貸借一致のカタルシス~あなたといつまでも一緒にいるために~ 第一巻

木村サイダー

序章 終わりの見えない逃避行

逃げていた。とにかく逃げていた。

絡みつくような、手枷、足枷・・・・私はいつも捕まりやすい。

振りほどいて、時には躱して、走って走って走って・・・・

闇の中を、どこかにあるであろう光を探しながら、背後から手を伸ばしてくる絡みつく陰気から・・・・


面倒くさいもの、嫌なもの、往生際が悪いもの、まとわりつくもの、歯切れが悪いもの、ひっついてくるもの、握ってくるもの、粘着するもの、頼りないもの、無意味なもの、愛のないもの、貪るだけのもの、退屈なもの、見下してしまいたくなるもの、バカにするもの、バカにしてしまうもの、抑圧してくるもの、脅迫してくるもの、蔑むもの、高圧的に接するもの、こき使うもの・・・・もっともっともっと色々。


光は見えない。けど、出口には光がある。

その出口を見つけて、光の中に包まれた時、

私はこれらのありとあらゆる陰気から解き放たれ、ただ一筋・・・光の先に存在する何かに導かれ、そこに向かって走ってゆく。

やがて合流する。


そして光の先に存在する、愛おしい・・・また光の存在は、私を包み込んでくれる。

特別な何かとして私を愛してくれる。

今まで背負ってきた陰気たちはここまで私を追っては来れない。

きっとあらゆることが許された。

きっとあらゆることが報われたんだ。

きっとあらゆることが変わる。

やった。私はやったんだ。

明日からの私はすべてが許され、この愛おしい光の何かに包まれながら守られて、何の苦難もなく生きていけるんだ。


光の中の何か‥‥それは、あの日の少年!!

君は‥‥ここにいたんだ‥‥

そう言って歓喜の涙を流して抱きしめる。

「何処行ってたの?とか言わないでよね。亜香里が全然違う方向に行ってたんだからさ」

いたずらっぽく私の泣き顔に微笑みかける。

――――そう、そうなのよ‥‥私、いっぱい間違っていた。

でも、もう大丈夫。しっかりするから。

ごめんね。ごめんね‥‥待たせちゃって!

そう言って彼を強く強く抱き締める私。


けど、今は想像でしかない。光は‥‥見えない。

だけど!絶対にその光はどこかに存在する!

あるいは時間が経てば私の前に現れる!降臨するんだ!!


それまでは闇の中を逃げ続ける・・・それまでは。

いつまでかは分からない。

きっと来る。

それまでは・・・・・




「‥‥ちゃん」

「‥‥?」

闇の中、闇の中走り続けている、はず。

「お姉ちゃん」

お?お姉ちゃん‥‥?

この温度も景色も分からない闇の中で、私のことを「お姉ちゃん」と呼ぶ声‥‥

あ、世界が、白い‥‥光?

これなの?時が来たの?それとも、私たどり着いたの?

「お姉ちゃんてば。起きてよ。試合始まっちゃうよ」

「へえ?試合って?」

突然の私を呼ぶ声に間抜けな返事をしてしまった。

その次に見えたもの・・・それは、無数の鉄骨で補強されてある天井、こげ茶色の天井面、LEDのライトたちが目に入る。

ああ・・・・そうだ。

体育館である。


光・・・光なんだけど・・・天井のLEDじゃねえ。。。

そんな光が突然やってくるわけないやん。

まあ分かっていたけど。

そんなことが現実に起こりうることなんてないと分かっていたけど・・・・

私の愛する、待ち望んだ光が・・・・そこにある!

いやいや、違うし。。。ただのLEDだし。


「そうじゃないんだよ~」と心の中で呟きながらもう一つ視界に入ってきた存在を認識する。阿須那、私の妹だ。

「結構寝入ってたみたいだけど、大丈夫?」

「ああ‥‥阿須那‥‥後光が射している」

「何言ってんの?」

あしらわれてしまった。


阿須那に頼まれて地域のママさんたちがやっているバレーボールサークルに臨時で助っ人をお願いされて私達は来ていたんだった。

なんでだろう・・・・なんでこのタイミング?・・・・寝不足かなあ。

確かにここ最近ずっと不摂生極まりない生活をしてきて、昼夜逆転のその先へ・・・のような生活をしてしまっていた。


どうしても悪い環境にいると、その悪い癖が付き、そこからは抜けにくいものね。

上体を起こして伸びをする。

「大丈夫?さっきの練習試合で疲れたかな?もしダメだったらあがらせてもらう?」

そう言って背中を軽く摩ってくれる。

気をよく使ってくれる優しい妹だ。

「うん、昼夜逆転がなかなか直らないね。それで一瞬寝落ちしてしまった」

「どうする?(あがっても)いいよ、私は?」

ポンポンと軽く腰を叩いてくる。

そう言っておきながらの、しっかりせいってか?

「いや、これで大丈夫と思う」

「本当に?」

心配そうでもあるが、少しいたずらっぽく笑いながら聞いてくる。

「うん、任せて。全力でやるわ」

「オッケー」

私たちの出番だ。



「そーれ!」

「ハイ!」

「角谷さん!」

「ハイ!!」

私は鈍った身体に喝を入れ、自分の持つ体感覚のままに両手を後ろに持っていき、膝の動きと下半身のバネの感覚を使って飛び上がり、空中を舞うボールを的確にとらえ、右手で強く打ちぬいた。

私の打ったアタックは相手の後衛のおばちゃんたちが反応するよりも早く、ちょうど中衛と後衛の間の床に叩きつけた。ボールは一瞬で後衛の後ろにバウンドして転がっていった。

「角谷さんナイス!」

「凄いね!」

ねぎらいのハイタッチを自分のところのメンバーとしていく。

さっきから相手の陣営から何度となくこの「えーっ?」「うっそー?」「やる子おるやん」っていう、お姉さま方々の賛美と驚愕の顔を見かけるけど、私は別に元バレーボール部でもなかった。

申し訳ないけど、バカだし、たまに夢想もするけど、運動神経は未だに抜群にいいのよ。



お父さんはどこかに寄ってくると言って車を置いて帰った。帰りは阿須那が運転して帰ってくれる。


阿須那は社交的。それが証拠にこのように地域のママさんバレーボールに誘われている。学校でも学生会の仕事を高校の時はやっていた。多分学生会の地域活動の中で、ママさんバレーボールをやっている人と付き合いができて、そこから誘われての今日になったんだと思う。人付き合いも良くて愛想が良い。私から見ても誰とも打ち解け合える雰囲気の持ち主だし、冗談も上手い。実は家では結構辛口、特に不出来な姉の私にはかなり‥‥なんだけど、きっと他の人たちからすれば賢く、明るく優しく、困ったことがあれば率先的に解決に向かおうとする、そんな子だと思う。私も辛口に言われて酷く悪い気がしたことはほとんどない。


運動神経はと言えば、それは完全に私になる。

阿須那はあまり運動神経が良いとは言えない。だから誘われた経由ルートは推測がついても、どうして参加承諾したのかは良く分からない・・・あんまり上手じゃないのに。今日でもレシーブで上げるのがやっとだったもん。

(私のためかな‥‥運動不足解消ってやつ?)


助手席で流れる住宅地の景色をボーッと眺めていたら、私への癒しの提供のため?という考えに至った。別にバレーボールなんて阿須那は遊び程度に学校でしていただけ、あるいは授業でのみ。それに運動神経が良いわけじゃないのに、ただ誘われたからだけで参加するのだろうか。

私もそんなにバレーボールが好きというわけではないけど、運動神経は学生時代から良かったし・・・・そしてとにかく目立っていたなあとは自分で思う。


目立つ目立つ・・・・・目立つ。


「そこのお家、大きいよね」

私が見ている方角から察して阿須那が運転しながら助手席の私に話しかけてくれる。

「うん・・・ずっと壁が続いていたから、え?まだ続くん?て思った」

目立って大きなお屋敷だった。

小・中学校の校区としては隣なので、そんなにしょっちゅうは来たことがない。けど散歩や歩いて天王寺に抜けたり、ちょっと運動がてらここの最寄りの駅に降りてあえて家まで歩いて帰ったりしていたから知らないわけではない。そしてこの辺りはすごく入り組んでいて他所からきた人は多分嫌がるし、迷路みたいで歩いて抜けきれない。普通に行きどまってしまうところや、長屋の裏路地に入ってしまったりする。高級住宅地でありながら再開発が遅れてしまうのは多分このややこしさのせいなんだろう。そこを楽しんで私は歩く。そして、

――――私はまったく別の目的で、この迷路を利用したこともある。

多分阿須那が車で一方通行の都合上こういう走り方をしているんだろう。徒歩ならもっと単純でシンプルなルートで、うちにたどり着けるけど、時として車の場合はグルグル回らなければいけないことがある。


「ここの家ね、確か前にタクシーで帰った時にこの道通ったのよ。その時に運転手さんが言ってた。この辺りの地方財閥の家だって」

「へぇ」

財閥・・・とりあえずお金持ち、ということなのかな。


それぐらいしか私の頭の中では、知識としてはなかった。

車はそのお家に沿って走るように四つ角を左折する。

塀の高さは成人男性二人分はゆうに超えている。

材質は石かな・・・今時石は無いのかな?

石積みのような塀は昔の『岩石削って積んでます』的なものではなく、平たい石が何重にもミルフィーユのように積まれていて、その色彩は淡い茶色を基調として、赤茶色、こげ茶色、ほぼ白色と深みがあり奥行を感じさせるものとなっている。

(古臭さがない・・・・財閥の人の家ってもっと古臭いイメージだったのに)


実は私の住んでいる家の近く、この今車で走っている辺りは豪邸が立ち並ぶ地域だ。

最近はどこも持ち堪えることができなくなってきたのか、あるいはこの少しばかりの景気上向きのご時世だからなのか、小学校の時に見かけた豪邸たちは戸建て住宅や分譲マンションにどんどんと変わって行っている。デベロッパーが買い取って切り売りするんだ。

私達の住んでいる家はまさにそれ。しかも切り売りブームが始まって初期ぐらいのだからもう結構古い。1回目の大規模修繕は済ませた。本当は二回目ぐらいをしなくちゃいけないのかもしれないけど、これといって致命的なところはどこもないから騙しだまし使っている感じ。

――――まだここまで大きなお屋敷が残っているんだなあ。。。

塀の向こう側にはきっと樹齢何百年なのかと思うような太く大きな木々がこちらを見下ろしていたり、、「勝手口」と書かれた出入口は私たちの住んでいる家の玄関と変わらない大きさがあり、塀の雰囲気合わせた近代的な木目調の、おそらく電動でスライドして開くドアがあったりと、、、この塀と勝手口だけでうちの家が買えてしまいそうだ。


ちなみに玄関どんなんだっけ・・・玄関見落としてしまった。途中からあまりに大きいので違和感があって注視したんだ。


まあどっちにしろ私の人生にはこんなお屋敷は何の関係もないのだろうけど。

そう思った時に、やっと塀は途切れたのだった。そこからは次から次へと家は隣へ隣へ、まるでトランプカードを素早くくるかのように変わっていった。


―――――――――


大阪市内の帝塚山、北畠、東天下茶屋周辺を描きました。知っている方がいたら嬉しいです。ありがとうございます。第四話でも路面電車の風景を描写しています。

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