2 What a bloody fireworks. ―きたねぇ花火だよ―


 強化躯体専用拡張機甲装備――イモータルボディIB『ハクウ』。

 レール上の台座に直立した状態で設置された人型兵器を、ミコトは舐めまわすように眺める。


「んん~。このいかにも初期機体って感じのプレーンな味わい。美味うましッ」


 ハクウは標準的な人型で、全体的に直線的なパーツによって構成されている。

 質実剛健ととるか安直ととるかは人それぞれだろう。


「さながら純白のキャンバスのごとしってね。さーてどうやって盛り盛りしてやろうか」


 もちろんモデラーとしてのチェックも怠らない。

 そうしてにんまりとした笑みを浮かべてハクウを眺めまわしていたミコトは、そこではたと気づいた。


「そうだ、カスタマイズ。これってもう改造できるの?」

『今はできません』


 隣で浮いたままの管理知能『アマテラス』が淡々と答える。

 彼女はしぶい表情を浮かべたミコトに気づいて言葉を続けた。


『あなたはまだ、改造に必要な資源を何も所有していないので』

「はい」


 イエス素寒貧。ぐうの音もでなかった。

 そりゃあゲーム始めたてもいいところなのだから仕方ない。


「その資源ってのはどこで手に入るもの?」

『主に敵性存在エネミーとの戦闘、それに伴う惑星の開拓によって得られます』

「戦ってこいってことね」


 いかにもゲームらしく順序を守って遊んで来いということだ。


「善は急げ。さっそく出撃しようか」

『あなたの使命の遂行に期待します、トラブルスィーパー。いってらっしゃいませ』


 アマテラスが一礼し、同時にハクウが台座の上で膝をついた。

 僅かな擦過音とともに胸部装甲が開いてゆく。

 胸の奥にあるコックピットが露わになるにつれミコトの表情がだらしなく崩れていった。


「ほぉ……ぅん」


 のぞき込めば中央に座席があり、周囲は全面がモニターになっているようで待機中のぼんやりとした光を放っている。

 たまらず飛び込むと座席が思ったより柔らかく彼の身体を受け止めた。

 胸部装甲が自動で閉じてゆき、一瞬の暗闇が降りる。


『メインシステム、アクティベート』

「ふわぁ……ぉ」


 モニターが灯り、周囲の景色を映し出した。

 座席がミコトに合わせて変形し最適な形状をとる。


 全身を包み込むようなメカの感触におぼれていると、正面モニターにキャラクターアイコンが表示された。


『おはようございます、マスター。私はIB制御用人工知能、『ミタマモジュール』。これからマスターの戦闘行動を支援します』

「なんかいた」

『ミタマモジュールはマスターと共に戦い、その行動を学習するためにあります。学習が進むことでイモータルボディはあなたの第二の身体同様に、なおさらに素晴らしい動きを発揮してゆくことでしょう』

「とりあえず一緒にロボすればいいってことな」

『……ろぼ? ……イモータルボディの操縦はその大半を思考操作で賄います。また簡単な行動であれば口頭で命じても構いません』

「わかった。じゃあ、教えてくれ。資源が欲しいんだけど、どこ行けばいい?」

『……みたまる? ……了解しました。これよりフォールンフォートを出てフランキングリージョンへと出撃します』


 ゴウンという揺れと共にイモータルボディがレールの上を移動しはじめた。

 ほう、とミコトが流れる壁を眺めていると今度は上へと移動してゆき。

 隔壁が開き、ミコトとハクウは建造物の外へと出ていった。


「おおう、すっげぇ眺め」


 そこからは街が一望できた。

 いかにも急造なちぐはぐの建物の向こう、街を囲んでいるであろう防壁とその上に設置された砲台群が見える。

 振り返れば背後にはとてつもなく巨大な建物が聳えていた。


 いや、よく見ればそれは建物などではなく。

 垂直に突き立っているために建物のように見えるそれは宇宙船――恒星間移民船『イザナギ』そのものである。


「そういえば墜ちてきたんだっけ。カスタムはしたいけど、資源ちゃんと持って帰るから。期待しててよ」


 船を見たことでなんとなくアマテラスを思い出して言っておく。

 その間にもハクウは自動で歩き出しカタパルト上に進み出た。


『リニアカタパルト、レディ。スィーパー・ミコト、およびIBハクウ出撃します』


 直後、電磁リニアカタパルトが唸りを上げ、イモータルボディの巨体を宙へとぶっ放した。


「ヒャッホォーゥ!!」


 高速で背後に流れる景色を楽しんでいられる時間はそれほど長くなく、ハクウはすぐに目的地へと到達していた。

 スラスターを吹かして速度を落とし、残る慣性を大地を滑走して殺しきる。

 立ち込める土煙をかき分け、ハクウが立ち上がった。


「ミタ丸さんや、なんだか近くない?」

『マスターが出撃を許可されているフィールドは、フォールンフォート近郊であるこのフランキングリージョンのみなので』

「あーね。初期ステージ的な」

自動操縦オートパイロット解除。ユー・ハブ、マスター』

「ほいほいさ」


 座席に備わったトリガーグリップを握り足元のフットペダルを踏みしめる。


「ようし、張り切っていこうか」


 イモータルボディ操縦の主体は思考操作である。

 フットペダルを踏み込みながら歩け、と考えるとハクウが歩き出した。


「むふぅ……」


 一歩ごとに聞こえる微かな駆動音が耳をくすぐる。

 コックピットの揺れはほとんど感じない。未舗装の道を自転車で走ったほうがよほど揺れるくらいだ。


「武器ぃ……武器はなぁにかなぁ」


 ハクウが両腕を持ち上げ、モニターにステータスが開いた。


『右腕:制式対甲ライフル:残弾数三〇〇』

『左腕:制式対物プラズマブレード:充電率一〇〇%』


「シンプルゥ。さすがにもうちょっと欲しい、ミサイルとか」

『既製品でよければフォールンフォートで取り扱っています。もちろん購入のためには資金を用意する必要がありますが』

「全部貧乏が悪いのだ。そろそろ敵さん金づる来ないかな」

敵性存在エネミー検知エンゲージ


 ミコトの周囲に円環状のインジケータが拡張現実AR表示され、敵性存在のいる方角を指し示す。


「第一村人接敵!」


 振り返ればすぐさまモニター上に対象がマークアップされた。


『出現:グールドローン×一』


 まばらに生える赤茶けた雑草を蹴立てて迫りくる、怪物。

 全高は小さく、ハクウの膝くらいか。

 全身に雑に機械部品を取り付けたゾンビのような何かがハクウめがけて全力疾走してくる。


「第一村人、なんかグロくない?」

敵性存在エネミーはこの惑星『アシハラ』上に出現する半機械生命です。およそあらゆる個体が人類勢力に対する強い敵愾心を持っており、襲い来るこれらを排除することがスィーパーに課せられた使命の最たるものとなります』

「見るからに知性ゼロだねぇ」


 そもそもグールドローンの頭というのは目が二個以上あったり口が半分を占めていたりと人間のそれとは大きく異なっている。

 少なくとも対話という概念は欠片もなかった。


「ライフル……は弾に限りがあるのか。もったいないな、ここはブレードで」


 ハクウを向かわせ、間合いを測ってプラズマブレードを一閃。

 グールドローンが一瞬で焼き尽くされ、錆の塊のようになり崩れさってゆく。

 すぐモニター上にメッセージが流れた。


『入手:一〇eP、“Rusted”シリンダー×一、残滓スラグ一五』

「なにこれ説明」

『『eP』とは通貨であり、エネルギー資源でもあります。“Rusted”シリンダーは最低レベルですが動作する部品。残滓は処理することで再資源化、または換金可能です。すべてIB内のインベントリに格納されます』

「おマネ資源モノ了解」


 それだけわかっていれば後のことは何とでもなる。

 確かめている間にもう一体グールドローンが駆け寄ってくるのが見えた。


「いらはいマイマネー!」


 またさくっとブレードの錆にする。

 するとまた現れる。今度は二体同時だった。


『制式対物プラズマブレード:充電率五〇%』

「一発半分か、ブレードの消費けっこう激しいな」


 再充電されてゆく充電ゲージを横目に、タイミングよくブレードを振ってドローンを二体同時に焼却する。

 今度は二体と三体のグループが別々の方角から迫ってきた。


「ちょっと忙しくなってきたな」

『注意。フィールドの瘴気ダークフォグ侵蝕率上昇。現在二五%』


 直後に現れた敵は明らかにこれまでより巨大だった。


『出現:グールドーザー×一』


 グールドーザーはグールドローンの倍ほどの体高があり、上半身が異常に肥大している。

 腕だけでもグールドローンより太く、重すぎる両腕をついて半ば四足歩行のような姿で迫ってきた。


「オッケ、倒してくとだんだん敵強くなってくタイプね!」


 同時にグールドローンも来ている、グールドーザーは早めに処理しておきたい。

 右腕の制式対甲ライフルを構えて連射。

 けっこうな反動があり、狙いがぶれにぶれていた。


「命中率さんが息してないんですけどー!?」

『腕部の対反動性能を強化することで、ある程度は対処可能です』

「そうだねハクウ君初期機体だもんね! 強くなろうね!」


 仕方ないのでグールドーザーに近づくことで無理やり命中率を上げる。

 結局一マガジン分二〇発を撃ち切るころになってようやく倒すことに成功した。


「腕の強化、最優先だなー」


 そうしてハクウがライフルのマガジンを交換している隙にグールドローンが近づいていた。

 足めがけて飛びつくと勢いよく噛みついてくる。

 金属製の装甲がミシミシと軋みを上げ、モニター上の機体を模したミニアイコンにダメージ表示が踊った。


「うっわきもっち悪い! 振り払え!」

『了解』


 ハクウが足を振り回しグールドローンを弾き飛ばし、すぐさまブレードで焼却。


 ――ギャアァァァオォォォ。


 その間にも雄たけびと共に新たなグールドーザーが出現する。

 やはり二体と数を増していた。


「初期ステージからこれ。手荒い歓迎だなぁ」


 ライフルだけでは仕留めきれないと判断。

 近づきながら牽制射撃を行い、間合いに入ったところでプラズマブレードを一閃する。


『制式対物プラズマブレード:充電率五〇%』


 グールドーザーの一体が錆と化し崩れ去る間に、もう一体が背後から殴りかかってきた。

 肥大した拳の攻撃力はかなりのものだ。

 受けたダメージ以上に衝撃で体勢を崩されたのがまずかった。


 ハクウは思わずつんのめり、地面に膝をついてしまう。

 そこへと一斉にグールドローンが群がってきた。

 全身のダメージがみるみる蓄積し、ミニアイコンの表示が警告イエローに染まってゆく。


「うわヤバッ、離れろコイツ!」

『マスターに提言。緊急事態につき『オーラバーストモード』の使用を提案』

「それいったいなに!?」

『動力であるオーラドライブを過剰稼働させ、一時的に各性能を爆発的に向上させます』

「即実行!」


 ハクウの背面装甲が勢いよく開き、動力炉が露出した。

 唸りと共に光を放ち、機体各所に伝達するエネルギー量が跳ねあがってゆく。


「でらあッ!」


 ハクウが腕を振るだけでまとわりついていたグールドローンが千切れ飛び、錆となって崩れ去った。

 勢いのままプラズマブレードを発動。

 輝きを増した刀身が一撃でグールドーザーを錆に変える。


『制式対物プラズマブレード:充電率二〇〇%』

「振り放題キタァ! いくらでもかかってこいやぁ!」

『オーラバーストモード、維持限界』


 唐突にふっ、とハクウから輝きが失われた。

 静かに動力炉が格納されてゆき、機体はスンっといつも通りの落ち着きを取り戻す。


「え? どゆこと?」

『現在のハクウでは、オーラバーストモードの維持は一五秒が限界です』

「それ先に言って!?」


 そんなぼさっとした横っ面を、グールドーザーの拳が張り倒した。

 もんどりうって転んだハクウへと敵性存在どもが一斉に飛び掛かり。


「あっちょっやめ……」


 ロクな抵抗もままならずダメージは一気に限界へと達し。

 ついにハクウの機体が爆発し、ミコトも諸共に消し飛んだのであった。


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