10 Contracts are the most important. ―えっ、今から入れる契約があるんですか―
「あの、そろそろ放してもらえると嬉しいんだけど」
「もうちょっと、もうちょっとだけ……ふへへすべすべお手てやで……」
握手したが最後、リセイアが離れなくなった。
べつに握手くらいどうということもないが、そろそろ一〇分くらいこのままなのはさすがに勘弁してほしいミコトであった。
「ほら、まだ買い物終わってないから行こうよ……」
そうして何度目かになる説得を試みた時のことである。
『イ~ッツショーターイム!』
前触れもなく街中のいたるところに空間投影モニターが出現していった。
道行く人々がざわめきながらモニターを見上げていると、すぐに一人の少女が映し出される。
どこかで見たことのあるサイバーパンクな和風衣装をまとったその少女は、まずくるりと回ってから優雅に一礼した。
『親愛なるスィーパーの諸君~! 今日も元気に
「いや誰ぇ……?」
イザナギ絡みということはあの『アマテラス』の仲間だということまではわかる。
それにしてもノリが天地ほども違っていることよ。
ミコトたちが混乱している間にも訳知り顔の通行人たちが歓声を上げていた。
「おっ、チャンダヨ様だ。ってことは今日は戦争あるんだな」
「どこのカードだろう。オッズ情報チェック忘れてた」
「こうしちゃいられねぇ! 酒だ! 俺は飲んだくれるぞーッ!」
なんのこっちゃ。
『これからフィールドに出撃予定のスィーパーはさっさとお仕事行くんだよ! そうじゃない暇人どもは寄ってらっしゃい見てらっしゃい。楽しい楽しい『
「なんか賑やかなことになってきたな」
「へぇ、街にいるとこういうイベントがあるんだ」
ミコトもリセイアも初めてフォールンフォートに来たためにわからないが、周囲の反応を見るにそれなりの頻度で起こるイベントなのだろう。
「面白そうだし、チェックしてこうか」
「はーい! 戦争かぁ、なんだかすごそうだね」
リセイアがモニターに気を取られている間にやんわりと手を引き抜いてから、ミコトも並んでモニターを眺める。
『それじゃあ本日の対戦カード紹介、行ってミヨウ! 防衛側がフィールド『サイレントウッド』を支配する
「フゥー! 祭りじゃ祭りじゃぁ!」
『いいねぇ盛り上がってるネェ? 今回の契約内容はお馴染み『
「いよっお大尽! それでこそAクラスだ!」
「金の燃える音が聞けるぞー!」
観客たちのテンションは留まるところを知らない。
モニターの中ではオモイカネが短いスカートを翻してポーズを決めていた。
『解説実況はもちろんこのあたし、オモイカネチャンダヨ! それじゃあ開戦はこのあと一〇分後! 暇人諸兄はいまのうちに準備よろしく!』
「ッシャ任せろー!」
そうしてモニターからオモイカネの姿が消えたところで、道行く人々が戦闘中も斯くやという勢いで走り出した。
いったい何が起こっているのだろうか?
呆然と取り残されたミコトたちに横合いから声がかかる。
「ハァーイ! そこのお二人さん、戦争見物のお供に『タイマービール』はいかがー?」
慌てて振り返れば、野球場にいるようなビール売りそのまんまなスタイルのお姉さんがジョッキ片手に微笑みかけてくる。
「えぇビール? ああいや、俺未成年なんでダメっス」
「私も……フーン、ミコト君もまだなんだ……」
「おっと、それは失礼。
「ちなみにタイマービールって何? ビールとタイマー関係あるの?」
ちょっと気になったので聞いてみれば、お姉さんが腰に手を当て話し出した。
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました! こいつは飲めばしっかりビールののど越しや酩酊感を味わいつつ、タイマー式で決まった時間にバッチリ酔いが覚める! まさにVRならではのスペシャルアルコールなのだ!」
「そこまでして飲みたいもの……?」
「もちもち! 契約戦争の観戦にこいつは欠かせないって皆いってるさ! あ、もちろん成人済みの奴らね。だけど
「そこまでして飲みたいんだ……」
「時が来れば君たちにもわかるよ! それじゃあまたね!」
ひらひらと愛想よく手を振りながら、売り子のお姉さんは行商に戻っていった。
声を張り上げればすぐにそこかしこから客がやってきては、ビールを注がれたジョッキを片手に歓声を上げている。
「何とも色々な遊び方があるもんだねぇ」
「お酒は良くないけど、飲み物はあってもいいんじゃないかな。あそことかどう?」
見れば街の一角にシチズンが経営する喫茶店があった。
今しもそそくさと店先にテーブルを並べて、いかにも観戦に便利ですというサービスを始めているのはなかなかに商魂のたくましさを感じる。
そのうち一席を借りながら、ミコトとリセイアは適当に注文する。
すぐに炭酸飲料と、焼き菓子を山盛りにされた籠が運ばれてきた。
もちろんVRなので実際に腹が膨れることはないが味や食感はしっかりと感じられる。
食事はVRにおける鉄板人気コンテンツなのだ。
「うーん、初めての買い物が菓子になるとは。このゲーム別に空腹度とかそういう要素ないのに」
「まぁいいじゃん、美味しそうだし。お先にひとつもらうよ」
美味しそうにクッキーをつまむリセイアを見ていると、細かいことを気にしているのがバカらしくなってくる。
ゲームなのだからその時その時を楽しめばいい。
ミコトもどっかりと椅子にもたれかかりながら炭酸飲料を傾けた。
『ヤッホー! 時が来たヨ! 皆、準備バッチリオッケーダヨねー!?』
「オッケーイェーッ!!」
喝采と共に掲げられるビールジョッキ。
タイマービールは売れ行き絶好調のようで何よりである。
というかそのおつまみ類はどこから出てきた。
『それじゃあ現地の様子を中継ダヨ! あちこちのモニターでいろんな角度から映してるから、皆好きなモニターを探してネ!』
中央の最も大きな空間投影モニターに両陣営の陣容が映し出される。
『八王子水没同好会』のロゴが描かれた、大地に佇む超巨大陸上戦艦
対する『火消しの天然水ウォーター』側には、宙に浮かぶ超巨大船があった。
ともに周囲には数えるのも億劫になるほどの装甲ヘリが、IBを吊り下げて飛んでいる。
「なぁんじゃあのデカブツども」
『地上にある方がタイタン級陸上戦艦『オオヤシマ』、宙にある方がタイタン級飛行母艦『カグヅチ』です。共に、スィーパーが建造可能な施設のうちでは最大級のものとなります』
「つーかあんなもん作れるならもう宇宙に脱出したらいいのでは?」
『扱いの上ではスィーパーに属する資産であり、我々に没収する権利はありませんので』
「っス」
確かに、ここでいきなりイザナギが目的を達成したので宇宙に脱出してゲームサービス終了です、などと言い出されたら困るのはミコトたちプレイヤーである。
建前上はまだまだ開拓中でいてもらったほうが何かとマルい。
「ねーねータマ。契約戦争って敵相手じゃなくて人間同士で戦うんだね」
『はい。基本的にスィーパー同士の戦闘はアマテラスより禁じられているのですが、同時にスィーパー同士で競い合いたいという要望が根強いことも把握しております。その息抜きとして行われる『互いの合意の下で行われる大規模模擬戦闘』が、この契約戦争なのです』
「模擬戦闘なら仕方ないね」
ミコトも一戦やらかしているから知っているが、プレイヤー相手に戦うのは何かと面倒くさい縛りがある。
あくまで模範的なスィーパーでありつつ対人コンテンツがやりたいものは契約戦争、フィールドに乱入したいものはバンディッツに行けという住み分けなのだろう。
「ああいうデカブツも売り物なんだよな? どこで買えるんだ」
『要塞系施設は師団会を結成することで取引窓口が解放されます』
「専用コンテンツかぁ。ちなみに自作するのは?」
『最も小型の輸送ヘリやトレーラーの中には技術情報が解放されているものもありますが、先ほどのようなタイタン級要塞群ともなればイザナギにしか建造できません』
「お値段」
『オオヤシマ、カグヅチともにおよそ一億ePになります』
「マジかよそんなもんぶつけあってんの!? もうアホじゃん、アホのお祭りじゃん!」
まさしく行きつくところまで行き切った廃人たち用のエンドコンテンツ。
とはいえ巨大要塞同士をぶつけ合うような戦闘をやりたくないかと問われれば、間違いなくやりたいに決まっている。
【Hey Hey! 戦闘許可領域内に入ったヨー! 両陣営とも早速の
モニターの片隅ではオモイカネが大はしゃぎで実況だかツッコミだかわからないものを飛ばしまくっており。
繰り広げられる激しい戦いに、ミコトたちはいつしか見入っていったのだった――。
――★――★――
タイタン級飛行母艦『カグヅチ』が滑るように進み出る。
各所に設置されたミサイルセルが口を開き、無数のミサイルを吐き出した。
対するタイタン級陸上戦艦『オオヤシマ』も同じく、これでもかとばかりにミサイルを打ち上げる。
同時に対空砲がヤケクソじみた勢いで迎撃を始めた。
一瞬きの間に空は噴煙に霞む曇り模様へと変じ、雨の代わりに弾丸が吹き付ける。
ミサイル同士、あるいは迎撃によってそこかしこで爆発が花開いた。
小手調べの結果は互いにほぼ無傷。
【祭りの始まりにゃやっぱ派手な花火が必要ってもんダヨ! さあてアイサツも終わったところで愉快な仲間のエントリーだ!】
立ち込める煙を吹き飛ばし、ご機嫌に前進するのは装甲輸送ヘリ群である。
たちまちに迎撃の火線で視界が埋め尽くされる。
何機ものヘリが火を噴き爆発して墜ちていった。
火だるまになったヘリが墜ちる前に荷物を切り離す。
バラバラと落下してゆく巨人たち。
強化躯体専用拡張機甲装備――イモータルボディが大地に降り立ち、自らの足で走り出した。
【花火大会も風情がある! でぇも! やっぱ主役はお前ら! IBでぶつかってこその戦争デショ!】
挑戦側のIB群が爆走する。
それを見た防衛側もIBを展開し始めた。
どいつもこいつも
人型かどうかも怪しいくらいに膨れ上がった化け物どもが、ありったけの火力をぶっ放す。
【誰が呼んだか通称、『こんにちは、死ね
空からはバラバラとヘリの残骸が降り注ぎ、地上からは荷電粒子の光が伸びる。
スラスターを吹かして不用意に飛び上がったIBが要塞からの攻撃を浴びて火だるまと化す。
その間にも空ではミサイルが流星群よろしく飛び交っていた。
挑戦側IBが戦線を押し込み。
瞬間、オオヤシマから放たれた破滅の光がIBどもをまとめて消し飛ばした。
大口径荷電粒子砲の光はそのまま空中のカグヅチめがけて伸び、電磁シールドによってあっさりと吹き散らされる。
【やはり火力こそが大正義! 薙ぎ払え要塞砲! なお要塞同士では効かないものとする】
潰し潰され、資源が燃え資金が燃え残骸で大地が埋め尽くされてゆく。
しかし幾体の屍を積み上げようと、戦場からIBの姿がなくなることはない。
【ここには命知らずしかいないのかー!? そりゃそうだ、スィーパーはどいつもこいつも気軽に黄泉の国から還ってくる! 代わりに被害総額はガンガン行こうぜ! 見よ、
何故なら、タイタン級要塞群は内部にプライベートアーセナルとほぼ同等の機能を有しているのだ。
何度だって
この戦いを終わらせる方法はただひとつ、被害総額が許容限界に達することのみ。
なんという不毛さ。だからこそ面白く――。
IBたちの潰し合いを横目に、タイタン級要塞同士も激しく争っていた。
ミサイルは開幕から垂れ流し状態だし、火砲という火砲がひっきりなしに弾丸を撃ちだしている。
無敵に思える要塞だが、弱点はある。
IBとは違ってタイタン級要塞は戦場での修復ができない。
巨体ゆえ目立たないが、徐々にダメージは積み重なっているのだ。
そうしてより大きな被害を受けていたのは陸上戦艦『オオヤシマ』だった。
特に対空設備の被害が深刻であり、目に見えて防御力が落ちてきている。
【ああーっとオオヤシマ、そろそろ息切れか! 火線の切れ目は命の切れ目! 対空防御が弱まるとこわいこわーいアイツがきちゃうゾ!】
満を持して、カグヅチから数機の特殊IBが出撃する。
【来たヨ! 来たヨ『テスタメント』! 命知らずの先頭走者、勝利への片道切符を先に切ったのは挑戦側ダァ!!】
それは異様なIBであった。
不必要なまでに重ね着された重装甲に、ともすれば本体よりも巨大な武器へと換装された右腕。
絶望的な機体バランスを、スラスターの出力任せで強引に駆ける。
【防衛側も気づいた! させじと肉壁で迫ってゆく! ここば踏ん張りどころだ! 止めろ止めろォ! さもなきゃ火を灯されるゾ!】
させじと防衛側IBが押し寄せた。
積載限界まで積み込んだ火器を景気よくぶっ放しながら、自爆特攻上等で突っ込んでゆく。
しかし挑戦側もさるもの、的確に防衛側の行動を邪魔し続けていた。
時に射線に割り込みその身を盾に、『テスタメント』を守り抜く。
無数の残骸で舗装された道を『テスタメント』がひた走る。
そうしてついにタイタン級陸上戦艦までたどり着き――。
減速せずに激突したと思った瞬間、地上に太陽が出現したかのごときまばゆい火球が生み出された。
【たーまやー。炸裂してしまったぁ! 威力は高いが自分も耐えられない、何度見ても頭のおかしい欠陥兵器ダァ!】
『テスタメント』、俗に聖火ランナーなどとも呼ばれる、このIBが携える武器は『
タイタン級要塞の常軌を逸した装甲を貫くべく限界を超えて威力のみを追い求めた結果、己の耐久力すらぶっちぎり使えば絶対に自分も消し飛ぶという欠陥兵器である。
気軽にリスポーンできるスィーパーならでは(?)の兵器といえよう。
とはいえその威力は
タイタン級陸上戦艦の装甲に見事に大穴が開くと同時、防衛側の被害総額がごっそりと上乗せされた。
タイタン級要塞はこの戦場で最も強く、同時に最も高額なのである。
【祭りも大詰めダ! さぁ駆け込め駆け込め、あとは踊らにゃ損々♪】
陸上戦艦にあいた大穴へと、ここぞとばかりに挑戦側IBが殺到する。
瀕死の要塞が最後の抵抗とばかりにあらゆる火器をぶっ放し、時にその巨大な履帯でIBを引き潰す。
もはやIBも要塞もない、ただただ凄惨な潰しあいの時は過ぎ、ついにオモイカネが高らかに宣言した。
【被害総額、到達ーッ!! 双方、戦闘停止コードをポチッとナ!】
同時、それまでの激戦が嘘のように静寂が訪れた。
IBのみならず装甲ヘリや要塞の攻撃までもぴたりと停止する。
火器だけでなく移動までロックされ、その場で待機することしかできなくなる念の入りようであった。
【そいじゃ現地、いってミヨーゥ!】
モニターからオモイカネの姿が消え、直後に戦場のど真ん中にタイタン級要塞を越える巨大な立体映像となって出現する。
オモイカネがこれまでとは打って変わった厳かさで人々に告げた。
【恒星間移民船『イザナギ』管理知能補佐、『オモイカネ』がここに契約の満了を確認した】
互いの被害総額が表示される。
三億ePの被害に先に到達したのは――。
【防衛側、『八王子水没同好会』が既定の被害総額へと到達。よって此度の契約戦争、勝者は挑戦側、『火消しの天然水ウォーター』!!】
沈黙した兵器たちに囲まれ、静寂のうちに戦いの幕は下りる――。
――★――★――
「……いやいやいやいや、本気で戦争じゃん」
『模擬戦です』
「っス。要塞もIBもアホほど壊れたけどね!」
戦場とは打って変わって、ここフォールンフォートは最高に盛り上がっているところだった。
ビールジョッキが飛び、賭けのチケットが舞い散る。
こっちのほうが地獄めいてるんだが?
馬鹿騒ぎを横目に、ミコトはふぅと吐息とともにコップを置いた。
胸が騒ぐ。
見ているだけでもこんなに興奮するのだ、現地にいればどれほどのものか。
観戦の間に飲み物も食べ物もすっかりと空になった。
ほとんどリセイアが飲み食いしていた気がしないでもないが、それはそれ。
「なぁ、契約戦争って師団会でしか参加できないのか?」
『正確には師団会を結成した上で五名以上のスィーパーが所属し、なおかつ拠点となるいずれかの要塞施設を保有していることが最低条件となります』
「あっス。けっこうハードル……高いっスね……」
リセイアを巻き込めたとしてもたったの二人。
彼に他の知り合いなどいない。
『自ら師団会を結成せずとも、既存の師団会に参加するという方法もあります』
「それはナシだね。なんだかつまらないよ!」
(せっかくミコト君と二人っきりなのに! 邪魔者死すべし!)
急にリセイアが身を乗り出してインターセプトしてきた。
ミコトはやや身体を引きつつ、意見自体には頷く。
「そういうの、後から入るのってちょっと気後れするよな。どうしても」
「うん、うん!」
だからなぜそんなにリセイアは嬉しそうなのか。
「だけどいずれ自分でも契約戦争に参加したい……って来たかぁ」
ちょうどその時、お馴染みの長時間警告さんがミコトの視界を遮っていた。
「うーん、また限界まで長居してしまった」
「ミコト君もこのゲーム、ハマってるんだね」
「まぁね。それじゃあリセイアさん、悪いけど一足お先に戻らせてもらうよ。今日は一緒に遊んでくれてありがとうね」
立ち上がったミコトに、リセイアが慌てて尋ねる。
「あの! ミコト君! ……また、一緒に遊ぼう?」
ここまで好き放題にしてきたわりに、ずいぶんと自信がなさげである。
それが何だか面白くてミコトはふわりと微笑んだ。
「IB作る手伝い、してくれるんだろう? ちゃんと約束したからな。また連絡するよ」
「うん! いつまでも待ってるから……」
「いやそんな大仰な」
それからフレンド登録をかわし、リストの一番上にリセイアの名前が登録される。
「それじゃあまたね」
手を振りながら、今度こそミコトはログアウトしてゆき――。
――現実で目を覚ました途端、
「結局、装備何にも買ってないじゃん!」
その上、
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