バンディッツアタック

5 Massively Multiplayer Online. ―そういやいっぱいいたわ―


『新たに『アウターガーデン』、『ドランケンシャフト』及び『デモンズバレー』が出撃可能なフィールドとなっています』


 ミタマモジュールの表情キャラクターアイコンがぴょこぴょこと跳ねながらウインドウを並べてゆく。


「おー、一気に増えるんだな」

『フィールドレポートが開放されました。以降、出撃先のフィールドについて事前にある程度の情報収集が可能となります』

「お、見せて見せて」


『フィールドレポート:アウターガーデン

推奨IBランク:D以上

予想平均瘴気ダークフォグ侵蝕率:五〇~七五%

フィールドの混雑状況:やや混雑』


『フィールドレポート:ドランケンシャフト

推奨IBランク:D以上

予想平均瘴気侵蝕率:七五~一〇〇%

フィールドの混雑状況:非常に混雑』


『フィールドレポート:デモンズバレー

推奨IBランク:D以上

予想平均瘴気侵蝕率:〇~二五%

フィールドの混雑状況:閑散』


「グ〇グルマップかな? クチコミとか投稿したほうがいい?」

『そのような機能はありません』

「さいで。そんで、フィールドによって混雑状況がかなり違ってるんだけど理由とかわかる?」

『はい。フィールドからの資源採取の差によるものと思われます』

「資源って敵性存在エネミー以外からも手に入るんだ」

『はい。ドランケンシャフトは惑星開拓開始直後に拓かれた鉱床で、フィールド上から金属系資源が採取できます』

「そりゃ旨いのもわかる。アウターガーデンとデモンズバレーは?」

『アウターガーデンでもフィールド資源が採取できますが量は少なめです。その代わり障害物が少なく敵性存在と戦いやすくなっており、戦闘中心のスィーパーに人気があります』

『またデモンズバレーは複雑な地形になっており、敵性存在との戦闘難易度が多少高めになっています。腐食性のガスが噴き出る場合があり、イモータルボディIBへと悪影響を与えます』

「ギミック付きか、そりゃ不人気だろうなぁ」


 戦闘にしろ採取にしろフィールドギミックは邪魔になる。敬遠もされようというものだ。

 ミコトはウインドウを並べて少しだけ考えて。


「よし、ドランケンシャフトに行こう。資源掘るのって何か道具がいる?」

『対物プラズマブレードがあれば対応できますが、専用装備を作成しておくとより効率があがります』

「今作れそうな装備って何があるの」

『こちらになります』


『制式対物プラズマパイルドライバ:資源掘削効率上昇:E~Dランク』


「採用」


 即断であった。

 ミタマモジュールがプライベートアーセナルに備わった製造設備を使って資源から装備を作成する。

 ゴウンゴウンと運ばれてくる円筒形の装備を見たミコトのテンションがブチあがった。


『作成した制式対物プラズマパイルドライバをハクウの左腕部に装着しました。装備重量の増加により、プラズマブレードの使用に影響があります』

「フゥー! そんくらい必要経費! 必要経費!」

『了解しました。これよりフォールンフォートを出てドランケンシャフトへと出撃します』


 軽やかに操縦席へと飛び乗ったミコトと共に、ハクウが電磁リニアカタパルトまで運ばれる。


『リニアカタパルト、レディ。スィーパー・ミコト、及びIBハクウ出撃します』


 リニアカタパルトが吼え、お馴染みの空中旅行が始まった。

 フランキングリージョン行きより少しだけ長い滞空時間の後、目的地にたどり着いたハクウが大地を滑走する。


自動操縦オートパイロットで坑道内へ入ります』

「ほいほーい」


 ハクウが重い足音とともにぽっかりと開いた坑道の入り口をくぐった。

 坑道というからには漠然と狭い印象があったが、内部はイモータルボディが十分に動けるだけの広さがある。


「さーて、それじゃ掘ってこうか……」

【おいコラてめぇら! 討ち漏らしがこっちまできてんじゃねぇか! ちゃんと処理しやがれ!】


 ハクウのコントロールを受け取ったミコトがさっそく一歩を踏み出すと同時、通信機から歓迎の怒鳴り声が響いた。


【ちょっとくらいでグチグチいうなザコが! 文句あんならフランキングリージョンに帰れや!】

【おい無駄口叩いてないで戦え。役立たずは毒谷に叩ッ込むぞ!】

「いやっほぉうMMOやってるぅ」


 いわゆるオープンチャットというやつなのだろう、フィールドにいるスィーパーたちの愉快な通信がぎゃんぎゃん木霊してくる。

 ミコトはさっさと通信機を切ろうかと思ったが、これも情報収集ではあるかと思いとどまった。


「ちな、スィーパーが集まってるのはパーティ?」

『その理解で問題ありません。複数名のスィーパーで『部隊コマンドパック』を編成しています。部隊を組むと敵性存在エネミーの出現確率が上がりますが、同時に資源の発見確率もあがります』

「その結果がこのカオスなわけね」

『マスターはどうなされますか。一部隊につき上限三名までで、空きがあればオートでアサインすることも可能です』

「絶対荒れる元だろその仕様」


 ミコトはため息を漏らし、大騒ぎの部隊たちを避けながら奥へと歩き出した。


「ひとまず今回は見学させてもらうわ。部隊を組まずにフィールドを見て回ることはできる?」

『可能です。ですが部隊を組んで戦っているところに不用意に近づくと、敵性存在からの攻撃に巻き込まれる恐れがあります』

「注意しまーす。どこでも横取りは嫌われるからね」


 かくして何となくソロプレイになってしまった。

 人気フィールドであるドランケンシャフトはいかにもソロに向いていない。

 こんなことならあえて不人気フィールドであるデモンズバレーへと向かうのもありかも知れない。


 そんなことを考えていると、突然ミタマモジュールが切迫した叫びをあげた。


『マスター、ポータルゲートジャミングの影響下に入りました! 帰還不能! 敵性機体エネミーボディが接近してきます!』

「なんて? 敵性ィ?」


 警告と同時にリングインジケータが浮かび上がり敵の来訪を告げる。

 ミコトは状況を理解しきってはいなかったが、反射的に武器を構えさせた。


 モニター上にマークアップされる奇妙な表示。

 明確に敵と示されながらも、坑道内を爆走しながら接近してくるそれは確かに人型をしている。


【ハハッ! 今日もいるぜ、雑魚Noobどもがぞろぞろとよ! 血祭りの始まりだ!】


 強化躯体専用拡張機甲装備――イモータルボディ。


 現れた深紅のIBがぎょろりと一つ目を巡らし。

 身構えていたミコトはばっちりと目が合ってしまった。


【最初の獲物は……てめぇだ!】


 深紅のIBが左手に握った円筒形のロケットランチャーを肩にのっけて構える。

 ランチャーが火を噴き、ミコトは鳴り響くアラートを振り切るように飛来する弾頭を回避した。


「ミタ丸、IBが襲ってきたんだが!? 敵対プレイPvPってありなのかよ!」

『……いいえ。本来は人類勢力同士の敵対行為は禁止されております。違反した場合はアマテラスによる制裁措置が取られ、最悪の場合はプライベートアーセナルの使用を停止されます』

「ペナルティ重っも」


 しかし、とミコトは考える。

 それはあくまでも対処療法的な罰則であって、根本的なシステムによる禁止ではない。

 結局はプレイヤーの判断次第なのである。


「あるんだろうな、何かしらペナの回避手段が」

『遺憾ながら。イザナギから離反したスィーパーの一部が、アマテラスに依存しない拠点を建造したという情報があります。彼らは『バンディッツ』。アマテラスより反動勢力として認定、排除の許可が出ています』


 そんなことを話している間にも深紅のIBがロケットランチャーを跳ね上げ走り出した。

 逆の手に握った二つの銃口が並んだ大型マシンガンが猛然と吼える。


「詳しい話はあとにしよう!」


 ハクウが姿勢を低くして走り出す。

 数発の被弾を許しつつライフルで反撃するも、深紅のIBは危なげない動きでかわしていた。


「おいあんた! どうして俺を狙う、なんか恨みでもあんのか!」

【いいやァ? ドランケンシャフトならコマンドパックが解放されてる。だってのにわざわざソロでうろついてんだ、ボッチは食いやすいよなァ!!】

「道理っスねチクショウめぇー!」


 スラスターダッシュを挟んで動きに緩急をつけ、相手の照準を狂わせる。

 ミコトが頑張って攻撃をかわしているとミタマモジュールが告げた。


『マスター。バンディッツと遭遇した場合、緊急救難信号を送ることができます。信号を受け取った有志のスィーパーが救援に来てくれる可能性があります』

「必ず来るってわけじゃないの!?」

『手隙のスィーパーがいるとは限らないので』

「ですよねー!」


 とりあえず送るだけは送っておいた。

 その間にも深紅のIBからの攻撃は続き、ミコトは走り回って被弾を最小限にとどめようとする。


【ほぅ、雑魚のわりに活きがいいじゃねぇか。しっかりとフランキングリージョンを攻略してきた奴の動きだ。感心だなァおい!】

「敵対プレイヤーに褒められても嬉しくない!」

【だが惜しい。その腕にまともな機体がありゃあ、こんなことにはならなかったのによ!】


 深紅のIBが一息に前進へと転じた。ハクウとは機動性が段違いだ。

 距離が詰まったことでマシンガンの命中率が高まり、被弾が一気に増えてゆく。

 モニター端に表示されたハクウのミニアイコンがどんどんと警告イエローに染まっていった。


「こなくそ! やられっぱなしでいられるかよ!」


 瞬間、ハクウがオーラバーストモードを発動。

 スラスターを最大出力で駆動。

 ハクウの出せる最高速度で突撃し、プラズマブレードを抜き放った。


「初心者舐めんな!」

【そう来ると思ってたぜ、


 しかし経験者にとってその行動は予想の範疇でしかなく。

 深紅のIBはオーラバーストモードを発動すらしない。

 ただ冷静にロケットランチャーを手放すと、空いた左腕からプラズマの輝きを伸ばした。


 ハクウの振るうプラズマブレードを同じくプラズマの光刃で受け止める。

 二機の間に激しく光と火花が舞い散った。


「うっそ、ブレードって受け止められんのか! つーか充電量が!?」


 そうして鍔迫り合いを続けるほどにプラズマブレードの充電量がガリガリと減ってゆく。


【お勉強になったな、ルーキー。斬り合いには容量が重要だぜ、覚えておきな!】


 先に限界を迎えたのは当然、初期機体に近いハクウのプラズマブレードだった。


「まだだッ!」


 しかしミコトは諦めない。

 ふっと刃の輝きが消失すると同時、ハクウを全開で後退させて。


 しかし深紅のIBの踏み込みのほうがなお速かった。

 未だ輝きをたもつ光の刃が、飛び退るハクウの両足を撫で斬る。


「やっば!」


 空中でバランスを崩したハクウがもんどりうって落下する。

 両足を失い倒れ伏したハクウを、深紅のIBが睥睨した。


【安心しな。その程度のハクウならすぐに作り直せる】

「手間の問題じゃねーって」

【くく、同感ではあるねぇ】

「自分だけ御大層な機体使いやがって……」

 

 悔し紛れに敵を観察する。

 深紅のIBはハクウとは全く異なる外見をしていた。

 体形のバランスを見るに中身も異なっていそうだ。


【ほう、お前。俺の『サーベラスファング』の良さがわかるのか】

「悔しい、だけど気になっちゃう! それってこの先手に入る機体なの?」

【いいや。プレイヤーメイドの完全新造機フルスクラッチボディ……この世にたった一機のオリジナルだ】

「うおおいいなぁそういうの!」


 状況も忘れて感心していると、ふとサーベラスファングの操縦者が話かけてきた。


理解できわかるか、ルーキー。だが周りを見てみろ、どいつもこいつもハクウハクウ。知ってるか? フォートのマーケットじゃあハクウの強化パーツばかり腐るほど出てきやがる】

「見たことないけど、そうなのか。だからなんだっていうんだ?」

【完全新造機を作れる、腕のいい構築者ビルダーがいないのさ。そういうのは全部押さえてやがるのよ】


 サーベラスファングの視線がそれる。

 いったい何を睨んでいるのかはわからない。

 いずれにしろミコトにとって重要なことはたったひとつである。


「全然構わない、どうせ自分でやるんだし。お前のサーベラスファングにも劣らないオリジナル機を作ってやるからな!」

【その威勢、一週間ともつかな? このゲームの機体ビルドはクソ難しいぞ。意気込んだはいいが挫けたやつを今まで何人も見てきた。そしてハクウに毛が生えた程度の機体で満足するのさ、これでもプレイに支障はないってな】

「余計なお世話すぎ。山は高い方が登り甲斐があるんだよ!」

【……いいぜ、ルーキー。気に入った。どうだ? お前もバンディッツに入らないか】

「ぶっ殺しに来たと思ったら次は勧誘かよ……。つーか初心者に敵対プレイ勧めんな」

【だからこそだ。俺たちの仲間にはサーベラスファングこいつを作った構築者もいる。参考になるぜ?】

「ぬ ぬ ぬ」


 それにはちょっと――いやかなり心惹かれるものがある。

 確かにサーベラスファングは良い機体だ。強さもさながらデザインがイカしている。

 性能と外観を両立する作り方は学べるなら学んでみたいところだし。

 しかし、とミコトは頭を振った。


「だけどミタマモジュールをアマテラスにもらったしな。お前らとは敵対してるんだろ。俺はミタ丸を見捨てる気はないぞ」

『マスター……ありがとうございます』


 ミタ丸の声をかき消すように、サーベラスファングから笑い声が響いた。


【ククッハッ! その心配はいらねぇ。だったらそいつも一緒にこっちへ来ればいいだけだ。おい、聞かせてやれよ『アラミタマ』】

【お話し中、失礼します。私は『アラミタマ』、当機サーベラスファングの制御を担当しております。そも、ミタマモジュールの存在意義はマスターの支援でありアマテラスの従僕ではありません。我々はマスターがそう願えば、常に共に歩むことを選択します】


 ミコトがモニターを見やれば、ミタマモジュールのキャラクターアイコンが心なし力なく俯いていた。


「そうなのか」

『……はい。ですがマスター、覚悟してください。一度でもアラミタマとなればもう引き返すことはできません。なによりアマテラスが許容しないでしょう』

「そりゃそうだなぁ」

【さぁ選択しな、ルーキー。あとはてめぇの心次第だぜ】


 ミコトはふうと一息ついて。

 トリガーグリップをしっかり握りなおし、思うがままハクウに命じた。


「はぁ。覚悟とか選択とかいちいちだーっるいっての。俺はイカしたロボを作って遊べりゃあそれでいーわけ」


 そうして、両足を失い倒れたままのハクウが対甲ライフルを構えた。

 サーベラスファングが肩を竦める。


【そうかい。ま、仕方ねぇ。てめぇが選んだ結果だからな!】


 今度こそ躊躇いなくプラズマブレードを起動する。

 サーベラスファングが踏み込みと共に決着の刃を振り下ろさんとして――瞬間、行動をキャンセルして全力で飛び退った。


 ほぼ同時。

 彼方より飛来した光線がその足元に突き刺さり、激しい土煙を噴き上げる。


【ハン! ちとおしゃべりが過ぎたなァ!】

【パッパラパーンパパパパーンパパパーパーパパパーパパパーパーパー、パッパラパパッパパパパパッ】

「……は?」


 割り込むように通信機から響いてきたのは、調子っぱずれの鼻歌。

 恐るべきことにオープン回線であった。


【パッパラパーパパパーンパパパーパーパパパーパパパーパーパーン】

「この状況でフルコーラスいくことある?」

【あいっ変わらずうるっせぇバカだ……】


 こころなしかげんなりした様子のサーベラスファングがそれでも強い警戒を露わとする。

 その間に一機のIBが大地を滑走しながら現れ、叫んだ。


【いたいけな初心者をいたぶるその所業、許し難ァい! よってお天道様アマテラスに代わってこの『三聖剣トライアドライツ』が一振り、『エクスカリバー』が天誅いたそーぅ!】


 ミコトは黙って通信機のボリュームを下げた。


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