解答編 2 五重推理

『カードには五人のうち誰かが犯人』


七海の提示したカードにはそれだけが書かれていた。


「えっ?」


 あまりにも歯切れの悪い推理に久乃の口から漏れる。


「私はこの事件の推理は出来ないと推理した。なぜなら五人のうちだれもが犯人でないことを否定できない」


 七海は首を横に振ったが演技めいていた。初対面でこんな表情を見れば少しばかり信じたくもなるが、七海玲理がどんな人物であるかと知っていればこれが嘘であることはすぐに分かる。


「一人ずつ、証明していこうか。今回の事件の問題は錦花の部屋の密室トリックだ。それさえ解いてしまえばただの連続殺人事件だ。密室を構成した理由も極めて簡単だ。ただの時間稼ぎだ。密室とか色々な要素を散りばめて複雑に見せているだけで大したことはしていない」


 久乃は七海の意図を理解した。このゲームは真実らしい嘘をつかなければならないゲームであり、可能性を広くとることによって真実が含まれるように仕向けている。


 久乃はここで五人のうち全員が犯人でないことを証明できないと負ける。チュートリアルなんてものはなく、最初から全力だった。そして、このゲームがどんなゲームであるかを再び突き付けてくる。


「容赦がないな」


 久乃が小声で言うと七海は自信のある表情で推理を展開していく。


「そしてどうして五人が死んだと思ったのかというと、この事件で登場した死体は五つだった。従って、最初の生贄の死体を最終的に自分の死体として偽装することで五つの殺人を成立させた。錦花の密室さえ解決すれば全て終わり」


 その推理であれば生贄の死体が消えたことに関しても説明がつく。逃げ出したと思った生贄は最後の山火事で五人の一人の死体として扱われることになる。


「最初に灯紗の場合ね。彼女は錦花の部屋で鍵を見つけていた。本当は自分が持っていたものを部屋にあったものとして嘘を吐いたとすれば密室を作ることが出来る。その後は順に殺害していけばいい。灯紗は全ての事件にアリバイがない。これは手記の中でも語られていた通りでもっとも驚きのない結末よ。


 次に流季が犯人の場合、錦花の部屋に入った時、彼女は死亡していなかった。錦花の食事に睡眠薬を混ぜて起きないようにして扉を開けさせた後に、様子を確認する振りをして首を刺した。その後は、灯紗の場合と同じように一人ずつ殺した。毒殺は演技だった。倒れて体を震わせるなら難しくない。


 塔那が犯人の場合は密室の解決方法は鍵のかかっていない扉に鍵がかかっているふりをした。自分の死体は生贄の死体を山に持ってきた後に殴ったのよ。顔が判別できないようにね。


 橙莉が犯人の場合は部屋に潜んでいた。朝食の時に誰も見ていないのはそういう理由、その後、騒動に紛れて館を出て館の外で首を絞められたように倒れていた。前もって首に傷を化粧で書き込んだ。手に傷がなかったのはそこまで思い至らなかったから。


錦花については刃先の欠けたナイフを背中につけて刺さったように装っていた。血は初日の夜に出した鶏肉のニワトリの血を使った。脈を一時的に止めて誤魔化せばその後は自由に行動ができる。その技術がないことは本文の中で明記されていない。だから成立する」


 無理のある推理だった。普通の推理小説であれば可能であったことを示すために証拠があるが、このゲームでは否定できないことは全て肯定される。そして否定の材料は今までに語られた内容の中から出なければならない。


「ヒントとして入れ替わりが不可能であることは使えない。弥子の背格好は着物を着ていたから分からないけれど、特殊な描写がないから一般的な体形であると言える。五人の体形も同様にだから可能性だけは残されている」


 会場に拍手が響く。観客たちはこれを待っていたかのように愉快に探偵の推理を聴いていた。依頼人だけが静かに二人の探偵から答えが出るのを待っている。


 確かに生贄と五人が入れ替われないことを示す文は一文もない。

 事件が解決した程度では勝負にすらもならない。


 事件が解決されたような雰囲気だったけれど、七海は間違いなく赤のカードを手に取っている。観客の様子からは七海がどのカードをとったのかは分かる気配はない。


 暴論だったが、この事件の問題となるのは密室トリックであり、それさえ解決してしまえば順番に殺人を実行するという趣旨は間違っていない。


 拍手の音は続いている。久乃も一緒に手を叩き始めた。


「どうしたの。私の推理が素晴らしかったの?」


 七海の問いかけに久乃は素直に頷いた。


「多岐亡羊というところだろう。大量の嘘の中に真実が一つ含まれるかもしれない。砂漠の中で砂金を探すようだ。砂金は投げ込まれていないかもしれないにも関わらず」


「よくわかっているね」


「ちなみにルール的に問題はないのか?」


 久乃は高野に尋ねるとすぐに頷いた。

「もちろんありません。時間にも限りがあるのでテンポよくいきましょう。ダメな推理は次々消していかないと」


 高野は答えた。森慧も何も言わず座っていたため問題ないということだった。


「誰も反対する人がいないなら仕方がない。でも五人をどうせ犯人として挙げるのなら一人ずつ交互にやれば先攻後攻も入れ替わらない」


「この物語にはもっとたくさんの可能性がある。こんな狭いところで議論をしていても仕方がないからね。推理は自由だ。そして思いつく限りのことを全て述べてから最後に真実に辿りつくのが一番いい」


「本当にいい表情をしているよ」


 外の世界では一切見たことのない表情だった。七海玲理は探偵として完成されていた。


「それで私の推理に反証がある?」


「少し考えさせてほしい」


 久乃は腕を組んで目を閉じる。

 探偵は全く真実に辿りつく気がない。


「いきなりの攻撃に新人は何もできずに負けるのか」

「おいおい、しっかりしてくれよ」

「何が奇想天外の叙述家だよ。少し期待したじゃないか」


 誰もが口々に好きなことを言う。この会場の何人が七海の推理を否定することが出来るのだろうか。否定できないにも関わらず怒っている人もいるのだろうと思いながら久乃は観客席に目を向けることはなかった。


「本当に何度このゲームをやればこの戦法が思いつくんだ?」


 久乃は呆れた顔で言う。


「もしかして時間を引き延ばして考える時間を稼ごうとしている。素直に負けを認めるのは早い方がいい。私たちの人生には限りがある。参考書に分からない問題があった時、君はすぐに答えを見る人間だと思っていたけれどね」


「五つも推理を否定しなくてはならないこっちの身にもなってほしい。真相を推理しない探偵なんて初めてだ」


「真実というものは他の仮説の否定の先にあるの。どんな迷路もスタートからゴールを結ぶ道は一本道だけど、偽の選択肢によって迷路となっている。私はいつも思うの。真実を言い当てるだけの探偵には意味がない」


「つまり、真実に辿りつきたければ全てを否定する必要があると」


「ええ、二人で迷宮を抜け出しましょう。あなたが手を離さないでいられるならね」


 七海は頷く。


何人もの人間がこのゲームで真実に辿りつけたのだろうか。全ての可能性を排除しきることなんてできるのだろうか。

 久乃はそんなことを考えながら手元の赤のカードの枚数を数えたけれど赤のカードは束になっていて数え切れなかった。


 主催者は無数に嘘を望んでいることが読み取れる。七海の言葉はもっともだった。真実のためには他の可能性を消すしかない。


 ただ、それをゲームとして行う必要はあったのだろうかと考えると時間が過ぎていく。

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