解決編 4 共犯

「それでは後攻、久乃様、カードをお書きください」


 高野の指示に従って久乃はペンを手に持つ。

「さて、どうしようか」


七海の推理がルール的に問題ないと分かった時から、次の推理を決めていた。ただ、どうやって書くと良いかとなると悩んでしまう。さっきの七海が書いていたように横書きで書いていく。

 この推理に時間制限で三分以内に反証できなければ強制的に敗北になるルールが必要だったから、今のところ策は成功しているが、これに対して反証されると一気に手が無くなる。


 それでもこれによって無数の可能性を排除することが出来た。あとは数回往復するだけで事件の真相まで辿りつける。

 久乃は一度ペンを動かすと躊躇うことなく書き切った。


「最初の攻撃はよく出来ていた。間違えさせるための攻撃に加えて、相手は考えていた推理を潰すことが出来る。そして、そのまま押し切ろうという寸法だ」


 自分でもよく対応できたなと久乃は内心で思う。五人が別々の原理で犯行不可能だったとすれば初手で詰まされていた可能性もある。


「それはどうも。そろそろこの戦術は禁止にした方がいいと思うけれどね。私があまりにも強すぎるから」


 七海の言葉に高野は肩を竦めるだけだった。森慧も全く気にしている素振りは見せなかった。この戦術だけで負ける探偵にこの舞台に立つ資格はないのだろう。


 森慧は七海が推理を披露した後、二人は一瞬顔を見合わせていた。七海は一つでも多くの推理と反証をこの賭場の支配人のためにしていた。明らかに異常な関係だった。手記よりも目の前の出来事の方が理解できなかった。


 確かなことは久乃のためにも依頼人のためにも引き下がることはないことだった。


「さっきの推理をそのまま利用させてもらうとしようかな。攻撃というのは一番されたくない行動をするものだ。だから、こっちも相手が嫌がることをしようと思う」


 相手が一つずつ確かめられないように多重推理を行い、時間制限で押し切る。ペンを手から放して右手でカードを手に持った。


「さっきの推理が成り立たない原因は五人の誰もが自ら課した制約に縛られていた。それならその制約に縛られない方法を考えればいい。ここまでくると大体予想できるだろう?」


「共犯関係ね。そうだね。可能性は一つずつ潰していかないとね」


 七海は全く推理に驚いている様子はなかった。その様子に久乃は唇を噛むのをこらえて続ける。


「その通りだ。今から全ての五人の共犯関係について否定してもらう」


 全ての共犯関係、五人の中で二人の犯人がいれば自分が実行できない殺人をもう一人にさせることが出来る。この全ての可能性を三分間で一つずつ否定するのは原理的に不可能だった。


「まずは全ての可能性を列挙しようか。スクリーンに映すことはできるか?」


 久乃は高野に尋ねる。久乃は七海の推理で時間を使っている時に舞台の色々な道具を見ていた。七海のように道化になる気まではないが、推理に対してはきちんとするつもりでいた。


「メモを映し出すことは可能です」


 スタッフの一人が両手で大きく丸を作って見せる。スタンバイが出来た様子だった。館の見取り図なんかを映し出すのに使われていたのだろうとなんとなく久乃は予想する。


「それじゃあお願いしようか」


 スクリーンがメモの画面に切り替わる。


「最初に共犯が二人の場合だ。この時は五行で相生の関係と相剋の関係で共犯関係が成り立つ。数えるのを簡単にするために灯紗は必ず犯人になるとしよう。その場合、相生の場合、共犯は橙莉となって、灯紗が流季を殺害できないこと、橙莉が錦花を殺害できないことを考慮して二通りだ。そして相剋の関係の場合、流季は殺害できないので錦花を共犯にして、四通り考えられる。灯紗が主犯の場合を考えたので五人が主犯の可能性を考えると合計で三十通りだ」


 七海の推理もどうかと思ったが、自分の推理も大概だと思いながら述べていく。さっきの反証は五行の相剋の関係についてしか述べなかった。論理的に矛盾していれば負けるため、この推理と後の推理を成立させるために他に反証があったとしても意図的に述べないようにした。


 七海自身は五人の全員が相剋となる関係以外の殺人について実行可能であることしか述べていない。他にも反証はあったが、排除しなかった理由は後の推理のためだろう。論理的に破綻しないように全ての発言を記憶しなければならない。


「まだ終わりじゃない」


 久乃は余白のないスクリーンを見ながら言うと、今の内容が小さくなって、新たに書き込める空間が空いた。観客たちは三十で満足したような表情をしていた。共犯関係は二人以上についての言葉だ。


「今度は共犯が三人の時を考えようか。この時は相生の関係が二つと相剋の関係が一つ、相生の関係が一つと相剋の関係が二つと場合分け出来る。

 それで前者の場合だと、先ほどの関係を無視するためには六通りの可能性が存在して、後者の場合だと十二通り存在する。二つのパターンについて三人の選び方は五つあるので合計で九十通りだ。


 最後に四人だ。四人が共犯であるときは犯人でない一人を選ぶ五通りのうち成り立つ可能性が二つあるので合計十通りだ」


 少し遅れて、スクリーンにも全ての可能性が映し出された。

「この中に真実がないか三分以内で探してくれ。ないのであれば全て否定してみてくれ」


「藤堂が目にした五人の死体はどうやって説明をするんだ?」


 七海が質問する。


「共犯関係があったとしても自分が殺せない人間を殺してもらった後に裏切ればいい。そして自身の死体はさっきの通り生贄の死体を使った。そうすれば、死体は五つ残る」


 久乃は答えた。この推理は七海が推理に用いた情報をそのまま用いた。それ故に反証として死体の真似をすることが出来ないという理屈は使えない。前の推理の論理が破綻することになる。


「なんということでしょう。最初に五つの推理を披露された久乃はカウンターで百通り以上の推理を同時に展開した。確かに先ほどの推理の問題点は全て解消している。七海はこれにどう答えるのか」


 高野はマイクを強く握りしめながら言うと会場は盛り上がる。


「いい推理だ」

「多重推理の極致っ」

「一つずつの推理を述べろ」


 観客たちは久乃に賛否両論を投げつけられる。久乃は観客席を見ると森慧は微笑んでいた。今回の推理はお気に召してくれたらしい。


 即興でデタラメを考えるのは全く楽ではなかった。七海の推理からアドリブで考えたが、言葉にしながら少しでも間違いがないか不安で仕方なかった。


 今は心臓が高鳴っている。


 その一方で目線を横に向けるとうつむいた依頼人がいるのを気の毒に思う。今は明らかにゲームのプレイヤーとして真実に辿りつこうとしていない。七海が黒のカードを手に取るまで攻めるしかない。一つの共犯関係だけ述べなかったのは返した手番でそれ以外の共犯関係全てと言われかねないからだ。それを続けていけば久乃が先に推理のアイディアが枯渇してしまう。



 七海は目を閉じて考え始めるが、その顔に焦りはなかった。さっきの久乃と同じように自分の推理に間違いがないかを確かめ終わり、どの範囲まで述べるかを考えている様子だった。


「質問だけど、あなたは一つずつ全てきちんと考えた?」

 七海は尋ねる。


「ええ、勿論。探偵としては当然のことだ」

 久乃は堂々と嘘をついた。


「へえ、それならペンを握って書き切るまでの間が短いね。百個もパターンがあるのにね」


 七海は既に久乃の仕掛けに気が付いている様子だった。

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