6 Diligence is the way to play. ―勤勉こそ遊びに通ず―


 新たに出撃可能となったフィールド、『ドランケンシャフト』。

 惑星開拓初期から坑道として利用されていたその場所は今、イモータルボディIB同士の戦いの舞台となっていた。


「なんかすごいの来た。なにこれ?」

【見たまんまだ。しかし救援くるにしたってキツいの引いたな、ルーキー】

「ちょっと待って敵対プレイヤーに同情されるってどういうこと」


 新米スィーパーであるミコトは新しいフィールドで資源掘りでもしようかと思っっていたところバンディッツに乱入され、勧誘されたかと思えば殺されそうになった。

 まぁまぁ意味の分からない状況が、新たな乱入者によってなおさらに混迷を深めてゆく。


 荷電粒子の破滅的な光と共に現れた、新たなIB。

 ハクウより一回りは大きい重装甲と、各所に搭載された武装が威圧感を醸し出す。


【オマエ、ワルモノ。オレ、ツブス! ユクゾ『エクスカリバー』!】


 そのIB――『エクスカリバー』の背中から伸びる大型の砲身がサーベラスファングへと狙いを定めた。


【ちょいとばかし離れときな、ルーキー】

「ちょっおまッ!?」


 無慈悲な荷電粒子の光が放たれると同時、サーベラスファングが動けないハクウを蹴り飛ばし自身も飛び退る。

 直後、光の槍が地面に大穴を穿った。


 これはもしやサーベラスファングが蹴とばしていなければ、ハクウも巻き込まれていたのではないか?

 ミコトは訝しんだ。


「ミタ丸、こういうフレンドリーファイアってありなわけ?」

『もちろん推奨は致しません。しかしIBの機動性を相手どってをゼロにせよというのも現実的ではなく。黙認というのが現状です』

「ふーん」


 ミコトが何かを考えている間にも二機は戦いに突入していた。


【やぁやぁ『ゴロー』さぁん! 『バルチャーズネスト』きっての暴れん坊とこんなところで出会えるなんて! 撮れ高に感謝っスね!】

【ベラベラと説明臭い……なぁるほど、てめぇ配信してやがんな?】

【当然! 三聖剣きっての配信マシーンとは俺のこと! さぁ、大人しく今日のさいせいすうとなってくれ!】

【だから嫌なんだよてめーは……】


 サーベラスファングがそれまでとは段違いの勢いで走り出してゆく。

 二連マシンガンで牽制しながら背面に装備したミサイルポッドを起動。

 放たれたミサイルは空中で小型ミサイルに分裂し、全方位からエクスカリバーへと襲い掛かってゆく。


【『ラウンドシールド』ポーップアップ!】


 エクスカリバーの肩装甲が持ち上がる。

 盾のような形状をしたそれが自在に動き、死角を狙うミサイルを防いだ。

 お返しとばかりに右手のライフルを構える――それは重い炸裂音と共に三連発で散弾をまき散らす。


【バーストショットカノン! 面倒くせー武器を!】

【こいつ弾代たけーんっスよゴローさん! もっと当たろうや!】

【うっせゴロー呼ぶな!】

【あんたのプレイヤーネームでしょうが!!】


 二機ともにすでにすっかりとミコトのことなど忘れ去っているようで、互いに激しく戦いに熱中している。

 だから、彼は静かに動き出した。


「なるほどなぁ。それじゃミタ丸、特殊動作指定だ。両腕を使って移動したい。できるか?」

『可能です。ですが移動であればスラスターも使用可能です』

「できるだけ隠密がいいんだ」

『了解しました』


 足を失ったハクウがずりずりと腕だけで移動を開始する。

 向かう先にあったのは先ほどサーベラスファングが投げ捨てたロケットランチャーだった。


「よっこいせっと」


 円筒形の砲身と後部の角ばった弾倉で構成されるシンプルな武装である。

 ハクウの腕と五指はミコトの思う通りに動き、ロケットランチャーを掴んで担ぎ上げた。


「拾った武器ってそのまま撃てるもの?」

『確認中……ロックの類はありません、問題なく使用可能です』

「おっけ」


 ハクウは両足で踏ん張ることができない。

 うつ伏せの体勢になり、砲身にしがみつくようにして構えた。


「…………」


 二機のIBがもつれあうように駆けてゆく。

 ミコトはその動きを睨みつける。

 リズムを計る。攻防を学習し、次の動きへと想像を広げて。

 予測と推測にたっぷりと時間をかけ、彼はその時を見出した。


「今」


 放たれたロケット弾頭は狙い過たずサーベラスファングめがけて飛翔してゆき――。


【なぁんだば!?】


 瞬間、横合いから射線上に滑り込んできた背中へと直撃した。

 高威力で衝撃の強いロケット弾が炸裂し、エクスカリバーがたまらず大きく体勢を崩す。


『マスター!? 味方への攻撃は敵対行為に……!』

「いんや、俺はあくまでバンディッツ野郎を狙ってたんだ。ただあいつがタイミング激悪で突っ込んできただけ。FFは事故だからね、仕方ないね」

『…………』


 悪びれもせず答えるミコトに、ミタマモジュールの選んだ答えは沈黙だった。


【こういう撮れ高は望んでな……】

【ナイスアシストだぜ、ルーキー】


 エクスカリバーが慌てて立ち上がろうとして。

 それより早く目と鼻の先まで接近したサーベラスファングが容赦なくブレードを一閃した。


 プラズマの輝きが胴体に突き刺さり、横一文字に斬り裂いてゆく。

 『中枢部喪失ハートブレイク』――一撃死の判定を受けたエクスカリバーがゆっくりと崩れ落ち、そして爆発した。


 その様子を満足げに確かめ、サーベラスファングが振り返る。


【ルーキー、見込みあるじゃねぇか。俺を手伝うってことは仲間に……】


 話しかけられた言葉を完璧に無視して、ミコトはもう一度ロケットランチャーの引き金を引いた。

 不意を突いた一撃がサーベラスファングの左腕を直撃。

 腕ごとプラズマブレードを吹っ飛ばし使用不能とした。


【んなっ、てめ……ッ!?】


 サーベラスファングの操縦者――ゴローは思わず吹っ飛んだ左腕を確かめてしまい。

 己の失策に気付くも後の祭り。

 慌てて振り返れば、飛び込んでくるハクウがモニターを埋め尽くしていた。


「オーラバーストモード起動! 出力全開だ!」


 動力炉の冷却はとうの昔に終わっている。

 ハクウがスラスター全開でぶっ飛び。引いた左腕に燦然と輝くは掘削用装備――。


「受け止められるもんならやってみやがれッ!!」


 ――対物プラズマパイルドライバ―。

 叩きつけるように伸ばした腕の先、オーラバーストモードの恩恵を受け出力を最大化させたプラズマパイルが解放される。


 荒れ狂うプラズマの暴威が一瞬で全ての装甲を貫通。

 光の奔流が、サーベラスファングの背中から迸った。


【はは……てめ、やる、じゃ……ね……】


 ザザッというノイズと共に通信が途切れ。

 サーベラスファングが糸の切れた操り人形のように倒れてゆき、爆発を起こした。


 受け身を取り損ねたハクウがゴロゴロと地面を転がる。

 やがてオーラバーストモードの光が失われる頃には、周囲に動くものは何もいなくなったのである。


『……敵性機体エネミーボディ撃滅完了ターミネイテッド。周囲に敵性存在なし。我々の……勝利です。どういうことでしょうか、マスター』

「んー、ほら。敵を欺くにはまず味方からって言うでしょ?」

『救援を囮に?』

「いやいや人聞きの悪い。ただ、俺の救援に来たからには俺が助かれば目的達成かなって。まぁちょっと不幸な事故があったけど気にしない。それより欲しいものがあってだな」


 倒れたままのハクウが腕を持ち上げ、煙を上げる残骸を指し示す。


サーベラスファングあいつだ。先達の技術ってのを是非とも学ばせてもらわないと」

『……回収を完了しました』


 サーベラスファングの残骸がハクウのインベントリへと収まる。

 ミコトは満足げに頷いた。


「あ、あっちのエクスカリバーってのは回収しないから。そりゃね? スィーパー同士、味方の死体を追いはぎするのは良くないからね」


 囮にした挙句背中から撃ったのだから白々しいことこの上ないが、ミタマモジュールは特に異を唱えず従った。


「さあて、そいじゃ思ったのとだいぶ違う感じになったけど。ハクウボロボロだし一回帰ろっか」

『ポータルゲートジャミングの停止を確認。帰還用ポータルゲート、使用可能です』


 そうして空中に開いたゲートへと、ハクウが這いずったまま滑り込む。

 空間の歪みが閉じてゆき、一機のハクウがドランケンシャフトから姿を消したのだった。



 ――★――★――



 作業用アームがハクウを持ち上げ、整備台に固定する。

 両脚を切断されたために自力で立つことができず、アームの力を借りてようやく収めることができた。


「頑張ってくれたとこ悪いんだけど、修理はちょーっと先に野暮用終わらせてからな」


 ミコトは心の中で手を合わせておく。

 ハクウの修理はいつでもできるし。


「さてそれじゃ張り切ってサーベラスファングを調べてきましょっか。この残骸って調べられる?」

『破壊されたままの状態であれば表示できます』


 そうしてミコトの目の前にサーベラスファングの立体映像が形作られていった。

 胸には大穴が空き、左腕は半ばからなくなった残骸だ。

 しかも爆発の影響によりいたるところが欠けていた。


『稼働品に対し、再現性は三〇%程度です』

「贅沢言わないって、それだけあれば十分十分。さぁて楽しい楽しいお勉強の時間だよ」


 彼は大きく伸びをすると、サーベラスファングの立体映像へと向かい合う。

 ワキワキと蠢く手がその表面を撫でてゆき――。


 バラす、バラす、バラす。

 パーツに、モジュールに、エレメントに。

 破壊により多くを失いながらも、残った部分を舐め尽くすように調べていった。


「この状態で構造データ保存しておいて。ここに手を加えることってできる?」

『可能です。新規に構造データを作成します』

「それとハクウの機体構造も隣に表示して」


 サーベラスファングの隣にもう一体、ハクウが表示され並んだ。

 ミコトは穴が開くほど両者を見比べる。


「……あいつ、サーベラスファングは完全新造機フルスクラッチボディだ~なんて自慢してたな。確かに全然構造が違う」


 単なるハクウの改良品などではないと確かに実感できる。


「そんじゃ壊れたところにハクウから部品を移植してっと。ダメだつながらんわコレ」


 当然、構造が違うのだからそのままではかみ合わない。

 ミコトは残ったところを参考に部品を配置していった。

 

「ハクウに比べて関節が多い……だから動きが滑らかなんだ。その代わりひとつひとつは構造を簡素にしてるんだな」

「駆動部周りのこれ、大半が冷却系なのか。そういうのも注意しないといけないんだな」

「外装が動きに連動してる。ははぁ、そうして干渉を逃がすわけね」

「この構造はいいな。すごく上手い。こっちも面白いな」


 つぶさに調べ、バラし、組み上げ、確かめる。

 ミコトはひたすらに学習していた。

 そうしてバラしては作りが三周目になろうかという頃、ようやくその手が止まる。


 ぼんやりと佇む彼の中に湧き上がってゆくもの。

 もっとすごいものを、もっと素敵なものを――自分も作りたい。

 それはモデラーにとって最も根源的で、最も苛烈な感情。


「ミタ丸、部品全削除」


 一瞬でハクウもサーベラスファングも姿を消し、空白が生まれた。

 ただ機体の中枢部である『コアユニット』だけがそこに残される。


 これには最低限のコクピットや動力部、制御部が詰め込まれている。

 このコアユニットを核として機体を作ってゆくのだ。


 ふっ、とミコトが息を吸った。

 それからはただ無心に手を動かす。


 学習の次に来るのは応用。

 たった今学んだものにモデラーとして培ってきた発想を混ぜ込んで、己の手で形作ってゆく。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 彼の前には一機の機体が出来上がっていた。

 装甲がなく内部機構が剥き出しのそれはまるで人体模型のようだ。 


「……ふぅ。ミタ丸、これって製作中に動作確認できる?」

『可能です。シミュレータをビルディングサポートモードで起動します』


 立体映像が動き出す。

 しばらく歩行モーションを続けているとやはり、構造に歪みのある部分に異常が表示されていった。


「動作の速度を落として」


 再生速度が五〇%になりゆっくりと動き出す。

 マークアップ表示された部品の動きがよりはっきりと見て取れる。

 動きの流れを把握し、詰まっている部分を変更してゆく。


 ミコトは再び没頭していった。

 しだいに言葉を発することすらなくなり、ただひたすらに変更とシミュレータの実行だけを繰り返す。

 ミタマモジュールも口を挟むことなくその様子を見守っていた。


「よし! これで詰まってるところはだいたい動くはず……」


 ちょうど大きく伸びをしたところで、彼の視界をお馴染みのデカデカとした長時間警告が覆いつくした。

 そのまま後ろにずっこける。


「長時間警告くんさぁ、ちょっとは空気読んでよ」


 そこは空気を読んでいたら警告にならないのだから仕方がない。

 ミコトはもう一度大きく伸びをした。


「また限界までやってしまったとは」


 遊んでいた時間のほとんどはプライベートアーセナルに引きこもっていた気がする。

 そろそろここは第二の自室になるかもしれない。


「うし。こいつの完成はまた今度にしよう。ミタ丸、ハクウ修理しといて」

『了解しました』


 作業用アームが忙しなく動き、壊れたままだったハクウの実機を修復してゆく。

 足をまるごと交換し、装甲も換えれば新品ハクウ一丁上がりである。


「それじゃおやすみ、ミタ丸」

『おやすみなさいませ、マスター』


 ミコトがログアウトし、その姿がプライベートアーセナルから消え去った。

 主のいなくなった部屋から照明が消えてゆく。


 シミュレータ上の立体映像が最後まで残った。

 産声を上げる前の部品の塊は一瞬またたき、ふっと消え去る。


 全てが暗闇に包まれ、アーセナルは再び主を迎え入れるその時まで眠りについたのだった。



 ――★――★――



「……んの野郎!」


 目が覚めるなり、彼は乱暴に起き上がった。


 周囲の景色には見覚えがある。

 そこはバンディッツたちの拠点、『バルチャーズネスト』にある強化躯体エンハンスドボディの再生装置だ。


「ルーキーめ、やってくれやがる……」


 苦々しげにぼやきながら、プレイヤー『ゴロー』は立ち上がった。

 身体の調子は良いが気分まではそうはいかない。


 油断としか言いようがなかった。

 あのプレイヤー、見るべきところはありつつも動きは初心者の域を脱してはいなかった。

 機体もハクウに毛が生えた程度。本来ならば一〇〇回戦って一〇〇回勝てる相手だ。


「なんつう思い切りの良さだよ」


 救援機を囮にするなど、とても初心者の思考とは思えない。

 偶然ではないだろう、最初から狙っていなければああも見事にゴローの油断をつくことなどできない。


「……くく、これだからこのゲームは止められねぇな」


 そうして再生装置に腰かけて物思いにふけっていると横合いから声がかかった。


「へろへろー、ゴロー。どうしたの、あんたがリスポーンなんて珍しい」

「……フン、なんてこたねぇさ。ちいと油断したところを突かれちまった」

「あんたが油断するなんて、よっぽどの変人がいたってこと?」


 彼女はバンディッツで使用されるIBを多く手掛ける、組織きっての構築者ビルダーである。

 ゴローはそれ以上の詮索を切り上げるように、ひらひらと手を振って話を変えた。


「それより、サーベラスファングを全壊しされちまった。作り直しといてくれないか」

「はいよー。お代はいつもの口座引き落としでね」

「ぐっ……」


 完全新造機フルスクラッチボディの唯一の泣き所、それが建造費が通常より高くつくということである。

 機体を完全に失って再建造するとなれば相応のePが彼の口座から飛び去ってゆくことになる。


 バンディッツも楽なものではない。

 勝てば天国、負ければ借金地獄が待っている。


「こりゃしばらく雑魚狩りでもして稼がねーとな」


 かくしていずれどこかで誰かの悲鳴があがることが決定した。


 ここはレゾネイティッドスフィア。

 破壊と弾丸で語り合う、修羅の巷――。


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