解決編 6 死体一つ
「大分、可能性は消えて来たね。後攻の推理は残っている?」
七海は首を傾げた。一巡だけだったが、二人の戦略によってあっという間に可能性は狭くなった。犯人の可能性も狭くなっただけではない。前の推理と矛盾するような発言をすることもできない。
手元にメモは用意されているが、全ての情報を過不足なくまとめ切ることは不可能だったから、最後は記憶を頼りにするしかない。
「もちろん、切り札というものは取っておくものだ。とっておきのの赤のカードで勝つことにするよ」
久乃は嘘をつく。原稿に向かっている時と同じ感覚だった。良い推理は何一つ思い浮かんでいない。今から少しでも会話を引き延ばして嘘の推理のヒントが欲しかった。
「その言葉は私の攻撃が終わってから言った方がいいと思うよ。だって、ここであなたは負けるもの」
「そんな立派な推理だったら、楽しみにさせてもらうよ」
久乃はそう言いながら内心で二巡目にそんな推理を残して置かないでほしいと思う。このままゲームが続いたとしても追い込まれる光景が想像できる。
七海が推理を披露する前の少しの間でも、偽の推理がないか考える。探偵が真実ではなく偽の推理を求めているのは奇怪な状況だった。真実を追い求めるだけで勝つことが出来ないこのゲームはやはり異常だった。
「それでは七海様カードの記入をお願いします」
高野に促されて七海はペンを握った。
そもそも犯人として残された可能性は三つしかない。早希の言う通り逃げ出した生贄が全員を殺害した場合、藤堂が犯人である場合、あるいは早希が犯人である可能性だ。
つまり、このゲームはあと一回攻守を繰り返せば真犯人に辿りつく。七海が偽の推理を述べて、久乃が偽の推理を述べれば引き分けることが出来るが、そんな推理であればとっておきのようには言わない。
「ゲームがもう終わると思っているでしょう?」
七海は視界の端で久乃の顔の動きを捉えていた。
「このゲームの目的は真実の追及ではなく、不思議な出来事のあらゆる可能性を提示して楽しむことが目的なんだ。折角こんな不思議を用意してもらったんだ。もう少し楽しもうよ。
君には自由が欠けている。君の仕事と同じだ。紙の上には何でも書いていいはずなんだ。でも君は唯一の正解だけを求めているから書くことが出来ない。でも、君は自由に憧れている」
「僕のプロファイリングなんてしても部分点にもならない。犯人のプロファイリングでもした方がいい」
久乃は七海から視線を逸らした。当たっていると一瞬でも思ってしまったのが嫌になる。
「さて、本題に戻ろうか。どんな推理をしようかな」
七海は休日の予定を立てるような口調で言う。久乃は会場を見る。この会場で競技者へ投げかけられた言葉の中に真実を求める声は未だになかった。ただ、彼らは互いを欺くことだけを求めていた。
真実を求めているのは未だに語部として呼ばれた少女だけだ。
現実の出来事が本屋に並んだ推理小説のように消費されるのを防ぐためには探偵たちが間違えないことを祈るしかない。
そして、七海に黒のカードを取らせるためにはやはり全ての偽の推理を的確に否定し、嘘を吐き続けなければいけない。
「いつもと目が違うね。真面目というか真剣というかね。どっちも同じか」
七海は久乃を観察していた。人が良さそうな表情なのに目を見ても何を考えているか分からない。考えれば分かるはずだったが、久乃が考えたくない部分を正確に狙ってくる。
「いいや。何も変わらない。いつも通りの真面目さだ」
悪趣味なゲームに対して少しだけ感情が入っていたことに気づかされる。
「それでは七海様、カードの記入をお願いします」
高野に促されると七海はペンを手に取った。
「ただ、私は引き分けにするつもりはないよ。友達でも、いや友達だからこそ私は容赦しない。私はこれから偽の推理をする。否定してみてよ」
七海は赤色のカードを手に持った。最初から嘘であると明言するということは、これから述べる推理の反証の難しさを意味していた。
「無敗ということは全勝じゃない。引き分けもあったはずだ」
七海は悪戯がばれた子供のように肩を竦めた。
「まあ、ここにやって来る人間と何度かゲームをすれば引き分けになることもある。でも私は一度も間違えていない。これまでもこれからも」
その言葉に躊躇はなく、圧倒的な自信が見える。ここまで言い切ることが出来るようになるまでに何度こんなゲームをしたのか想像もできない。
「ただ、勝ち続けたとしても今日負けないという保証はない。何事もいつかは終わる。それが早いか遅いかの違いだ」
「それはそう。それなら君がそれを教えてくれるのであればとてもうれしいよ。できるのであればね」
七海はペンを置いた。
「そうだな」
久乃は頷いた。まずは七海の推理に反証を述べて、その上で真実とは異なる推理を押し通さなければならない。赤のカードは反証を要求するから、適当な推理を述べることはできない。
「カードの記入が終わりましたか?」
高野が尋ねると七海は頷く。カードを書く時間は短かった。推理も反証もシンプルなものであることがうかがえる。
「それではカードに書かれた内容を示してください」
七海はカードを掲げた。
「五人はそれぞれ触れることが出来ない五行があるから、一人で殺人を実行することが出来ない。共犯関係を結んでしまえば、自分が殺されることが予想できるから殺人が実行できない。
ここまで正しいとすれば残った可能性について考えてみようか。語部である彼女は明らかに実行できない。藤堂についても自分が犯人であることを告白する記録を残す理由がない」
一瞬に二つの可能性を述べて棄却した。
「容赦がないな」
久乃は溜息を吐く。
七海は後攻で久乃が推理として提出するはずの選択肢を会話の中で消そうとしてきた。これも審判は咎める様子はなかった。
この賭場を知り尽くし無法な手段を七海は取ることが出来る。久乃が初めてゲームをする以上不文律は一切分からない。必然的に久乃は不利になる。
「この事件の一連の事件の死体が登場したシーンを確認してほしい。いずれも死体は一体ずつしか現れていない。そして、刺殺、絞殺、撲殺、毒殺、焼殺とこの順序には必然性があった」
七海は一度言葉を切った。
「最初に結論を述べると誰一人として死んでいない。生贄の死体を使い回して五龍の呪いを発生させたんだ。錦花が密室の中で死亡していたのは自分で鍵を掛けていた。流季に死亡を確認させればいい。橙莉も同じだ。首に傷をつけて絞殺されたと思わせた。生贄の死体を使ったのは塔那の事件からだ。五人で協力して死体を運んだ。そして壺を使って死体を殴りつけた。そこで顔を潰して死亡を偽装した。死体が消えていたのはその準備のために移動させたからだ。最後に流季が毒を飲んだ演技をしてパニックになっている間に死体を三階まで移動させて灯紗の死体として火をつけた」
今度の推理も暴論だった。だが、死亡の偽装と生贄と巫女の死体の交換について否定は出来ていないから、この推理は成立してしまう。
「ここで七海が大胆な推理を披露した。そして誰もいなくなっていないということか」
「一年前の事件だったら死体は五つ発見されていた。その推理は成立しないというのは……」
この理屈は通用しないと思いながら言うと七海は指を振った。
「久乃君、今の彼女の語った内容のどこに死体が五つ最後発見されたと言ったんだ。全く別の事件の可能性はどうやって棄却できるの」
「日本のどこかで山火事で五人が死亡した事件なんて普通は知られて当然のはずだ」
「それが当然というのはどういう理由かい。あそこの証言台に立っている彼女の言葉は全てフィクションという可能性はそもそも否定できない。実際の事件から着想を得て作った作り話かもしれない」
七海は堂々と反論してくる。これで黒のカードを出して、反証もできなければ真実さえも塗り替わってしまう。
「それもいいのか」
高野に確認すると高野は迷うことなく頷いた。
「ええ、全く問題ありません。あくまでも語部の語った内容で推理をしてもらいます。だから、この推理は成立します」
「本当にゲームとして事件の内容は取り扱うんだな」
久乃はこのゲームのルールを受け入れるしかなく、反証を考えることにした。
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