ゲーミングトランキライザ/1680万色の鎮静剤
天酒之瓢
ダイブインニューワールド
1 After goodbye. ―さよならの先に―
三月の肌寒さを残した空気の中。
『閉店のお知らせ
平素よりホビーショップビッグトイボックスをご利用いただきありがとうございます。
誠に勝手ながら三月末日をもちまして閉店することとなり――』
「おっちゃん、店閉めるんだ」
弥詞は扉をくぐるなりカウンターに向かって問いかける。
四十がらみの店主がハの字眉で薄くなった頭を撫でた。
「そうなんだよねぇ。このご時世、色々厳しくてさぁ」
「これで地元から玩具店がなくなっちゃうのか。さみしいなぁ」
「ごめんねぇ弥詞君。できればもっと長く続けたかったんだけど、やっぱね」
「いやごめん、大変なのはおっちゃんだよな。今までありがとう。プラモ買うだけじゃなく色々教えてくれて」
「こちらこそ楽しかったよぉ。やっぱり喜んでくれるお客さんあってのお店だしね」
最近の子供にしては珍しく、弥詞は幼いころよりプラモデルを愛好してきた。
小学生時分から小遣いを握り締めては、自宅から程よい距離にあるこの店へと通いつめてきたものである。
店主もまたそんな弥詞に目をかけ、様々な手ほどきをしてきた。
それはもちろん店の売り上げのためというのもあるが、それ以上に同好の士に対する好意が理由の大半を占めていたものだ。
弥詞の作ったプラモデルを店頭に飾ってもらったことだって一度や二度ではない。
彼の趣味の楽しみのほとんどはこの店と共にあったというのに。
「……そっかぁ」
そして彼は、そんな思い出を呑み込める程度には年を重ねていた。
「おっちゃん。俺、大学受かったんだ。来月から
「おおっ。おめでとうな弥詞君! そうかぁ、もう君も大学生なんだねぇ」
「それでもうすぐ、向こうの方に下宿することになったんだ」
店主はほう、と目を眇めてころころ笑う。
「めでたいねぇ。それにこう言っちゃなんだけど、安心したよぉ。これでうちの店、最後のお得意様も無事に巣立ってゆくことになるんだね。いやぁめでたいめでたい」
店主が安堵の吐息を漏らす。
彼からしても、縁浅からぬ客のことは少なからず気になっていた。
「大丈夫。おっちゃん、俺まだプラモ趣味止めるつもりはないから。あっちでも買えるところ開拓してみるよ。今日は……これお願い」
「うん。まいどあり」
いつものように弥詞がプラモデルを選び、店主が値段を読み取る。
今まで何度もやってきたことがこれからはできなくなるかと思うと妙に寂しくて、弥詞はぼうっとプラモの箱を見つめていた。
「いつもありがとうね。それとこれ、餞別っていうにはつまらないものだけど」
店主が傍らから紙束を掴んで差し出す。
何かと見てみれば商店街でやっている福引券だった。
「うん、ありがとう。……おっちゃん、お店閉めても元気でな」
「弥詞くんこそ大学生活頑張ってね!」
弥詞は閉まる自動ドアをぼんやり見送った。
プラモデルの入ったビニール袋を片手にとぼとぼと歩き出す。
これまでなら新しいプラモデルを買った後はウキウキとしたステップで帰っていたものだが、今日は何となくそんな気分にはなれない。
三月、それは別れの季節。四月の出会いはまだ少し先で。
吹き抜ける肌寒い風に、肩をすぼめて歩き出した。
「……とりあえず福引やっとくか」
道々商店街へと通りかかり、店主がくれた福引券に思い至る。
今やっておかなければ忘れてしまうかもしれない。
せっかく店主がくれた餞別だ、無駄にするのも気が引けた。
「これ、お願いしまーす」
「はいはいどうぞ~」
カラカラカラカラコロン。
回転抽選器からざらざらと白玉が飛び出してくる。
とりあえずポケットティッシュもらうか、と考えていると最後に金色に輝く玉が飛び出してきた。
思わず顔を上げた弥詞と、福引のおばちゃんのニカァ~ッとした笑みがカチ合う。
カランカランカランカラーン!!
スナップの効いたベルの音が閑散とした商店街に響き渡った。
「一等賞おおあた~りぃ~! まぁまぁおめでとうねぇ! これが一等賞品の最新DiVR対応機器と付属のゲームパスだよ~。どうぞ持って帰ってねぇ~」
「へ? あッはい。ありがとうございますぅ……」
どさどさどさどさ。
あれよという間に一抱えもある荷物を渡され、弥詞は思わずのけぞった。
おばちゃんは何と言った? 最新の
慌てて検索で確かめたところ本当につい最近に発売された最新機種のようで――はぁ!? 小売価格五〇万円!?
ごじゅうまんえんってなに? それだけあればなにができるの? ぷらもでるいっぱいかえる?
「いやいや現実逃避してる場合じゃなくて!」
思わず意識が飛びかけて、彼はしがみつくように腕の中のパッケージを抱き留めなおした。
もしかしてこんな高額商品を手持ちで帰らないといけないのだろうか。
まだまだ寒さも引ききらぬ春先だというのに、背中を嫌な汗が伝ってゆく。
彼は小動物よろしくやたらめったら周りを警戒しながらなんとか自宅までたどり着いたのだった。
――★――★――
「はぁ、はぁ……! 無事に帰りつけたーッ!」
必要以上に疲れたような気がする。
おそらく大半は気疲れだ。
自室のなかで一番クッションの利いた場所、ベッドの上にそっとパッケージを置いてから弥詞はようやく一息ついていた。
「ああ、そういえばゲームもついてるんだっけ」
ゲームパスのカードをひらひらと眺める。
真ん中に
「タイトルは『
ゲームタイトルより長いジャンル分類はともかく。
重要なのは『メカカスタマイズ』の部分である。
もう少し詳しく調べたところ、人型戦闘機械『イモータルボディ』を操り未知の惑星を開拓してゆく、というのがこのゲームの趣旨らしい。
そしてイモータルボディは極めて自由度の高いカスタマイズが可能であり、己の手で愛機を作り上げろ! と公式の謳い文句が踊っていた。
「おっちゃん。なんだかすんごい餞別もらっちゃったよ」
どさりとパッケージの隣に身を投げ出して、とりあえずホビーショップの方角に向かって拝んでおいた。
「そだ。せっかくだしちょっと遊んでみるか」
勢いをつけて起き上がる。
幸いにも今は大学が始まる前の春休み期間。
高校卒業後、旅行もなんにも縁のない弥詞だったが時間ならばたっぷりある。
だからこそプラモデルを買いに行ったわけだし。
というわけでさっそく遊ぶことにして、いそいそとヘッドギアを装着した。
さくさくと案内に従いセットアップを終えゲームパスを読み込む。
「
少し考えてベッドに転がりなおした。
緊張と、それ以上のワクワクを胸にゲームを起動する。
そうして閉じたまぶたの裏、星々が流れるように無数の光が尾を曳いてゆき――。
――★――★――
気がつけば、弥詞は果てしない暗闇の中に浮かんでいた。
『鏡振世界レゾネイティッドスフィア――世界接続完了。
簡素なメッセージと共に暗闇の中に人影が浮かび上がる。
サイバーな意匠が散りばめられた着物のような服を身にまとった、ハイティーンの美少女だ。
少女は優雅に一礼すると話しかけてきた。
『おはようございます、スィーパー。私は恒星間移民船『イザナギ』の管理用人工知能、『アマテラス』。
「あ、はい。じゃあカタカナで『ミコト』で」
『……承知しました、ミコト。引き続き、あなたの
本名ほぼそのまま。
ノータイムでひり出された安直ネームは特に問題もなく受理された。
続いてアマテラスが傍らを手で示せば、新たな人影がぼうっと出現した。
タイツのような素材の全身服を着せられたその人影は、とてつもなく見覚えのある顔かたち――具体的には毎朝鏡でみるような――をしていて。
「おわ。俺じゃん」
『はい。これよりミコトにはこの惑星で『トラブルスィーパー』として活動していただきます。それにあたり強化処置を施した躯体が支給されます』
「つまり、これを元にキャラクリしろってことね」
『その理解で問題ありません』
そうして弥詞は馴染みも深き己の姿と向かい合う。
「こうして改めて客観的にみると……なんというか」
身長一五八cm、もうすぐ大学生になろうかという男子としては小柄な背丈。
肩にかかりそうな黒髪を後ろでまとめた髪型は、切ろうとするたび周囲の全員から止められるためにこれ以上短くできた覚えがない。
さらに知人はおろか両親にまで『可愛い』と太鼓判を押される顔かたちのせいで小学生女子に間違えられることすら幾たびか。
いくらなんでも小学生はひどい、せめて中学生だろと抗議しかけてその虚しさに止めた。
それにしても俺ってこんなにまつ毛長かったっけ? ゲームアバターの補正だろうか。
弥言は首をひねりつつ、うーんと唸った。
「ていうか早く遊びたいし、あんまキャラクリに時間かけてもな」
彼の目的はあくまでメカカスタマイズ以下略の部分である。
正直に言ってプレイに支障さえなければ己の外見なんぞどうでもよい。
なのでいきおい変更もおざなりなものとなって。
「ま、これくらいかな。さすがにちょっとは変えておいたほうがいいだろ」
ぱぱっと髪の長さを胸にかかるくらいにまで伸ばし、邪魔にならないよう後ろで結んでおく。
つややかな黒色はそのまま、一部にメッシュだけ入れておいた。
顔かたちはまさかのノータッチ。
無駄に男らしさ全開の正面突破スタイルのまま、弥言はさっさとキャラクリを切り上げるのであった。
『強化躯体の外見設定を保存しました。また、外見設定は後々に変更することも可能です。ではスィーパーの覚醒シーケンスへと移行します』
たったいま外見変更したばかりの強化躯体が弥詞の意識へとだんだん接近してきて、やがて重なり合った。
次の瞬間、現実の人間である『
彼の身体を収めていたポッドが扉を開いてゆく。
見知らぬ部屋の中、アマテラスが彼の目覚めを待っていた。
『ミコト、目覚めの気分はどうですか』
「うーん。とくに違和感もないし快調だよ」
軽く手足を振ってみる。
違和感らしいものもなく、現実とほとんどかわりない。
さすが、最新の没入型仮想現実対応というのは伊達ではないようだ。
『それではこちらへ。状況は道々説明いたしましょう』
「はーい」
すーっと宙を浮いたまま進むアマテラスの後をてくてくとついてゆく。
『ここは恒星間移民船『イザナギ』の中。あなたは移民の一人として本船のメインサーバ内に人格データと遺伝子情報が保存されていました』
『今回あなたを目覚めさせ、強化躯体を与えた目的はただひとつ。不慮の事故によりこの惑星に墜落したイザナギを、再び宇宙へと上げるためです』
『そのための惑星開拓、ひいては資源獲得に従事していただきたいのです』
『もちろん手ぶらでやれとは申しません。そのための装備を支給いたします』
通路の突き当りまでついたところでアマテラスが振り返った。
『こちらを』
「ほぉう……」
彼女が示すと同時、ロックが外れ隔壁が開いてゆく。
奥から延びるレールの上を運ばれてきた物体を目にして、ミコトは小さく声を漏らした。
『強化躯体専用拡張機甲装備……通称をイモータルボディ。機体名称『ハクウ』です』
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