3 I'll be back back back. ―何度だって蘇るさ―


 がばっ。

 ミコトは開いてゆくポッドのカバーを追いかけるようにして飛び起きた。

 慌てて周りを見回せば、何となく見覚えのある部屋が見える。


「どこだっけここ」

『おはようございます。マスターは恒星間移民船『イザナギ』内にて再生されたところです』


 そういえばゲームを始めたての時もこんな感じの場所で起こされた気がする。

 違いはアマテラスがおらずミタマモジュールが話していることか。

 そこではたと気が付いた。


「あれ、ミタ丸だけ? ハクウは?」

イモータルボディIBハクウは撃破され、機体はフィールドに放棄されました』

「ウッス」


 そうだね、敵性存在エネミーに機体ごと潰されたね。

 初期ステージだからと侮ったわけではないが――というより初期ステージのわりに難易度高すぎない? というのがミコトの正直な感想ではある。


「そういや俺自身はリスポーンしたとしてハクウはどうなるんだ? まさかこのまま裸一貫でフィールドに行けと?」


 まさかと思いつつ、彼はこのゲームならそれくらいやりかねないという疑念をぬぐえないでいた。


『機体については再度支給を受けられます』


 ミタマモジュールが告げると同時に隔壁が開き、奥からレールに乗って初期機体ハクウが運びこまれてきた。

 ミコトはほっと胸をなでおろす。


「さっきぶり。ごめんな、壊しちまった」


 初期ステージからあの難易度ならば、今のままのミコトとハクウでは力不足は明らかである。

 ならばやることはひとつだった。


「再挑戦の前に。なぁ、メカ……カスタマイズしようや……」

『残念ながら、マスターはまだまったく資源を所持されていません』

「えっ。死に戻りはしたけど、さっき何か拾ってたよね?」

『ドロップアイテムは全てインベントリに保持されます。ハクウを撃破され機体を放棄したため、回収されておりません』

「仕様鬼かよ……」


 ということは、何としてでも機体を無事に生還させる必要がある。

 このまま初期機体と初心者プレイヤーのままステージを突破するしかないというのか、思ったより意地の悪いゲームだぞこれ。


 そんなことを考えているとふと、ミコトの脳裏に閃くものがあった。


「なぁ、初期機体ハクウっていくらでも支給されるんだろ?」

『……正確にはマスターが出撃され、撃破されるたびに再支給の許可がおります。もしもハクウのみ無限に解体して資源を手に入れる心づもりであれば……私の身命を賭してお諫めせねばなりません』

「いやーそんなことかんがえてないよぉー」


 さすがにそれくらいのズルは対策しているらしい。

 致し方ない、ならば正面突破してみせようじゃあないか。


「ご安心ご安心、真面目にバトりますともよ。ミタ丸、出撃しよう。行き先はさっきと同じ場所。初期機体なら無限リトライ可能ってわかったんだ。屍を積み上げて道を切り拓いてやるさ」


 かくして電磁リニアカタパルトの咆哮と共に、再びハクウが空を翔ける。


「再エントリィーッ!!」


 フランキングリージョンの大地に突っ込み素早く周囲を確認。

 インジケータにも敵性存在の表示はなし。

 代わりに無残にも破壊されたイモータルボディと思しき残骸を発見した。


「ミタ丸、これってもしかして」

『はい。先ほど撃破された我々のハクウです』

「オウ……」


 死体が残っているとはなおさらに悪趣味な――と考えたところで気づく。


「これって回収できるんじゃ?」

『残骸であれば問題なく回収可能です。インベントリ内のドロップアイテム類はそのまま残っていますし、機体そのものも資源となります。ただし撃破により部品が損壊するほか再出撃までの時間経過による劣化もありますのでご注意を』

「ほう、話変わってきたな。ということはリトライが正攻法ってわけだ」

『また、場合によっては他のスィーパーが先に残骸を見つけ回収してゆくこともあります』

「あーね、他のスィーパー。そういう要素もあるわな」


 ひとまず心にとどめ置き、残骸を回収する。

 ハクウのインベントリにePカネ資源モノ残滓スラグが続々と流れ込んできた。


「なぁ、これだけ持って今すぐに帰れないかなぁ!?」

『帰還用ポータルゲートは現在使用不可能です』

「ウッス。戦るしかないデスねー」


 覚悟を決めたところでインジケータが敵性存在の襲来を報せた。


『注意。フィールドの瘴気ダークフォグ侵蝕率、現在二五%』

「うぇっ!? いきなりグールドーザー来たぞ!」

『一度上昇したフィールドの瘴気侵蝕率はしばらく維持されます』

「絶妙に優しいとも言い難い仕様!」


 ミコトの戸惑いなどどこ吹く風。

 さっそく湧いたグールドーザーとグールドローンが耳障りな叫びを上げながら押し寄せてくる。


「ええいやったろやないけぇーッ! こいやぁーッ!」


 フランキングリージョンにライフルの発砲音とブレードの輝きが瞬き、まもなく静かになった。

 再出撃リトライ


「まだまだぁーッ!」


 再び死に戻りしてきたミコトとハクウが空から降ってくる。

 忘れずに前回の残骸を回収してから敵性存在へと突撃。


「せいやぁーッ!」


 グールドーザーの処理に手間取っている間にグールドローンにたかられ、片手を潰された上に殴り倒された。

 再出撃リトライ


「そいやさぁーッ!」

『注意。フィールドの瘴気侵蝕率上昇。現在五〇%』


 瘴気侵蝕率が上がったことで新たに射撃型の『グールスマッシャー』が追加され、ドーザーやドローンと殴り合っていると横から撃たれるようになった。

 再出撃リトライ


「こなくそー! 走れ走れ走れぇーッ!」


 撃たれないようとにかく走り回る。

 辻斬りのようにドーザーを切り伏せ、ドローンを蹴り飛ばしながらスマッシャーに接近、プラズマブレードを叩き込む。

 直後、新たに出現したスマッシャーに脳天を撃ち抜かれた。

 再出撃リトライ


「なんとも一進一退って感じ」

『マスターは成長されていますよ。もちろん、私も共におります』

「荒稽古だなぁ」


 文字通り自らの屍を積み上げての前進である。


「足を止めるな。撃たれるぞ」


 ハクウが二本の足で走り続ける。

 時にスラスターダッシュを挟み、スマッシャーの予測射撃をかわしてゆく。


「敵の位置を意識しろ。包囲されるのはマズい」


 インジケータの表示を意識し、敵の数が少ない場所から優先して処理してゆく。


「最小限の火力で倒せ。処理効率を意識しろ」


 ハクウが制式対甲ライフルをしっかりと両手で構える。

 こうすることで対反動性能が向上し命中率が改善することに気づいてから、特にグールドローンの処理がかなり楽になった。


「ブレードはマイベストズッ友!」


 連発こそできないが、プラズマブレードは直撃させればドーザーとスマッシャーを一撃で倒すことができる。

 頼もしい輝きである。


『注意。フィールドの瘴気侵蝕率上昇。現在七五%』


 ついに、ハクウを超える巨体を持った大型の『グールデバステーター』が出現し始めた。

 呆れるほどの耐久性と、数発でハクウを撃破する火力を兼ね備えた強敵だ。


 もちろん初見では簡単に殴り倒された。

 再出撃リトライ


「あと一歩! ミタ丸、オーラバーストモード発動だ!」

『了解』


 周囲を処理しグールデバステーターに接近したところでオーラバーストモードを発動。

 それは一五秒間だけの無双モード。

 出力強化されたプラズマブレードがデバステーターの巨体を両断した。


『オーラバーストモード、維持限界』


 オーラバーストモードにはリスクもある。

 維持限界に達したところで動力炉が強制冷却に入り、しばらく出力が低下するのだ。

 プラズマブレードの充電速度が大幅に低下する他、スラスター機動にも影響する。

 しかし動力の冷却さえ終わってしまえばオーラバーストモードは再び使用可能となる。


「後生大事に取っておくより、使える時にガンガン使うタイプの切り札だな」

『警告。フィールドの瘴気侵蝕率上昇。一〇〇%に到達……超大型B.O.S.S.個体が出現します!』


 そしてついに彼らは到達した。

 空間を捻じ曲げ、揺らぎの中から顔を出すとてつもない巨躯。


『出現:グールアナイアレイター×一』


 それはハクウの数倍に及ぶ巨大な胴部を備え、大木のような足を八本伸ばしていた。

 甲殻類を思わせる装甲は無秩序に重なった機械部品によって成り、間からにじむように生きた肉が蠢く。


 でたらめに目玉を生やした醜い顔がミコトを睨み据え、IBを丸のみにできそうな巨大な口から汚らしい咆哮があがった。


「ミタ丸、弾の残りは」

『制式対甲ライフル、残弾数一一二。制式対物プラズマブレード、充電率一〇〇%』

「十分。俺は! 資源を! 持ち帰る!」


 そうして開幕直後、大きく開いた口からの極太ビームを浴びてハクウもろとも蒸発した。

 再出撃リトライ


「何度でも還ってくる! そう、時間の許す限りな!」


 間を置かず再び射出されてくるミコトとハクウ。

 紛うことなき無限ゾンビアタック。もはやどちらが化け物かわかったものではない。


 もしも敵性存在エネミーどもに知性があれば恐怖のひとつも覚えたかもしれないが、幸いにも(?)奴らには破壊本能しかない。

 ミコトが諦めるのが早いか敵性存在が死滅するのが早いか。

 これは互いの存亡をかけた生存競争といえよう。言えよ。


「ていうかミタ丸さ! なんかボスのライフゲージ回復してませんかーッ!?」

『超大型個体は再生能力を備えているため、こちらが再出撃するまでの間に傷を修復してしまいます』

「うわーボスだけは一発突破必須かよ! はいがんばりまーす!!」


 ここまできたらあとはもはや意地である。

 開幕ゲロビをスラスターダッシュでかいくぐり、反撃のライフルを浴びせる。

 装甲が堅牢すぎてまともにダメージが通らなかった。


「ハミ肉狙いは命中率が厳しい! だったら!」


 地面を砕くような足の叩き付けをかわしブレードで斬りつける。

 一度では通じなかったが数回も斬れば装甲そのものを破壊できた。


「殻が剥けたぞーッ!」


 すかさずライフルを撃ち込み、追撃のブレードを叩きこみ。

 ダメージを受けて暴れるボスの足をかわしながら、ひたすらにライフルを撃ち込み続ける。


「弾切れーッ! これくらいで諦めると思うなーッ!」


 空になったライフルを投げつける。即座に踏みつぶされた。

 ライフルが無くなったからなんだというのか。

 プラズマブレードをぶん回し、充電中は素手の拳で殴りかかる。

 ちなみに蹴ったほうが少しダメージが多かった。


 ボスの攻撃をかわし続け、ひたすら地道に攻撃を重ねる。

 いい加減ダメージが積みあがったところでグールアナイアレイターががばりと口を開き、極太ビームの体勢に入った。


「いらっしゃいませお待ちしておりましたァ! こちらご注文のオーラバーストモードになるぜオラァッ!」


 ここぞと温存しておいたオーラバーストモードを発動する。


「一五秒以内に終わらせる!」


 爆発的に高まった出力に任せてスラスターを全開。

 頭上にある口の高さまで飛び上がり、プラズマブレードを構える。


『制式対物プラズマブレード:充電率二〇〇%』


 生み出される燃え盛るプラズマの刀身。

 過剰出力によって威力を増したそれを、渾身の力で口の中へ叩きこんだ。


 ――ギィギャァァァッガァァァ……!!


 体内から爆発を噴き上げ、グールアナイアレイターの巨体が揺れる。

 やがてその巨躯が傾ぎ、錆の塊と化していった。


 滝のように崩れ落ちてゆく錆の雨を前に、ミコトが快哉をあげる。


「フゥー、ハァー。ハハッ……ハハハハハァ! この世に悪の栄えたためしなし! Say! bye!!」

敵性存在エネミー撃滅完了ターミネイテッド。資源を回収します』


『入手:五〇〇eP、残滓一二五、

“Rusted”シリンダー×五〇、

“Rusted”リニアモーター×五〇、

“Rusted”サスペンション×五〇、

“Rusted”マイクロチップ×五〇、

“Rusted”冷却素子×五〇……』


「んおっほ↑! おほほほぁあぁ~↑! この一瞬のために戦ってんだよこちとら!」


 続々とモニターを流れてゆく大量のドロップアイテム入手報告。

 待ちに待った資源の山に、ミコトが操縦席の上で小躍りする。


『超大型個体の撃破によりフィールド上の瘴気が消滅しました。帰還用ポータルゲート使用可能です』

「よし帰ろう! すぐ持ち帰ろう! これ以上何かあっても無理だから!」

『帰還用ポータルゲート起動します。コントロール、アイ、ハブ』


 ハクウから光が放たれ、空中に円環を描く。空間が歪み円の中に光が満ちた。

 自動操縦に移ったハクウがポータルゲートをくぐってゆき――。


 ポータルゲートの通過にかかった時間は一瞬。

 光に包まれたかと思えばすでに景色は変わっていた。


「ここは?」


 お馴染みのイザナギ船内へと戻ってきたのかと思えば違っていた。

 そこそこの広さがある空間にはいくらかの工作機械と、IBを停めることのできる整備台がある。

 まるで工場のようなこの場所は――。


『おかえりなさいませ。フランキングリージョンの突破によりマスター専用のプライベートアーセナルが解放されました。ここではIBの整備や改修を行うことができます』


 ミコトが嬉しさのあまりコクピットから躍り出たのは言うまでもない。


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