9 Why don't you come and play with me? ―彼氏と彼女の戦場―


「だったら待ち合わせしよう絶対にしようフォールンフォートのどこがいいかなあっタマがさイザナギの前が定番らしいってじゃあそこでいいかないいよね準備してから向かうから絶対に待っててね!」


 一息にまくしたてて通話が切れた。


「は……はい」


 ミコトはもはや映す者のいなくなったウインドウに返事してから首を傾げる。

 いったい街での買い物にどんな準備が必要だというのだろう、現実とは違ってここはゲームだというのに。

 お金にしたって、プライベートアーセナルに貯蓄されたePはアマテラスを経由してそのまま街中で利用可能らしく、全くの手ぶらでだって何の問題もないのだ。


「まいっか」


 とりあえず、さっさと行って待っている間にでも欲しいものを考えておけばいい。


「そもそもねーいい加減飛び道具が初期ライフル一丁ってのはきっついよねーそうだよねー。やはり有力候補はミサイル系、または安定の手榴弾、もしくはガトリング砲とか……欲しいじゃん」


 ぶつぶつとつぶやきながらポータルゲートをくぐる。

 プライベートアーセナルへの出入りは全て専用のポータルゲートを経由して行われる。

 こうしてどこの街からでも直接、自身のプライベートアーセナルへと移動できるということらしい。


 ゲートから出ればすぐ目の前に地面に突き立った超巨大構造物、恒星間移民船『イザナギ』があった。


「そういやフォールンフォート、最初の街なのにいまさら初めましてなんだな」


 ゲームを始めてからこちら、ずっとフィールドとプライベートアーセナルを往復するだけの日々だった。

 それ自体は楽しいからよかったものの、最初の街すら歩いたことないのはさすがにどうかという気がしなくもない。

 リセイアのお誘いは彼にとってもちょうどいいタイミングだったといえよう。


「おお……カワイイ。キャラメイク気合入ってるな」

「見た感じ始めたてっぽい。部隊コマンドパックに誘ってみようか」

「むしろうちの師団に入ってくれないかなぁ……うちむさ苦しくて」

「……?」


 そんなこんなつらつらと考えながらほけっと待っていたミコトは、ふと視線を感じて周囲を見回した。

 とたんに周囲の者たちが気まずげにさっと顔をそむける。


 リセイアが定番だと言っただけあって、イザナギの前には結構な人数がたむろしている。

 どこかのフィールドに向かう前に部隊を募集している者、ミコトのように街に繰り出そうとしている者、単に賑やかなところのいるだけの者。

 そんな中にぽつんと佇む美貌の少女(?)の存在はかなり悪目立ちする。


 中には声をかけようとした蛮勇の持ち主もいたのだが。

 彼らが動くより先に、颯爽と歩いてきた長身の人影がまっすぐに声をかけていた。


「お待たせ! すぐにわかったよ、ミコト……君……だって」

「あ、来たんだねリセイアさ……ん?」


 聞き覚えのある声に振り返ったミコトの視界を大質量物体が塞いでいる。

 一瞬相手を見失った彼がおそるおそる視線を上げれば、そこにはウインドウ越しに見たことのあるリセイアの顔があった。


(……でかい)


 まず目につくのがその背の高さ。

 彼女の頭の位置は、ミコトより丸々一つ分は上にあった。


 とはいえちょっと予想外ではあったものの、それ自体は慣れたこと。

 何せ人生が小柄なミコトにとって、友人知人の背が高いことなど日常茶飯事だ。

 彼にとって会話とは見上げながらかわすものだと言っても過言ではない。


 しかし一点、男友達相手とは決定的に異なるところがある。

 彼女より頭一つ分は背が低いということはつまり――ミコトの頭の位置は、ちょうど相手の胸辺りに来るということであり。


(……でかい)


 何がとは言わないが、ちょうど彼の眼前に目の毒が鎮座していた。

 さすがに口に出すほど彼も迂闊ではない。


「……きゃ」


 そんなミコトの懊悩など知る由もなく、凍り付いたように動きを止めていたリセイアはリセイアで小刻みに震え始めていて。


「きゃわいいっ!!」


 突然再起動を果たしたかと思えば、彼女は猛獣が獲物に飛び掛かるよろしく抱き着いてきたのである。


「んぎゅっ」


 止める暇も有らばこそ。

 リセイアはそのまま、ミコトの周囲数cmに張り巡らされた透明な壁によって押しとどめられていた。


「!?」


 驚いたのはミコトも同じ、しかしだいぶ意味合いは異なる。

 彼の目と鼻の先で透明な壁に押し付けられ、むぎゅっと変形する大質量の凶器。


「…………ッ」


 自制心の限りを尽くし、健全な一八歳男子の視線を吸い込むブラックホールから目を引きはがす。

 その間にリセイアはといえば、透明な壁にへばりついたまま不思議そうに目をぱちくりとしていた。


「か、壁……ッ!?」

「……うん、セクハラ防止機能だね。とりあえず通報、いっとこうか?」

「ちょまっごめんなさい許してくださいもうしませんあまりにも可愛らしくてつい出来心だったんですどうかどうかお許しを……!」


 リセイアはマッハで飛び退り、綺麗な直角に頭を下げた。

 セクハラ通報はマズい。

 仮想世界VRへの没入技術が普及してより、直接の接触を伴うハラスメント行為には様々な対策が取られるようになった。

 同時に罰則も定められており、明確に防止機能を発動させたうえでの通報となれば言い逃れ不可の一撃BANは確実である。


「冗談だって。まぁ、……変なことはしないようにしよう」

「はい……」


 なぜかミコトもすこし気まずげである。

 そうして腕を組み見上げてくる彼がまた可愛らしすぎて、リセイアの表情がだらしなく緩む。


 思わず頭を撫でそうになって彼女は慌てて思いとどまった。

 さすがにさっきの今でもうワンナウトはアウトすぎる。

 まだ退場したくはない。


「それじゃあリセイアさん、さっさと買い物行こっか」


 これ以上ややこしくなる前に、ミコトは歩き出した。

 すぐ後ろについたリセイアがのぞき込んでくる。


「リセ! どうぞリセとお呼びください! 今ならリセち、リセぴ、どれでも可!」

「リ セ イ ア さ ん。行きましょうか」

「はい……」


 とぼとぼと歩き出し、すぐに気を取り直す。


(ほぉうん……見れば見るほど可愛い……)


 目の前でミコトの小柄な頭が揺れているのがみえる。


 伸ばして束ねられた後ろ髪を指でもてあそびたい。

 耳をくすぐり、囁きかけてみたい。

 今すぐ撫でたり抱きしめられないのが不満で仕方ないが、ぐっと飲み込んだ。


(ふふふ……知ってるから。この手のセクハラ防止機能アーマーは任意で解除できるってことを……! この先仲良くなっていっていけば……いずれはッ! いずれはァッ!!)


 心中の絶叫をおくびにも出さず、リセイアは表向きにこやかにミコトの後を追ったのだった。



 ――★――★――



 恒星間移民船『イザナギ』がこの惑星『アシハラ』へと墜ち、最初に作られた街『フォールンフォート』。

 大地に突き立った『イザナギ』そのものを中心として円状に広がる形で街が形作られている。


「で、中心付近はいわゆるNPC系の施設が多くて、外周部はプレイヤーに解放されてるらしい」


 リセイアがミタマモジュールからの受け売りをあれこれ説明してくれた。

 準備とやらの間に調べたのだろうか。


「ふーん。そういやNPCもイザナギから起こされたのかな? もともとこの星にはいなかったわけでしょ」

『周辺の施設を運営しているのは『シチズン』たちです。肉体の強化を行わない『基準躯体オーディナリーボディ』を与えられた、いわゆる元々の人類と同じ存在になります。彼らの役目は街のインフラの維持であり、この惑星『アシハラ』への入植そのものにあります』

「なるほどねぇ」


 ミコトの疑問に今度はミタマモジュールが答えた。

 いわゆるNPCはそういった扱いらしい。


「それでミコト君、どこで装備見る? NPCは主に未改造のデフォ装備を扱っているらしいし、より強い装備が欲しければ外周部のスィーパーズマーケットにいけって。そこだとプレイヤーメイドの強化された装備を取り扱ってるらしいよ」

「いい装備って意味ではプレイヤーメイドだけど、たぶん値段高いんだよね」


 それは当然、プレイヤーが手ずから仕上げた装備が店売りより安かろうはずもない。


ePお金にそんな余裕があるわけじゃないし買うのはNPC売りだろうね。それはそれとして市場調査ってことで、スィーパーズマーケット覗きに行くのはどう?」

「賛成!」


 そのほうが長くうろつけるので嬉しい、とリセイアは心中で呟きながら歩き出した。


 二人はそろってフォールンフォート外周まで向かう。

 さてスィーパーズマーケットとはどのようなところだろうと楽しみにして来てみれば。


「……屋台だね」


 立ち並ぶいかにも急造じみたビル群――の手前に、粗末な屋台がずらりと並んでいた。

 それらはどう見ても屋台としか表現のしようがない。縁日かな?

 しかし売っているのはたこ焼きでも焼き鳥でもカステラでもなく、巨大人型兵器イモータルボディの装備なのである。


「なんというかもう少しこう、雰囲気を大事にですね」

「これが一番お手軽なお店らしいよ」

「そうだね値段はすべてに優先するね……」


 未知の惑星に墜落した恒星間移民船、そこに急造された街――そんなむせ返るようなSF臭の中でお出しされる縁日よろしくの屋台街。

 頭おかしなるで。


「こういうのもMMOらしいっちゃらしいか。大事なのは売り物だからね」

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


 屋台のひとつをのぞき込んでみれば、いかにも定型な受け答えが返ってくる。

 よく見れば、屋台の店番をしているのはスィーパーPCではなくシチズンNPCのようだった。


『販売許可を取得する際に、シチズンと契約し店番を委託することができます』


 そりゃあプレイヤーがわざわざ屋台の店番をするのも無駄というもの。

 こういうサービスも必要になるだろう。


「もちろんIBの装備を。何か強そうなの見せてください」

「ではこちらをご覧ください」


 ミコトが空間投影されたウインドウを眺めていると、横からリセイアものぞき込んできた。

 彼女としてはぺったりとミコトに密着したかったようだが、セクハラ防止機能を思い出し密かに断念したとかなんとか。


 そうして眺めている二人の表情がどんどんと渋くなってゆく。


「そりゃ高額たかいとは覚悟してたけど……想像以上なんだけど」

「改造ライフル一丁で一五万ePもするんだぁ」

「普通に予算オーバーっス。あっス。ありあっス……」


 メニューにはいろいろな装備が載っていたが、どれもこれも想像より一桁は高い値札がつけられている。


 確かに提示されたスペックは高く、魅力的ではあった。

 しかしシンプルに無い袖は振れない状態の二人はそそくさと引き下がるしかない。


 それから何軒かの屋台を覗いてみたが、どれもこれも似たような値段だった。

 皆、市場調査くらいはする。そう簡単に掘り出し物なんぞ転がってはいない。


「さすがに手が出ない。全財産はたいたところで銃のひとつも買えないとはね」

「なしてこんな高いわけ?」

『それは彼らが販売しているのが武器そのものだけでなく、製造ライセンスまで含んでいるためです』

「ほん?」

『そもそもIBの装備というのはフィールドの戦闘によって失われる可能性があります。その度に買いなおしていたのではまともな運用など望めません。そのため設計図と製造ライセンスを同時に販売することで、購入者がプライベートアーセナルで製造可能となるのです』


 途中まではほけっとミタマモジュールの説明を聞いていたミコトが、突如としてカッと目を見開いた。


「設計図も!? ってことは装備を解析できる!?」

『残念ながら答えは『いいえ』です。設計情報はシステムによってロックされており閲覧できません。またライセンス上許可されているのは複製のみ。解析及び再改造は特別な場合を除き、基本的に不許可です』

「ええ~! じゃあもっと強い武器とかほしくなったらどうするのさ」

『自分でいちから設計するか、新たな装備を購入してください』

「ふんむぁ」


 ミコトは腕を組んで考え込む。

 確かにこのライセンス方式ならば作り出した装備が簡単に真似されることなく、手に入れるには買うしかない。

 つまり利益的な観点では利点がある。しかし――。


(おそらくだけど、このライセンスシステムが機体構築の難易度をあげる要因のひとつになってんじゃ? 元々難しいうえにノウハウの共有がなされないんじゃあ、そりゃどっかで行き詰まるって)


 作れる者はどんどんと作り続け、自力で何とかできないものはマーケットで大金はたいて手に入れるしかない。

 二極化が進んでゆくことは簡単に予想できるし、実際にそうなのだろう。


(バンディッツ野郎の言いぐさじゃないけど、こりゃ構築者ビルダーの囲い込みが進むわけだよ)


 優秀な設計ができる構築者を身内にいれる利点は計り知れない。

 それに同じ集団の中であれば切磋琢磨も可能になるのだろう。


 その時ふと、脳裏に引っかかるものがあった。


(んん? バンディッツ野郎だって? 待てよ、でも俺サーベラスファングを解析できたぞ? ってことは、撃破してしまえばライセンスを無効化できるってことで……なんてこった! そりゃあバンディッツが完全新造機フルスクラッチボディ持ち出してくるわけだよ! もしかして俺ってかなり貴重なチャンスを蹴り飛ばしてしまったのでわ!?)


 ミコトが一人愕然とした様子で立ち尽くしていると、隣でリセイアがのんびりと首を傾げた。


「そうなんだ。ミコト君は自分で武器とか作りたいのかい?」

「ん? あ、ああ。武器というか自分だけのIBをね。むしろそのためにこのゲーム始めたまであるよ」


 実際に作ろうと思えば色々と困難が待ち構えているわけだ。

 リセイアはしばし考え、頷いた。


「そういうのって全然気にしたことなかったな。じゃ、じゃあミコト君……もしよかったらなんだけど。ミコト君が装備を作ったら、私にも使わせてくれない?」

「へ。えーと、それは……どうなんだ?」


 考えたこともない質問だった。

 そもそもミコトはモデラーであり、自分の望むカタチを作り出すことだけが目的なのである。

 そうして作ったものに対して『使う』という概念が付随することを完全に失念していた。


(そうか……作ってから、俺以外の誰かに使ってもらうってことも全然あり得るんだよな)


 それこそスィーパーズマーケットのように。

 ミコトがぼんやりと考え込んでいると、それを何か勘違いしたのかリセイアが慌てて言葉を継ぎ足す。


「あっ、使うだけだと厚かましいよね。安心して、ちゃんとお金は用意する。それと、これからミコト君のお手伝いをしよう! フィールドで一緒に戦ってもいいし、資源集めでもいい。もちろん他にも、できることなら何だって! どうかな?」


 リセイアはどうよとばかりに堂々と胸を張る。

 いやちょっとそのポーズは何とは言わんががあるので遠慮していただいて。


(もしかして、これって……俺の作品を待っていてくれてるってことで)


 脳裏をよぎるかつての記憶。

 苦労して、工夫して作ったプラモデルを喜び勇んで玩具屋に持ち込んだ時。

 店主のおっちゃんは我がことのように完成を喜び、丁重な手つきで店先に飾ってくれた。

 そうして言ってくれたのだ。

 『弥詞みこと君の作ったプラモデルを、もっと見たいなぁ』と。


 作ることはそれ自体が楽しいこと。

 さらに誰かに見てもらうことはもっと、とても嬉しいこと。


「……うん、ありがとう。俺、これから色々作ろうと思ってるからさ。リセイアさんの分も作るよ。まだどんなものができるかわからないけれど……ひとまず」


 ミコトはすっと手を差し出し。


「これから、よろしくね」


 リセイアは差し出された手を穴が開くほどガン見してから、ガッチリと両手で掴み返した。


「ふつつか者ですが、今後ともよろしくお願いいたします……」

「それは何か違う」


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