4 Welcome to my arsenal. ―俺もう武器庫に住むわ―


 自動操縦オートパイロットイモータルボディIB・ハクウが整備台へと歩みより、ゆっくりともたれかかってゆく。

 ミコトはその様子を感慨深げに眺めていた。


「ふぅむ……」


 激戦を潜り抜けたハクウは全身傷だらけである。

 特に格闘に使った手足は装甲が歪にひしゃげてしまっていた。

 よくぞ自力で動いて帰りつけたと感心するほどだ。


「頑張ったなぁ」


 初めてフィールドから生還した記念すべき機体である。

 ミコトはざらついた装甲を慈しむように撫でて――。


「さあてお楽しみはこれから。しっぽりカスタマイズしようぬぇ……」


 そのままニィっと口元を笑みの形にゆがめたのだった。


「ここに取り出しましたるは、採れたてピチピチの資源になりま~す!」

『ハクウのインベントリより各種資源をアーセナル内へと移動します。プライベートアーセナルに保管した資源は戦闘により失われることはありません』


 さっそくミコトの手元の端末に手に入れた資源の一覧が表示される。

 しばらく戦果をニヤニヤと眺めた後、彼は勢いよく顔を上げた。


「ようしカスタマイズしようすぐカスタマイズしよう。……それで、どうやって?」


 もちろん、やり方などわからなかった。

 ミタマモジュールの表情キャラクターアイコンが空中に現れる。


『順を追って説明しましょう』

「よろしゅ」

『まず、IBの構造から説明いたします。IBは部位ごとに分かれた『パーツ』の組み合わせによって成りたちます』


 ミコトの眼前に精細なハクウの立体映像が出現する。

 傷一つない機体は説明に従って全身がバラバラに分かたれていった。

 ふよふよと浮かぶパーツをアホ面全開のミコトが目で追っかける。


『大きく分けて頭部、胴体部、左右の腕部、脚部のパーツがあります。ここからさらにひとつひとつのパーツが複数の『モジュール』によって構成されます』


 ハクウの立体映像がさらに細かく分解されてゆく。

 多数のモジュールがかろうじて人型を思い起こさせる配置で浮いていた。


『例えば腕部であれば関節部を構成する駆動モジュール、外部装甲モジュール、骨格モジュール……といった具合です。さらにこのモジュールはより小さな要素、『エレメント』によって構成されます。マスターの獲得された資源とは主にこのエレメントに該当します』


 全てのモジュールがさらに小さな要素へと砕かれていった。

 無数といっていい部品が宙に舞い散るさまはまるで星空のようだ。


「すげぇ……初期機体にこんなに手間かけてんの……?」


 そんな見るだけなら『綺麗』で済む部品星座も、自分でこれから手を入れると思えば全く異なる感想が浮かんでくる。

 目を剝いたミコトはおそるおそる、宙に散らばる部品のひとつをつまんでみた。


『“Rusted”モーター』


 すぐに性能諸元がウインドウで開く。

 それを横目に部品をそっと元の場所へ戻した。


「これを……組み上げてくと。正気か?」


 大黒おおぐろ弥詞みことはモデラーである。

 その知識を生かして強くて格好いいイモータルボディを作り上げてやるぜ! ――などと息巻いていたが。


 およそすべてのプレイヤーが開始からしばらくすれば通り過ぎるであろう初期機体に、これだけの手間をかけるその執念に気圧される。

 はたして彼はついてゆけるだろうか、この狂気の一品に。


 そこで彼はひとつ大事なことを思い出した。


「そういえば外見そのものはどうやって変えるんだ?」

『形状をデザインしていただければ、装甲材をメタルプリンターから出力できます。これは外部装甲や骨格といった大型の金属部品の製造を得意としていて、出力には残滓スラグを再処理し抽出した金属インゴットを消費します』


 ざっくりとした説明を聞いたミコトは頷く。


「まいっか! ゲームからの挑戦状、確と受け取った! 習うより慣れろだ、あとは触っていけば……って、え?」


 ちょうどその時、彼の視界をデカデカとした警告が埋め尽くしてゆく。


「あっちゃあ、長時間警告か」


 ダイブが長時間に及んだため、DiVR機器から健康のため一度ゲームを中断するよう警告が入ったのだ。

 気付けばけっこうな長時間に及んで没入していたようである。

 全くそんなつもりはなかったのに、なんと危険なゲームであることか。


「これからいいところと思うべきか、ちょうどキリがいいと思うべきか。……素直に続きはまた明日にしようかね」

『お疲れさまでした、マスター』


 ゲームからのログアウトを選択したミコトはミタ丸に見送られながら眠りにつき――。

 現実世界の自室のベッドの上で、弥詞となって目を覚ました。


「ふぅ~。思ったよかどっぷり遊んでしまった」


 まっさきに外したDiVR機器を慎重な手つきでベッドに置く。何せ五〇万円なので。


「こりゃあ大学始まるまで忙しくなるぞ……」


 にっと笑いつつ立ち上がり。

 ひとまずは空腹を訴える胃腸を鎮めるべくキッチンに向かうのだった。



 ――★――★――



「レゾたまよ、私は還ってきた!」


 翌日、身の回りの準備を終えた弥詞は早速DiVR機器をかぶり、レゾネイティッドスフィアの世界へと没入ダイブしていた。

 余談ではあるが『レゾたま』とはレゾネイティッドスフィアの俗称である。ちなみに公式も用いている。


『おかえりなさいませ、マスター』


 ミタマモジュールのキャラクターアイコンと整備台に置かれたハクウが彼を出迎える。

 昨日ぶりにハクウの立体映像と向かい合い、ミコトは不敵な笑みを浮かべた。


「しっかり寝てしっかり食ってきたし、今日はガッツリやるぞ」


 立体映像をひと撫ですれば、部品が次々に展開してゆく。

 パーツからモジュールへ、そしてエレメントへと。

 空中にピン止めされたように静止するこの要素一粒一粒が、このゲームからの挑戦状といえよう。


「受けて立とうじゃないか」


 さっそく腕のモジュールを解体し、舞い散るエレメントを確かめてゆく。


「駆動はモーターとシリンダの併用で、こっちの部品はラジエーター……ってこんなの資源にあったっけ。あとはフレームが嚙みこんでて……。そういやミタ丸、このエレメントにくっついてる“Rusted”って表記はどういう意味だ?」

『その部品や要素の品質となります。“Rusted”とは最低品質、最低性能で辛うじて動くだけといった感じですね』

「全身“Rusted”だらけなんスけどハクウ……。さすがは初期機体だね……」


 ハクウの性能が足りないのもむべなるかな。

 そこは強化のし甲斐があるとプラスに捉えることにして。


「エレメントの強化ってできるの?」

『はい。低位のエレメント同士を合成することで品質を上げることができます』

「具体的には」

『“Rusted”品質の部品を八個合成することで“Rusted+”品質に。“Rusted+”品質を八個合成することで“Rusted++”品質に。“Rusted++”品質を八個合成することで“Normal”、つまり正規の品質になります』

「すいませんミタ丸さんや。結局、正規品質のエレメント一個作るのに何個“Rusted”いるわけさ」

『五一二個になります』

「オッフゥ」


 一度フィールドをクリアしてたっぷりと資源を獲得した気になっていたが、全然足りないのではないだろうか。

 というか“Normal”品質をたった一個手に入れるためですらフィールドを複数回クリアする必要がある。

 そもそも初期フィールドから手に入るのは“Rusted”品質ばかりである。

 さらに正規品質のエレメントを全身くまなく、全てのモジュールに行き渡らせようとすれば――。


「止め止め! そういう思考は善くない。慌てるな、いきなり全てを“Normal”まで持っていく必要はないんだし」


 ミコトは頭を振って余計な考えを追い出した。

 作業量を増やしすぎるのは心折れやすくなる悪手である。

 まずは地道に“Rusted+”品質へとバージョンアップしてゆこう。


「うーん……しかし内部機構から作れるとなると正直、どこから手を付けていいかがわからない」


 これがプラモデルならば悩みの方向はかなり違ってくる。

 ミコトは改造の時にも脳内設定をつける派ではあるが、その設定の機構的な正確さよりは見た目の良さを重視してきた。


「まずはそのノリでやってみるのも手か」


 少なくともうだうだ悩んでいるよりはよっぽどいい。

 かくして立体映像を矯めつ眇めつあーでもないこーでもないといじくりまわす。


「ロボットは外見命!」


 ハクウの直線的なデザインをパッキパキに分割してゆく。

 ディティールを盛りスマートさを出してゆき、気づけばハクウとはかけ離れた姿となっていた。


「これくらいかな? ひとまず改変した外装モジュールを本体に反映して……」

『注意:変更したモジュールが他のモジュールと干渉しています。解決してください』

「……ウッス。デスヨネ」


 レゾネイティッドスフィアはそれなりに正確な物理エンジンを採用している上、特に物体の当たり判定に関しては厳密だ。

 ちょっとくらいポリゴンすり抜けしてくれても、などという甘えは許されない。


 イエローカラーに染まった区域を展開する。

 外装を削り込んだり、周囲のモジュールの位置を調整してみたり。


「これでどうだ!」


 シミュレーターでハクウを動かす。

 と、直後に足がめしゃっとふたつに折れた。


『注意:強度が不足しています』

「はいやめ! 外装の変更いったん止め!」


 マッハで保存データから改造前のデータを呼び出す。

 帰ってきた質実剛健なハクウを前に、ミコトはぺったりと床に倒れ伏した。


「これはかんなり気長に付き合わないとダメかもしれんね」


 のそりと起き上がる。

 とりあえず部品類の品質上げを優先しようそうしよう。


「ミタ丸~。手持ちの資源を使って、オートで品質上げって頼めたりする?」

『可能です。バランスを維持しながら品質を上げることが可能なエレメントに対し、品質上げを適用してゆきます』


 そういってシミュレート結果を見せられたミコトはすぐに実行を指示していた。

 ハクウの各種パラメータが平均的に一回り強化されていたのだ。

 シンプルに強くなっている。やらない理由がない。


『ハクウを強化しました。機体ランクEから機体ランクDへと昇格します』

「よし、パワーアップ後の試運転といこうか」

『リニアカタパルト、レディ。スィーパーミコト、およびIBハクウ出撃します』


 大して懐かしくもないフランキングリージョンへとまたしてもやってくる。

 慣らしにはちょうどいいし、ついでに資源も稼げる。


「なぁにコレェ、つっよぉい」


 ハクウは大暴れしていた。

 エレメント単位で品質が向上した結果、駆動系の出力があがって運動性が向上している。

 さらに制式対甲ライフルを片手で構えても大きくぶれなくなっており、命中率も劇的に改善していた。


 おかげでグールドローンやグールドーザーが束になって押し寄せてきても難なく処理できる。

 前回のリトライ地獄は何だったのか。


「というか! あんだけヘビーなカスタマイズ機能のっけといて初期機体がこんな強くちゃ持ち腐れもいいところなのでは?」


 そんな疑問が脳裏をよぎりつつ、サクサクとフランキングリージョンを攻略していった。


 ――ギィギャァァァッガァァァゲハッ……!!


 ボス、グールアナイアレイターまで一発クリア。

 攻略法を心得ていたというのもあるが、それでも性能向上の恩恵は明らかである。


「ミタ丸、この調子ならもっと先のステージに進んでもいいかもな」

『了解しました。フランキングリージョンを攻略したことでもうひとつ遠くのフィールドへの出撃が許可されています。次回出撃時に出撃先として選択可能になります』

「よし、じゃあ資源をアーセナルに放り込んだらそっちへ行こうか!」

『一点、ご注意があります。フランキングリージョンはフォールンフォートに近いこともあり、スィーパー同士の出撃区域が重複しないよう調整されておりました。しかしこれ以遠はその限りではありません』

「そりゃつまり会う可能性があるわけだ、他のスィーパーと」

『その通りです』


 チュートリアルが終わり、ついに本番の舞台へと上がる。

 MMOであるからにはいずれ他者との接触は避けえないことだ。


「言ってチュートリアルの直後だし。初心者同士まったりと楽しもうかね」


 それがいわゆる『フラグ』と呼ばれる言動であると、この時点の彼は思いもしなかったのである――。


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