問題編 8 捜索

 それから逃げ出した生贄を探したが気配さえも見当たらないまま時間が過ぎる。木々に閉ざされた山は五龍殿に続く道から外れるとすぐに迷い込みそうになるため、捜索の範囲は限られる。ここに来る道までは龍宮家によって整備されていたが、それ以外は手を付かずのまま残されている。


 館は三叉路の中央に位置しており、滝と祠と吊り橋がその道の先にある。藤堂はその道を行ったり来たりして滝の前に立った。滝の隣には大きな平たい岩があり、この場所で死体を投げ込む儀式が行われる。滝の流れは激しく向こう側へ泳ぐことは到底出来そうにもなかった。


 滝の周辺は比較的見晴らしがよく人がいる気配はしなかったので、戻って祠の周辺を探すことにした。通路として整備されている道は細く道であることを認識していないと通れると思えないような道だった。


 生贄となった弥子は小柄ではあったが、近くに身を潜めることが出来そうな場所はなかった。三人は武器になりそうなものを館から持ち出して山を歩いているが、ただ、風で木が揺れる音と滝の音しか聞こえない。



「今度は探しているのね。何か足跡のようなものはありました?」


 振り向くと塔那がいた。黄色の着物に似つかわしくない革で出来た足袋を履いていた。手には武器として斧を握っていた。自衛としては過剰であり犯人に対する殺意は明らかだった。服には枯れ葉が付いていてさっきまで山奥に入っていたことが分かる。


 唄の順番であれば次に狙われるのは彼女であったが、まだ犯人の手にはかかっていない。


「いいえ、気配さえもありません。全くどこにいるのか」


 藤堂は首を横に振った。生贄は神輿で運ばれてくるため靴は履いていない。枯草で草履でも編まない限り人の足跡があれば間違いなく生贄であると判別がつく。


「一体どこにいるんだ。私たちは山の奥に入って調べているのに全く気配がないのはあり得ない。この地の周辺についてはあなたも知らないはずでしょう?」

 塔那は少し苛立っていた。身内を殺害されて、その上このまま逃がしてしまえば一族がどうなるか分からない。その不安が表に出ている。


「山の中に隠れ家を作っている可能性はあるでしょうか。生贄が運び込まれる前にどこかの洞穴にでも食料を持ち込んでいるのでしょうか」


「そんな洞穴はない。もしあったのであればきっと記録されているはず。私たちはこの儀式を成功させるためだけにこの地に関係する色々なことを教えられているの」


 塔那は断言した。だからこそ三人は戸惑っているのだろう。


「吊り橋の向こうに逃げたなら橋を落としてしまおうか」


 塔那は吊り橋の向こうを見る。


「それは同意しかねます。儀式が終わったとしても帰れなくなってしまいます」


「そんなことはしないよ。生贄が吊り橋の向こうに今いるのなら、吊り橋を落としてしまえば殺すことができないじゃないか。それこそ私たちの身に呪いが降りかかってしまう」


 塔那の言葉は全く冗談には聞こえなかった。生贄がもしもこっち側にいるのだとすれば彼女は迷わず橋を落とす。


「食事に関しても飲まず食わずでどうやって体力を維持しているんだか。地中にどんぐりでも埋めておいたのか。何か埋めておいたのだとすれば掘り返したような跡が残る。足跡を消す歩き方もあるが、完全に消す方法なんてない」


「もしかして狩りに心得でもあるのですか?」


「もちろん、この毛皮は私が狩った鹿のものだ。私はあいにく動物からとれたものしか身に着けない」


 塔那は羽織っていた毛皮を藤堂に見せた。積極的に犯人を探しているのも獲物が斧であるのも犯人と遭遇しても勝つという自信の表れだった。


 腕時計を確認すると十一時を過ぎていた。守らなければならない時間まであと一時間しか残されていない。


「私は一度、戻ろうと思います。ここまで探して見つからないとなると館に入り込まれているかもしれません。最後の一時間は館の中を探した方がいいでしょう。それに手伝いが一人で無事かも確かめておかないといけません」


「私も一度戻ることにしようか。何かあった時に私もいた方がいいでしょう?」


 塔那は肩を回しながら言う。


「心強い限りです」


 五龍殿に入ると他の二人はまだ館に帰っていなかった。食堂では早希が昨日取った山菜を下拵えしていた。館からずっと煙が出ていたから彼女は一歩もこの館を離れていないことは明白だった。


「ずっと料理をしていたのね。本当にたくさんの山菜を調理してくれている」


 塔那は感心している。籠に盛られた山菜の量も取り除かれた食べられない部分もずっと作業していなければ説明できない量だった。


「はい、無事であることを確認するために炊事場で火を絶やさないようにと言われていたので」


「それは良く考えたな。火が消えてしまえば何かが起きた合図になるのか」


「いや、緊急時は何かゴム製のものを燃やすように言っておきました。そうすると黒い煙が出ますからね。この後の掃除は大変になるでしょうが」


 藤堂が言うと早希は頷いた。


「それで誰かが出入りしたような音はしなかったかしら?」


 塔那が尋ねると早希は首を横に振る。


「誰も通っていません。私はずっと火を見ていたので集中で気が付かなかっただけかもしれませんが」


「ありがとう。そうなると一度も館から出ていない可能性もありそうね」


 塔那は藤堂に顔を向ける。建物の図面では隠し部屋はないかもしれないが、寝台の下や扉の影など死角に潜んでいる可能性を否定できるほどこの館は調べられていない。


「探してみましょうか。あなたは部屋で待機していただいてもよろしいですか。火が焚かれていても建物中からは確認できないので鍵をかけて籠ってもらっていてもよろしいですか?」


「分かりました」


 早希は竈の扉を閉めて火を消した。


一人ずつ階段を上ると塔那は藤堂を待たずに捜索を始めた。


「本当にどこなんだ。全く。この館のどこに隠れられるんだ」


 塔那は隅々まで顔を覗き込ませて探る。顔に汗をにじませて焦りがうかがえる。普通であれば疑うことのない場所も疑っている。藤堂も塔那と同じように探そうとした瞬間に先に呼び止められた。


「無事でいてくださいね」


 早希は藤堂をまっすぐに見ていた。


「あなたも」

 

 鍵は針金で容易に開けることはできない作りになっているが錦花の事件では意味をなしていなかった。


「ええ、隣には心強い塔那様がいらっしゃるから私としては安心していますよ。問題は夜です。この館に残る決断をすることになれば不利になります。出来れば太陽があるうちに決着をつけましょう」


 藤堂は塔那の探した箇所をもう一度調べるが、隠れられそうな場所は残っていない。錦花と橙莉の部屋は事件が起きた時のままであったし、三人の部屋は鍵が掛けられたままだった。


 藤堂は自分の部屋に一度入ったが、部屋が荒らされている痕跡はなかった。


「倉庫とか鍵がなくても入ることが出来る場所を確認したけれどいなかった。本当にどうやって人が隠れているんだ?」


 塔那は溜息を吐いた。約束の時間が迫っていた。館の外に注意を向けたが、誰も未だに戻ってこない。そして、塔那は最後に調べられていない三階の部屋へと向かった。

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