がってもスクールカーストには影響を及ぼさないところが怖いところでもある。勉強の出来や、成績の良し悪し、公開模擬テストの点数は、あまり中学のスクールカーストには反映されない点が末恐ろしいところでもあった。
二人の男を経験し、交際が終わった後、野球部の時期エースでキャプテンの男子生徒から告白されて付き合った。
彼とは長くて、卒業した後も半年ぐらいは付き合っていた。野球部だったので、学校の授業終了後部活動に励み、終わってからも自主練や宿題をするため、会える時間は限られてくる。休日もデートできる日もあるけど、練習試合や練習が入って、昼間は会えない時があった。それに合わせるようになるとすることがないので、それなりに勉強をしだすと、成績の下降気味の傾向は少しだけ改善された。だけどもう中学生になりたての時みたいに、成績上位者ではなかった。
先ほども言ったけど、周りから手足が長くて、キレイで段違いにスタイルがいいという評価があり、運動神経も良く、複数人の男性経験があり、今現在、野球部のエースでキャプテンの彼氏がいる。それだけでスクールカーストは充分楽に中学生生活を送れた。勉強の成績なんてものは、ダントツおバカでなければ大丈夫だなんて、後から考えれば自分の首を絞めてやりたいぐらい私自身が真正バカだった。
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