解決編 5 共犯の反証

スクリーンに時間が表示される時間は少しずつ減っていく。久乃は時間が減っていくことに少しも期待を持てなかった。


「推理小説ってさ、単独犯であることが多いけれど、探偵役の人間が共犯を一度も考えないのは違うと思うんだよね。例えばみんなに殺意を持たれているような人を殺そうとしたら協力関係を結ぶと思うんだ。でも、そうしないのは難しくなるから。互いに互いを庇い合うから証言が一気に複雑になる。

 そもそも複雑だから面白いというわけじゃないんだよ。エンターテインメントにまで頭を悩ませたくないんだよ。多分ね」


「本当にその言葉はよく効くな。どっちが攻撃をしているのか分からないな」


 かつて久乃の本に寄せられた講評がこの場所で掘り返されるとは思わなかった。


「あとでこの会場の皆様に彼の本を紹介してもらってもいいかしら?」


 七海は高野に言うと高野は大きく頷いた。


「ええ、それはもちろん。きっとここのお客様であれば久乃様の著作は気に入ると思います」


 そんなやり取りをしている間に一分過ぎる。


「七海、反証を述べることはできないか。自らの罠で破滅するのか。百通りの推理があるにも関わらずまだ一通りの反証も述べようとしない」


「三分をきちんと使い切ろうとしているんだな」

 久乃が七海が時間制限を全く気にしない素振りが気になって言ってしまった。


「それはそうだよ。お客様は別に賭博だけをしたいわけじゃないもの。それだったらもっと効率のいいギャンブルはこの世界にいくらでもある。二人の探偵がこうやって騙し騙される様子を見に来ているの」


 七海は笑っていた。そしてその客を集める理由は森慧のために不思議な話を集めることだった。七海と森慧と観客の間で全ての需要と供給が満たされている。その外側に対戦相手と依頼人がゲストで登場する。


「百通り以上の推理を展開したのは立派だと思う。本当に全ての可能性を考えるなら、そうしなければいけない。でも、そうじゃない。カードに記入していた時間は一つずつの反証を述べるのにはあまりにも短すぎる。つまり、何かの論理で押さえて共犯が成立しないことを述べればいい」


 共犯説の弱点は既に見つかっていた。もう少しペンを長く握っていればよかったなんて考えたけれど、そもそもこのカードの裏は全ての共犯説の反証を書くのには狭すぎるし、久乃自身もその反証以外で否定することが出来なかった。


「さて、反論の時間だ」

 七海が宣言するとタイマーは止まった。ちょうど一秒だけが残った。


「それでは反証を述べてください」


 高野は促すと七海は語り始めた。


「この事件に共犯関係が成立しない理由はこの事件が五龍の呪に則って行っているから。最終的に死体は五回登場しているから首謀者以外は全員死亡している。共犯に自分の使用できない凶器を使って殺人を行ってくれと仮に頼めば、裏切られるのは目に見えている。そんな共犯関係に乗る人間はいるのかな?」


久乃は頷かなかったが、久乃の考えたことが完全に読まれているかのように言い当てられた。一瞬でも相手の手を逆に利用した有効な推理だと思ったことが恥ずかしくなる。


「つまり、五龍の呪を模しているため、共犯はあり得ないということでしょうか?」

 高野はまとめて、七海に確認をとる。


「ええ、そうよ。カードを反転させて」


 七海は自分の正解を確信している様子だった。


「それではカードの反転をお願いします」

「その反証の通りだ」

 久乃はカードを投げやりにひっくり返した。

「七海の反証は当たっていた。さっきと同じ光景が繰り返される」


「少し嵌めるような真似をしてすまなかった。一つ提案なんだが、時間制限を消してほしい。ここまで互いに一回ずつ時間制限があった。二人でもう百以上の推理も消せたしゆっくりしようじゃないか」


 久乃は言う。それは観客のためではなく一秒でも推理を組み立てるのに時間が欲しかった。このゲームのルールは探偵同士の合意があれば追加できるし、観客を楽しませるという面でも時間制限は良いように作用しない。


「自分が最初にしようとしたことだろう?」

「卑怯だ」

「挑戦者だから、少しくらい色々と試させてあげろ」


 観客は再びそれぞれの意見を述べた。


「うん、いいよ」

 七海は頷く。

「きちんと最後まで楽しみたいもの。終わり方が時間制限というのはかわいそうだからね。本を読むように、好きなだけ考えてから先に進みましょう」


 七海は自分は全く時間制限に引っかかるつもりはない様子で言う。そして、きちんと論理で捻じ伏せようとしていることが伝わってくる。次にどんな推理を持ってくるか一巡目の時よりも予想が出来ない。


「時間制限って言い訳はこれで互いになくなったな。負けるときは間違えた時だ」


 久乃は言いながら一息を吐いた。


 これで攻守一巡した。一週目にも関わらず二人でいくつもの選択肢を消してしまった。このまま赤のカードを切り続ければ負けることはないが、考えられる可能性は一気に消えた。でも、黒のカードを切ったとしても引き分けにできずに真実が否定される可能性は消えていないままだった。


 久乃は白い烏がいないことを証明するように自らが真実だと思う推理に反証が存在しないことを見つけ出せずにいる。


 依頼人一人を置き去りにしたままゲームは熱狂的に続いていく。真実に辿りつくには目の前の探偵が黒のカードを切るしかなくなるまでゲームを続けなければならない。

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