ガールミーツボー……イ?

7 Fate approach encounter. ―運命接近遭遇―


「どうして……」


 何が悪かったのだろう。

 『媛森ひめもり 莉瀬りせ』は、もう何度目かも忘れた自問を繰り返した。


 高校を卒業し迎えた春休み。

 大学という新たなステージに進む前の自由時間を満喫すべく、莉瀬は友人との旅行を計画していた。

 彼女を誘ったグループはふたつあった。

 それは別にいい。

 彼女は予定を調整し、それぞれと旅行にゆくつもりだった。

 いわゆる卒業旅行なのだ、忙しないくらいでちょうどいい。

 目いっぱい遊びまわってくるつもりで家族の了承も得て、後は旅行当日を迎えるだけだった。


 雲行きが変わったのは、彼女を誘っていたふたつのグループが互いにいがみ合っていると知った時だった。

 話を聞いてみれば驚くかな、衝突の原因は莉瀬を取り合ってのことだという。

 困った話ではあるが、それだけならばまだマシだった。

 最悪なのは、バレたことで開き直ったのかそれぞれのグループが自分たちとだけ旅行に行ってもう片方はキャンセルしろと迫ってきたことである。


「どうして。そんなことできない!」


 莉瀬にとってはどちらも大切な友人たちなのに。

 しかしどれだけ話し合っても平行線。

 刻一刻と迫る旅行の予定デッドラインを前に結局、莉瀬は両方の旅行をキャンセルするしか決着の方法を見つけられなかった。

 それからさらに必死こいて残る友人たちで旅行にゆくよう説得して。


 結局、さんざ苦労した後に残ったのは何の予定もなくなった春休みだけだった。


「どうしてこんなことに……」


 疲労とがっかり感のダブルパンチでぐったりとうなだれていた莉瀬を家族が労わる。


「なんつうかお疲れだな。今から予定入れるのも難しいだろ、気晴らしにゲームでもどうだ?」


 そうして彼女に同情した兄がお下がりの没入型仮想現実DiVR機器をくれたのである。

 ひと昔前の機種ではあるが性能は十分。

 たまに借りて遊んだこともあるそれで、素直に遊ぶことにした。


 それにしても楽しい思い出作りのはずが一人寂しくゲーム旅行とは。

 平和の代償とはかくも空しいものか。

 いや、そもそも揉めていたのは彼女以外の人間なのだが。


 さておき。


「れぞねいてぃっど……すふぃあ?」


 お下がりのDiVR機器には、兄が遊んでいたのであろうゲームパスが登録されたままだった。

 タイトルから調べてみれば仰々しいゲームジャンルが目に飛び込んでくる。

 ひとまず、いわゆるロボアクションゲームだということだけは理解できた。


「まいっか、どうせ暇は有り余ってるしね」


 自嘲気味につぶやく。

 確か、友人たちの中にこのゲームを遊んでいた者はいないはずだ。

 ならばちょうどいい。

 少しばかり身内のゴタゴタから距離を置きたかったこともあって、彼女は一人新天地へと飛び込んでゆくことにした。



 ――★――★――



『おはようございます、スィーパー。私は恒星間移民船『イザナギ』の管理用人工知能、『アマテラス』。あなたのお名前プレイヤーネーム教え入力してください』


 サイバーパンクな味付けをされた和風衣装を着た美少女キャラ、『アマテラス』が莉瀬を案内する。

 その姿は立体映像であるようで時折輪郭が揺らいでいた。


 それよりも目を惹くのはゲームらしく大胆にカットが入った裾周り、その奥から覗く色白なふとももである。

 AIキャラらしい可愛らしいデザインも合わさってなかなかの眼福だ。


「ふぅん。たまには知らないゲームもいいかもね」


 傷心旅行としては悪くない癒しではないだろうか?

 そんな浮かれた気分はキャラクターメイキングに現れた自分の姿を見たところでさっぱりと吹っ飛んでいった。


 媛森ひめもり 莉瀬りせ、大学入学直前の一八歳。

 女性としては高めの一七八cmという身長。

 立派な双丘をはじめとして出るべきところは出ており、ぱっと見に男性的な印象はないというのに。


「……はぁ。ホント、どうしてなんだろうね」


 それがなぜ友人うちでの取り合いなどということになったのか。

 最初こそ面倒見の良い性格から世話役的ポジションだった彼女。

 それが次第に変化してゆき、高校に入るころにはすっかりと『王子様』扱いになっていた。 


 受け入れたのが良くなかったのかもしれない。

 彼女自身、小柄で可愛い友人たちに囲まれて浮かれていたのは否定できない。

 とはいえ、まさかそれが友人同士での取り合いにまで発展しようとは想像だにしていなかった。

 ままならないものである。


「これ以上は止めよう」


 莉瀬は首を振って気持ちを切り替えた。

 塞ぎこむためにゲームを始めたわけではないのだから。


 これ以上落ち込まないためにキャラメイクはそこそこで切り上げた。

 伸ばしかけの髪の毛を思いっきりロングにして、派手なオレンジグラデをかける。

 これだけでも相当印象が変わる。

 顔立ちなんかは現実と変わりないが特に構うまい。


 そもそもゲーム中で知り合いに出会う可能性は低い。

 もしかしたら兄がいるかもしれない、くらいなのだから。


 かくして莉瀬はスィーパー『リセイア』となって、惑星『アシハラ』の大地へと降り立った。


『あなたの使命の遂行に期待します、トラブルスィーパー。いってらっしゃいませ』


 アマテラスに見送られ、おっかなびっくり巨大ロボット――イモータルボディIB『ハクウ』へと乗り込む。


 彼女とてVRアクションゲームのひとつやふたつは嗜んだ経験がある。

 しかし自分の身体を動かすのではなく、わざわざ巨大人型兵器に乗り込んで操るというゲームスタイルは初めてだった。


 そうして最初こそ奇妙に思えたものの、やってみるとなかなかどうして面白い。

 巨大な腕がこれまた巨大な銃火器を構え、重い発砲音とともに弾丸を放つ。

 それは押し寄せる醜い怪物へと突き刺さり破壊を巻き起こした。


 トリガーグリップを握る手に力がこもる。


「……どうして」


 しつこい敵は光り輝くプラズマの刀身で焼き斬る。

 爆発し錆と化してゆく敵性存在エネミーといっしょに、心中に澱むフラストレーションまでも吹き飛んでゆくようだった。


「どうしてこんなことになるわけ!? 私だって皆と旅行行きたかったのにッ!!」


 敵性存在は引きも切らず押し寄せる。

 リセイアの操るハクウは大暴れし、その尽くを破壊していった。


「ふぅ。こういうの、けっこう気分いいかも」


 今まで接したことのなかった種類の爽快感である。

 ゲームの難易度は低くなく、最初のステージをクリアするだけで何度もゲームオーバーになったものだが、巨大なボスをぶった切った時の快感は苦労を支払うだけの価値があると思えた。

 ありていに言って彼女はレゾネイティッドスフィアというゲームにハマり始めていたのである。


「どうせ休みの間は何の予定もないわけだしね! いくら遊んでも問題なし!」


 後ろ向きな積極性に背中を押され、リセイアは新たなフィールドへ向けてがむしゃらに駆けだしてゆく――。



 ――★――★――



「『タマ』、次のステージはどんな感じ?」

『たま……? ゴホン。マスター、それでは次のフィールドについて紹介します』


 ロボット――IBハクウに搭載された人工知能、『ミタマモジュール』の『タマ』に案内され、リセイアは『ドランケンシャフト』へと足を踏み入れていた。


『このフィールド以降は他のスィーパーと部隊コマンドパックを組むことができます』

「どうやって組むのかな。どこかでお誘いを待った方がいい感じ?」

『他のスィーパーへ直接交渉しても構いませんし、空きのある部隊へとオートアサインすることも可能です』

「へぇ、そういうのがあるんだ。じゃあオートでお願いしようかな」


 初心者である彼女はミタマモジュールに勧められるまま、オートアサインを承諾し――己の運命と直面する。


『アサイン完了。部隊パックメンバーとの通信を接続します』

「はーい。初めまして。さっき始めたばかりの初心者です、パーティ入れてくださ……」


 モニターの片隅に開いた通話ウインドウにメンバーの顔が映し出される。

 リセイアが口を開きかけたまま固まった。


 最初に目に飛び込んできたのは大粒の瞳。

 まるで宝石のようなそれがまん丸に見開かれてゆき。


「んへぇ!? ミタ丸! オートアサインってソロしてても来るの!?」

『はい。ソロとはシステム的に空きのある部隊として扱われますので。それとマスターは特に部隊への参加拒否を設定しておられません』

「そういうのは最初に言って欲しかったなぁ!」


 形の良い唇が慌てたように言葉を紡ぐ。

 それに伴って揺れ動く絹糸のようになめらかな髪。

 艶のある黒髪にワンポイントのメッシュが映える。

 その下で顰められた眉すら形よく、ぱっちりとした瞳を抜群に引き立てていた。


「えぐかわ……」

「んん?」


 思わずつぶやき、愛らしい瞳が疑わし気に細められたのを目撃したリセイアは慌てて口元を押さえた。


(えっちょ待って無理なにこれ無理こんなえぐカワイイ人いるいや落ち、落ちつこう落ちつけ! これはゲーム! あれはプレイヤー! つまりキャラクリのすごい上手い人かもしれない! しれない!!)


 深呼吸。よし落ち着いた。

 ちょっとばかり好みドストライク二〇〇km/hストレートにブチ抜かれて致命傷だっただけ、何も大したことはない。

 リセイアはにこやかな笑みを浮かべて話しかけた。


「何かお困りかな? お嬢さん」

「……ええと俺、男ですんで、そういうのは結構です。それじゃ失礼しま……」


 ヤバいドン引きされた。


「待って! 待ってくださいごめんなさい違うんです今のは弾みなんです別に下心とかないです当方女性ですご安心ください!!」

「むしろ何一つご安心できないんだけど」


 もうダメだ、ウインドウの表示ごと引かれてしまっている。

 このままでは逃げられてしまう!

 リセイアは脳みそを全速全開で回し、一〇八周してようやく着地点を見つけた。


「えほん! あの、私『リセイア』といいます! 今日始めたての初心者です! よろしければ一緒に遊びませんか!!」

「あ、はい。俺は『ミコト』です……うーん、パックかぁ。考えてなかったんだよね」

「ほう……」


 じっとりと目の細められた悩む表情までもが、とてもそそる。

 リセイアは思わず緩みそうになる頬を気合いで引き締めた。

 これ以上相手を警戒させるわけにはいかない。


 もういい、キャラクリ名人だろうと何だろうと構うものか。

 今ここにカワイイがある、それ以上の理由は必要ない。

 傷心中の自分には、この極上のカワイイこそが運命なのだ!!


 その時、彼女の茹で上がった脳みそに一筋の光明が閃いた。

 曰く、押してダメなら引いてみるべし。


「ごめんなさい……いきなりパーティに入るのってもしかして、良くなかった?」

「ああいや、そんなことない。ちょっと予想してなかったから慌てて、こちらこそゴメン」


 ヨシ! 手ごたえありだ。

 リセイアは心中に蛇のごとき表情を押し隠し、表向きにはアルカイックなスマイルを固定した。

 長きにわたって友人相手に表情筋を舐めてもらっては困る。


「せっかくだし、良かったらこのゲームのこと色々教えてほしいな」

「言って俺も初心者なんでそんな詳しくないよ。でもまぁそうだね、部隊もいずれは組んでみようと思ってたし。よろしくね」

「イヨッシ……! ンンッ、ゲフンゴホン。こちらこそよろしくお願いしますッ!!」

「なにか早まった気がする」


 ミコトの顔を映すウインドウがまたすすっと引いてゆき、リセイアは慌てて口元を引き締めた。

 油断すると色々と漏れ出しそうになる。

 今まで鍛えに鍛えてきた表情筋を総動員し、彼女はいかにも無害そうな笑みを取り繕った。

 いつまでもつだろうか。


 これが友人相手であれば既に髪のひとつでも撫でながら語りかけているところである。

 さすがに初対面、しかもゲームの通信越しではそれも不可能。

 後の楽しみに取っておこう。


(そういえばこのゲーム、ロボット降りて遊ぶのってできるのかな?)


 リセイアはその辺もよくわかっていないことに気づいた。

 何せゲームが始まって以来ずっとIBで戦っている。


(後でタマに確認せねば。そして彼女……いや違う彼、か。彼と街へお買い物に……チッ! お買い物スポットとか全然わからない不覚! マップが欲しい……いや待て。向こうも初心者だっていうし一緒に散策デートすればいいんだ! いぞ! やぁってやれ私! 不幸とは新たな出会いのためにあったのだよォ!!)


 猛り狂う脳みそがマッハでタービンを回し欲望という推力を噴きだす。

 油断すれば飛び出しそうになる内心を鋼鉄の表情筋で覆い隠し、リセイアは戦いデートに臨んだ。


 そんな猛獣が隣にいるとはつゆ知らず、ミコトはごく当たり前の親切心からより良いゲームプレイを提案していた。

 つまりは。


「それじゃあ他の部隊の邪魔にならないところまで行こうか。ちょっとフィールドの奥の方まで進まなきゃならないんだけど、いい?」


 ガタッ。

 リセイアは思わず操縦席から身を乗り出していた。


「えっ。人気ひとけのないところで二人きり……? うん行こう。早速行きましょう!」

「やっぱ止めといたほうが良かったかもしらん」


 斯くして拭いきれない疑惑を残したまま、二機のハクウはドランケンシャフトの奥へと進むのだった。


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