ラッキーアイテムは組紐~でも朝から伝説の一発芸~
朝バスルーム前のドレッサー。朝の歯磨きが終わり洗顔ももうまもなく終わる頃、
「おはよう!今日もでっかいね!」
「ワーッ!!ちょっと?!」
背後から掴まれて洗顔フォームが落ちているのかいないのか確認できずに跳ね上がる。顔の水滴がパジャマがわりのスウェットを濡らす。このまま洗濯行きだから何も困らない。私が狼狽えているその隙をついて、丁度良いスペースに入り込み素早く歯ブラシに歯磨き粉をセットして磨きだす。若干私は押し出され気味だ。
「もう・・・・」
阿須那のスキンシップ、私の胸へのお触りだ。
昔からよくやってくるいたずらみたいなもの。
私は早熟で身長も手足も凄く伸びた。背もクラスで一番高いことが多かった。
自分で言うのはおかしいかもしれないけど、グラマラスな体型に早くからなった。
一方、阿須那は背はあまり伸びず、多分ずっと前から数えて二番か三番目。女性らしい体型をしているかといえばそういうのではなく、私からしたら可愛らしい感じ。
特にこれが~っていうのは無く、顔は二人とも似ている。いたって普通の顔だと思う。
けど、やっぱり鏡でこうやってじっと見ていたら少しずつ違う。
私は派手で、阿須那は地味と言われる所以だね。そこにメイクをすればさらに大きな差が開く。
髪型はついこないだまで、私は引きこもっていた当時を反映したような、だらしなく金髪が伸びて行ってプリンみたいだったのをさらに通り越えて、チョコとバナナの二色のアイスみたいになっていた髪の毛を、春だし、気持ち少しだけ明るめの黒に近い茶色に染めた。阿須那は真っ黒の自然なボブカット。
顔を拭きながら阿須那の横で鏡を見る。映る自分を何気に見つめる。
この体型の差が大きく私たちの運命を分けている。
朝から語るようなことじゃないけど、この身体つきのせいで私は無駄にたくさん経験しちゃったなあと思う、知らなくても良いようなことを‥‥‥
そしておそらく阿須那は、男をまだ知らない。
何を考えてんだか知らないけど、能天気にニヤニヤしながら歯を磨いている‥‥んじゃなくて、いーってしているだけか。
朝の騒々しい時間にさらに騒々しくなりそうな音楽をお父さんはかけていた。
フリー動画サイトで何やらヘビィメタルバンドの演奏を聞いている。
「お父さん、朝からそんなの聞くのやめて~」
お母さんからたしなめられて仕方無しに動画を止める。
「結構ハマっていたんだけどなあ‥‥良い音出すグループだった」
「私にはどこがいいか分からないわ」
家族一同分からないが、、、まあまあよく聞けば良いフレーズに聞こえるところもある気もする。
お父さんは色んな音楽を聞く。それも朝から。。。
お父さんが学生時代から活動している今も超メジャーの第一線で活動していらっしゃるバンドから(この辺りをかけるとお母さんもニコニコ)、たまーにさっきみたいなの。同類で言えば日本では八十年代から九十年代にかけて流行ったような和製ヘヴィメタル。あるいは洋楽でいえば七十年代のヘビィメタルまで聞いている。私にはマニアック過ぎてちょっと無理。妹の阿須那はそこそこ聞くみたいだけど、それでも自分の部屋でわざわざはそのサウンドに手は伸びないらしい。
しっかり聞いてないから全然覚えないけど、ヘビィメタルということだけは分かってた。
「ライブとか言ったらすんごい気持ちいいよ、ホント解散とか勿体ないよなあ‥‥」
そう、あまりにもマニアック過ぎて家族を誘っても誰も行かなかった。動画を覗き込んだら永遠と私を『このバンド好きになれ攻勢』が掛けられそうだったので、ずっと避けていた。だからどんなグループか顔も知らない。いい年した娘なんて付き合い悪いもんだよ、お父さん。
『今日の運勢一位は‥‥みずがめ座のあなた!』
え?私やん‥‥なんてね。
テレビから朝の占いが流れてくる。占いなんてと思いつつ、やはり一位と言われるとちょっと嬉しい。
『運命の出会いになるかも‥‥ラッキーアイテムは組紐!』
組紐‥‥組紐って何?後で暇な時に調べようかな。。。
お母さんがバターを塗ってトースターで焼いてくれた食パンを、皆が集まる食卓の上に運んできてくれた。
本来なら一番家族内でお荷物な私がやるべきことなのにね。それができないだらしない私。お母さんは多分十時ぐらいからパートに行くはず。
「阿須那、今日から大学生だ。大学生になったら必ず女子は合コンやサークルに所属したら飲み会みたいなもんがあって、お呼びがかかるぞ」
「うんうん、何かそんなの聞いたことがある〜」
お父さんの注意喚起が始まった。
今日から阿須那は大学生だ。
ちなみに阿須那の姉である私は大学生ではない・・・大学生になり損ねた。
我関せずのふりを決め込みながら、お母さんが焼いてくれたパンを頬張る。
サクッとした歯ごたえが心地よく、バターのまったりと優しい味が朝の寝起きのピンボケた私にはありがたい。
お父さんは大学生になったらあるあるな、男女交際の馴れ初めパターンと、あるあるなお酒を使った危険なお誘いに対する注意を阿須那にしている。
阿須那は興味津々に聞いているけど、私は聞いているような聞いていないような。
阿須那にしてみたら珍しいことばかりなのかもしれないなあ。学生会とかで打ち上げやら食事会やらはあったみたいだけど、確かに合コンとなると雰囲気はだいぶと変わってくる。大学には直接通ってはいないけど、予備校時代に友達のツテで大学生たちと合コンは何度かしたことがある。
サークルのはどんなものなのか知らないけど、学生会の打ち上げなんかはきっと何かイベントがあってそれを皆で頑張った後の慰労と反省会と懇親会のようなものでしょう。その中でお互い気になる男女がお近づきになるといった感じかな。
学生会の打ち上げのある一か所だけを刳り貫いた、男女間だけの、男女間しかない、みたいなもんが合コンかな。
「女は通り過ぎてった男たちも履歴書のうちだからな」
妹に向かって言ったその言葉は、どことなく私に対してトゲを向けられた気がした。思わず眉毛を寄せてしまう。
「ちょっとお父さん、朝からそんなこと言わなくても‥‥」
出すのを忘れていた、今更のサラダをテーブルに運びながらお母さんも訝しげにお父さんを制しようとするが、
「いや、阿須那は今日から大学生やんか。今までと比べたらだいぶと違うから‥‥」
好きでやっているわけじゃない。私も私なりに全力で頑張って‥‥
ふうっと軽く息を吐く。
そういうのは‥‥頑張っているとは言わないか。
‥‥そうね。そう言われたって仕方ない。
パンをさらに大口で頬張る。
勿論誰彼なしにオッケーだと言うわけじゃないけど、何となく流されて、流された先が居心地が悪くて逃げ出してきた。はたまた流されて辿り着くまでに男のほうが私を見限った、が正しいかな・・・・そんなことばっかりが何度も繰り返されただけ。
食べるスピードが自然と早くなっていく。パンを完食して、本来は先に出すべきサラダがお母さんの都合で後から出てきたため、今からサラダへと食べ進める。
「『女は通り過ぎてった男も履歴書のうちだからな』‥‥格好いい。お父さんこのセリフ格好いいよ〜」
何を言うとるんだ、妹よ。昭和平成バブル時代にちょっとズレてうまく乗れなかった不運な残土みたいなやつの言葉だわ。
「格好良いか悪いかじゃなく、自由には責任がつきまとうよって話だよ」
思わぬ方向に感嘆されてしまってお父さんが焦っている。
「責任もなんだけど、私のところ誰も通り過ぎないんだけど、いつ通ってくれるのかなあ。てか、通り過ぎさせないんだけど。通さないんだけど。責任取ってあげるからさあ、ねえ、いつ頃通るのかなあ。私は待ち伏せして通さないよ」
そう言って食事中にパンを片手に私に当たらない程度に両手を広げる。
そう来るか、妹よ。確かにそれは難しい問題だ。あなたよりもっと早くから取り組んでいる私が泥沼化しているのよ。そう簡単なものではないわ。そしてこればっかりは、「いつ」と明言できるものは誰もいない。
「いつか‥‥だよ」
「いつよ?」
「‥‥‥‥」
お父さんも撃退されたね。言葉が出なくなっているよ。
「そんなに焦んなくたっていいじゃない」
お母さんが慰めのつもりで言っているのか、しかしそれは逆効果である。
蟻地獄だぞ〜と思いながらコップの牛乳を手に取り、喉を鳴らして飲む。
「焦るよ。横に専門家みたいな人いてるのに」
「ウウッ!」
「わあ、亜香里??」
専門家って‥‥
えらい横槍飛んできて、思わず牛乳を吹き出しそうになるのを無理矢理とめた。
「お姉ちゃん‥‥ええ??‥‥アッハハハハハハハ!」
「おまえそれ、、、朝からそんな高尚なネタする?」
お父さん‥‥肩がブルブルふるえて私と目を合わさない。
そう、何となく分かるんだ、この感覚。鼻がツーンと痛むんだよね‥‥これ知ってる。小学校の時あったよ。一回蕎麦つゆでもやったことあるよ。あの時はワサビが効いててこんなもんじゃないぐらい痛かったよ。うん。。。
「あ〜あ〜あ〜もう‥‥プププッ・・ククッ」
お母さんが冷静に対応しようとして、やっぱり無理で堪えながら慌てて席を立ち、タオルを取りに行く。
「アハハハハハハ!お姉ちゃん、こっち見ちゃ‥‥こっち見ちゃダメ!」
「おまえ、それ、一発芸やんけ!!」
そう、今の私の状態は、あの替え歌の達人で有名なミュージシャンが作った伝説の名曲のタイトルのような奇跡の一発芸だった。
そう、吹き出しそうなのを無理やり堪えたら、鼻から牛乳が飛び出していた。
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