解決編 8 単純な推理

 三つの推理で五人は完全に被害者となった。久乃はを赤のカードに書き込む。何も思いつかない以上、これで手番を回すしかなかった。


 唯一の問題が次の久乃の手番で久乃が考えている推理が全て出されてしまうことだった。犯人は依頼人である白野早希か、祭司である藤堂十五、あるいは逃げ出した生贄である弥子しかいない。


 一つ推理を加えることが出来れば回避できるが、何も思いつかないので生贄が犯人であると赤いカードに書いた。


「考えているようだね。カードを書くことが出来ているからこの手番については特に問題がないのだろう。そして、まだ私たちが犯人として挙げていないのは三人だ。つまり、君は自分が犯人を当てる推理をして私に反証されるのを恐れている。そうだろう?」


 カードを書きながら考える素振りをしただけでここまで言い当てられると心の中を読まれているような気がするが、きちんと筋道が立っている以上、ただの読心術だった。


「いいや、ここでどっちの推理にしてあげれば間違えないか考えてあげていたんだ」


 久乃は少しだけ強がって嘘をついた。少し


「久乃様、カードは書かれましたか?」

 高野に言われて久乃は頷く。


「さっきの推理に比べれば大したことのない推理だ。どうしてここまでこの順当な推理が出てこなかったのかが不思議だ。ここまで言えばなんとなく予想は出来るか?」


「なんとなくね。続けて」


『生贄が犯人』と書かれた面を七海に向けた。


「確かに今更という感じだね。でもまだ否定されていない。だから、この推理は披露しても何も問題ない


「そうだ。手記の中で一日目の夜を最後に一度も姿を見せていないけれど、存在していないことは示されていない」


 これも白いカラスのような議論だった。存在しないことを証明することは基本的にできない。


「よく考えるとここから議論をしないといけなかったはずだった。次期当主のうち誰が犯人とか何人が犯人とかよりも以前の話だ。でもこのタイミングはある意味ではベストだ。生贄の死体を再利用した推理が否定された今、生贄が生きていることを考えるのは当然のことだ」


「これも誘導されたのかと思うよ。誘導されていたとしてももう気にしないことにした。そんなことを気にしても勝敗には関係ない」


「それじゃあ、どのようにして生贄が生きていたのかを教えて。本来であれば毒を飲んで死んでいるはずだったのだからね」


 七海に促されると久乃は頷いた。


「生贄がどうして生き残っていたのか。それを解決すれば、残る事件は簡単に解くことが出来る。それは藤堂が協力したからだ。最後に触って茶を除けるのは彼しかいない。茶筅の中に黒く塗った綿を仕込んでおけば茶を含ませて取り除くことが出来る。茶道具はそのままだったはずだ

 本来であれば夜に死亡を確認させて明け方に逃げてもらうはずだったが、生贄となった彼女は五人を殺害した。まずは錦花を殺害して、橙莉を殺害した。この順番は逆で、橙莉を殺害して、錦花を殺害したのかもしれないが、その順については不明だ。密室については橙莉が犯人であるときのように死角に潜んでしまえばいい。死角の存在はもう既に認められている。その後は祠に潜み、塔那を殺害した後に館に戻って流季の水に毒を入れて、館に戻っていた灯紗を殺害した。

 灯紗を殺害した後は時限装置を組んだんだ。蝋燭の火が時間差で燃え移るようにすればいい。そうすれば二人に姿を見られることなく逃げられる」


 再現性があるとは言えないような内容だったが、何かの偶然で成功したことは否定できない。


「藤堂は生贄を逃がしてしまった手前で何も言うことができなかった。だから、生贄のことについて知らないふりをした」


「単純で最もありきたりな形というのは悪くないね。いつもバニラに戻ってしまうようなものというべきか」


 七海は一人で頷いていた。


「さて、この推理が成立しないことを証明してほしい」


 この推理の内容もこれまでの推理の内容に反していないから、過去の推理を振り返っては解けないようになっている。七海は腕を組む。


「誰も目撃していないから存在しないなんてことは言えないもんね。ツチノコのようだ。もしくは青い鳥というべきなのか」


「ここで生贄が犯人であることに七海は考える。生贄は既に死んでいると思っていたから、まさか犯人になるのは想定外だったのか」


 高野が言うと観客も七海のように考え始めた。


「一つずつ考えていこうか。まずは凶器は全て手に入れることが出来るだろう。包丁も麻紐も茶器も毒も蝋燭も全て現地で調達あるいは服に忍び込ませることが出来るから問題ない。毒を回避する方法も否定することが出来ないから生贄が死亡していることは証明できない。五つの殺人の方法について考えてみると一つだけ生贄には不可能な犯行があるんだ。それが鍵なのだろう?」


 七海には全く推理に苦しむことはなかった。


「最後に姿を確認されたのが夜中であるから、そこから殺人を実行しなければいけない。錦花の部屋に立ち入るときにはドアを叩いて、開けてもらわなければいけない。殺人の順序を入れ替えて橙莉を殺害するときでもいい。二人の体には傷跡がなかったと書かれているから夜中に扉を開けて生贄が立っていれば普通は抵抗して体に傷がつくはずだ。それがないということは犯人は顔見知りの犯行であるということだ。

 手記の中で誰も生贄の存在を疑っていなかったからどんな表情をすればいいか分からなかったよ」


 七海は喉の奥で音を出して笑う。


「死体に抵抗跡がなかったことから生贄は犯人には成り得ないということでカードを反転させてください」


 久乃は全く反論する気分にもなれなかった。

『知っている人物の犯行である必要がある』と反転されたカードには書かれていた。


「そうなると犯人に成り得るのは二人だな。二択の好きな方を選ぶといい。ここで正しいと思う推論を選んで引き分けにしてもいいし、ここで間違った推論を選んでその次の手番で反証を述べずに引き分けにしていい」


 久乃が言うと七海は一人で勝手に笑いだす。


「何がおかしい。間違ったことは何一つ言っていない」


「その通りだ。間違ったことは言っていない。ただそれだけなんだ。君はこのゲームについて重大な間違いをしている。このゲームが始まってからずっと間違っている。このゲームが何を目指しているかについて教えてあげよう」


 七海の澄んだ目が久乃を見つめる。推理に関しては間違っていないのだとすれば間違っているという点は一切見当たらない。


「次で終わりにしようか。とっても楽しかったよ」

 七海は黒のカードを手に取った。


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