解決編 7 死体一つの反証

 流石に無理のある推理だったと思いながら久乃は推理を振り返る。


 全ての場面で死体が一つしか登場しておらず、その後死体がどうなっているかを確認していないという理由だけでこの推理が成り立っている。

 登場人物として自分がその手記の中に存在していれば確かめることはできるが、もう確かめることはできない。


 安楽椅子探偵というものは大変だなと他人事のように考える。そして推理は空中戦へと移行している。この先に唯一ある真実まで何回耐えればいいのだろうか。


 最初にゲームの内容を教えられたとき交互に検察側と弁護側が入れ替わるゲームのように感じたが全くの見当違いだ。二人の詐欺師が交互に好き勝手するだけのゲームだ。


「よく出来ているな。共犯が五人というのはよく出来た意趣返しだ」


 久乃は改めて感心していた。


「共犯説を唱えるのは予想できた。私が五つ並行に推理を並べれば君はきっとそうする。君は自分が思っている以上に正直で正々堂々と勝負をする。だから同じように推理を並べてくれると思った」


  想像していたよりも七海はよく久乃のことを見ていた。


「自分のことはそれほど分かっていないというのは本当だな。きちんと誘導されてしまった。でも誘導されること自体は問題ない。そうやってきちんと一つずつ解決していけばいい」


「まだゲームは出来そうだね」


「もちろん」


 このゲームに初めて参加して簡単に勝てるとは思っていなかった。重要なことは七海にきちんと推理をさせることだ。まずは出された推理を否定しなければならない。


 この推理は確かに一巡目の推理の矛盾点を反証を解消するために作られた仮設だった。それ故にここまで前提にしてきたことを反証に変えられない。だから、。錦花、橙莉、流季が自演であることを否定することはできない。


 目の前で事件が起きていれば簡単にできることが出来ないが、それにもどかしさを感じている時間はない。タイマーはなかったが時間が長引けば再び観客たちによってタイマーが設定される可能性もある。

 厳密性よりもエンターテインメントとして面白いかどうかという、その場の雰囲気に大きく支配される。


 矛盾を突くには塔那と灯紗の殺人について考えるしかない。

 早希の言葉はまだきちんと思い出せた。それだけが頼りだった。


「再び、久乃が沈黙する。今度は演技なのか本当に何も思いつかないのか」


「このまま押し込め」

「矛盾を指摘しろ」

「もう少し頑張ってくれよ」


 観客はスポーツを観戦している時のような声援を送ってくる。スポーツでも応援されると緊張するのに、考え事の時に応援されると気が散って仕方がない。

 彼らにとって反証が思いつくかどうかというよりも声援を出すという行為に意味があるのだろうと思いながら、反証を頭の中でまとめていく。


「本当に嫌な場所だ」


 久乃はほんの小さな声で言いながら静かに手を挙げる。

 観客の声のボリュームが小さくなった。


「久乃が反証を思いついた。五つの死体の偽装を否定することが出来るのか」


 ピエロが上機嫌だった。二巡目で終わらないことに観客も歓声を上げる。


「それにしても本当に酷い推理だ。五つの死体のうち三人が死んだふりで、二人が他人の死体を使いまわすなんて現実的じゃない」


「現実的であることには何も意味がない。考えられる可能性を全て排除してあげるのが私たち探偵の仕事なのさ」


 七海は依頼人である早希にお辞儀をすると困惑した様子で頭を下げる。


「それに無理な反証すれば反則負けだ。現実的じゃないという一点張りでは通用しない。ゆっくり確かめさせてもらうよ」


 腕を組んだ七海に久乃は反証を述べ始めた。


「そもそも、決定的な証拠がないのに推理というのもつかみどころがない話だ。例えば死んでいたはずの人間が動いて足跡が付いていたとか、服の中に落ち葉を巻き込んでいたとかあれば間違いないが。可能性だけで全てが進んでいく」


 久乃はこのゲームの進め方には疑問を持ち続けていた。どうすればいいが分かっていることと納得できることについては別だった。悪法も法なりと毒杯を煽る気持ちだった。


「それはどの推理も同じだよ。決定的な証拠がないからこそ、一つずつ否定しなくてはいけない」


「それに関しては間違っていないとは思うのだが、どういうわけは今日は受け入れられない」


「そういうものだと割り切っていけばいいのさ。もう少し割り切って参加してくれると思ったんだけどね」


 七海は肩を竦めた。人を何だと思っているのかという目を七海に向けてから推理を再開する。


「そう。死体の入れ替えについて否定するためには塔那の死体を灯紗の死体として移動させることはできないことを示せばいい。

 流季が毒を飲んで倒れた混乱に乗じて他の四人で死体を運んであらかじめ組んでおいた木の隣に据えて火をつけたとする。そこまでは出来たとしよう。頭に血が付いた死体を壁や床を一切汚すことなく運ぶだけでも難しいとは思うけれど、それは反証にはならない。そうだろう?」


「ルールの呑み込みが素晴らしいね。時々ルールを理解できないまま負ける人もいるけれど、君は良く適応しているよ」


 七海が手を叩きながら、高野に目線を送るとなぜか高野も拍手を送り、会場全体が拍手に包まれる。その拍手をもらっても何も思わなかった。鳴り止むまで待ち推理を再開した。


「それはどうも。火をつけた後は建物を離れないといけない。でも、藤堂たちは三階の堂から入口へのルートに常にいたから、二人に気づかれずに館を出る方法がない。二人は最後五龍殿が焼け落ちるまで見ていたから、どうやっても抜け出すことが出来ないんだ」


 否定を述べたが、そもそも三階の礼拝堂は鍵こそ掛かっていないが密室状態になっていた。誰がどのようにして火を付けたのかについて藤堂の記録には一切残っていない。この謎を解決しない限り真実にはそもそも辿りつけないことになる。


「正解だ。嬉しいよ。こうやってゲームができる相手が見つかったのはね。犯人当ての小説を用意した苦労も報われるよ。内容は過去のゲームを参考にしたけれど、文字に起こすのが大変だったんだ」


 七海は高野に促されるよりも前にカードを反転させた。


『死体を置いた後に脱出することが出来ない』


 五人が共謀して生贄の死体を使いまわした説は完全に消えて、次期当主の五つの死体が本当にあったことだけが確定した。


「脱線するところだった。これで生贄の死体を使いまわしていたなんてことになっていたら、五人の行方を依頼人は探すことになるかもしれない」


 久乃は頭を掻きながら言う。


「こんな推理だからこそ否定してくれると信じていたんじゃないか」


 七海は平然としていた。七海は犯人当ての小説を久乃に読ませてその推理を聞いていたことで思考力は既に推し量うることが出来ている。


 エンターテイメントとして少しずつ推理の強度を上げてくるのは予想できる。


 そして久乃にとって何より問題となったのは次の推理だった。


 ある程度整合性のある推理が出せなければ黒のカードを手に取るしかない。今の推理からどう誘導しようかと考える。


「それにしてもいつもこうやってゲームをしているのか?」


 久乃は尋ねる。


「もちろん。解決編が長いのは嫌いかい?」

「嫌いじゃないけれど、無理やり入れ込んだような解決が披露されるくらいなら、もうそろそろ畳むべきだと思う。多重推理の果てにはどうせ一つの結末しかない」


 久乃は多重推理物は好きではあったが、どうにか多重推理にするために取ってつけられたような推理を展開して文字数を稼がれるのは苦手だった。


「それに関しては私も同じ意見だ。私はでも、いくつでも嘘の推理を述べることが出来る」


「それはちゃんとしているのか?」


「どうだろうね。全部嘘だから」


 余裕な様子で答える。あと何回往復すれば黒のカードを手に取るか想像もつかない。


「次は君のターンだ。早く推理を披露してよ」


 七海は手招きをする。手元にある赤いカードを見るけれど偽の推理を考える方が難しい。七海はこの事件の真相について推理するとともに偽の推理を無数に用意していたのだろう。


「それでは後攻の推理です」

 会話を引き延ばして考える時間をもらうことを期待したが、難しそうだった。


 久乃は素直な一手を打つことにした。

 

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