第27話: 停滞する時間
翌日、くるみはいつものように学校へ向かっていた。頭痛は少し和らいでいたが、心の中に渦巻く不安は消えない。よもぎの言葉が、まるで頭の中でずっと響き続けているようだった。「運命」――彼が口にしたその言葉が、彼女の心に重くのしかかり、何かから逃げることができないという感覚が離れない。
学校に着くと、周りの生徒たちは日常の喧騒の中で過ごしていたが、くるみはその風景から一歩距離を置いたように感じていた。自分だけが違う世界にいるような感覚が、どこか現実感を遠ざけていた。
授業が終わると、くるみは静かに教室を出ようとした。しかし、その時、背後から控えめな声がかかった。
「田村さん、少し話してもいい?」
振り返ると、そこには宮乃ころねが立っていた。クラス委員長で、いつも落ち着いた雰囲気を纏っている彼女は、くるみのことを静かに気にかけているようだった。
くるみは、ころねに何も言わずに小さく頷いた。ころねは安心したような表情を浮かべ、くるみに歩み寄った。
「最近、部活に来てないけど…大丈夫?」ころねは優しい声で問いかけた。くるみはバドミントン部に所属していたが、事故以来、部活に顔を出していなかった。
くるみは一瞬だけ目を伏せたが、何も言わなかった。事故以来、部活のことなど考えたこともなかった。自分がこの世界に存在する意味すら分からないのに、部活動に戻る理由が見つからないのだ。
ころねはそんなくるみの沈黙に気づき、少し心配そうな表情を浮かべながら続けた。「みんな、田村さんのこと待ってるよ。私も部活が再開できるのを楽しみにしてるんだけど…無理はしなくていいから。」
くるみは何も言わず、ただ小さく肩をすくめた。その仕草に、ころねは少し戸惑いを見せたが、それでも気遣いを込めた声で続けた。「もし何か悩んでることがあったら、相談してほしいな。部活のみんなも心配してるから。」
ころねの優しさに感謝はしていたが、くるみはその言葉にどう応じればいいのか分からなかった。自分の中で抱えている悩みは、彼女に打ち明けられるようなものではない。自分が「別の世界線から来た」という秘密、そして白装束の人物に関わる運命の問題――それを話せるわけがない。
「…ごめんね、急かすつもりはないの。気が向いたら、いつでも顔を出してね。」ころねは微笑みながらそう言い残し、くるみの肩を軽く叩いて教室を去っていった。
くるみはその場に立ち尽くしたまま、遠ざかっていくころねの姿を見送った。彼女の優しさが心に響いたが、それでも今の自分にはそれを受け入れる余裕がなかった。
その日の放課後、くるみは誰にも告げずに学校を後にし、家へと向かっていた。歩きながら、頭の中では白装束の人物とよもぎの言葉が繰り返されていた。彼らが口にする「運命」という言葉が、彼女にとって次第に重く、逃げ場のない現実としてのしかかってくる。
家に帰ると、くるみは無言のまま自室に向かい、ベッドに横たわった。天井を見つめながら、自分がこの世界で何を成すべきなのか、何のためにここにいるのか、考え続けた。
「運命…」その言葉が彼女の心を締め付ける。
その時、ふと窓の外に何かが動いたような気配を感じた。くるみはゆっくりと体を起こし、窓の外を覗いた。すると、再び白装束の人物が遠くから彼女を見つめているのが見えた。
彼女の胸は一気に高鳴り、恐怖と緊張が全身を駆け巡った。再びあの人物が現れた――彼が何をしようとしているのか、何を伝えようとしているのか分からないが、その存在が彼女に不安を呼び起こしていた。
くるみは窓越しにその白装束の人物をじっと見つめ返した。何かを言いたかったが、声が出ない。体が動かない。ただ、彼がこちらをじっと見つめ続けるその視線を感じるしかなかった。
白装束の人物は何も言わず、ただ静かにそこに立っていた。まるで、彼が何かを待っているかのように――彼女が何かを言い出すのを、あるいは行動を起こすのを待っているかのように。
くるみは恐怖に震えながらも、その場から動くことができなかった。まるで、その存在が彼女の体を縛り付けているかのようだった。
しかし、次の瞬間、白装束の人物はふっと姿を消した。まるで霧が晴れるように、彼の影は闇に溶け込んでいった。
くるみはしばらく窓の外を見つめ続けていたが、やがてゆっくりと深い息をついた。何が起こっているのか分からないまま、彼女の心はますます不安定になっていく。世界が歪み始めているように感じた。
その夜、くるみは寝つけずにベッドの上で身を起こしていた。頭の中で繰り返されるのは、ころねの「部活は再開しないの?」という優しい問いかけと、白装束の人物が自分を見つめていたあの不気味な視線だった。
「私は…何をすべきなの?」
その言葉が、彼女の中で何度も繰り返される。自分の存在の意味、自分がなぜここにいるのか。すべてが曖昧で、理解できないままだ。
ふと、くるみはベッドから立ち上がり、机の上に置かれていたバドミントンのラケットを手に取った。それはくるみが部活に参加していた頃、いつも使っていたものだった。
「部活…」ころねの言葉が頭の中で再び蘇る。くるみは、普通の学生生活を送っていたのだ。だが、私はその普通の生活をおくれる気がしない。
ラケットを手にしたまま、くるみはふと自分の手が震えていることに気づいた。運命に縛られ、別世界からやってきた自分には、もはや普通の生活が似合わないのだろうか?
それとも――
その時、再び窓の外で何かが動く気配を感じた。恐る恐る窓越しに外を覗くと、またしてもあの白装束の人物が、闇の中に立っていた。
くるみの胸は再び高鳴り、息を呑んだ。
今度は、彼が何かを伝えようとしているようだった。彼の姿は不気味だが、彼がただ待っているだけではない――彼は何かを示そうとしているのだ。
「…私に何を求めているの?」
そう問いかけたが、白装束の人物は何も答えず、じっとその場に立っていた。
そして、夜の静寂に包まれたまま、くるみは再び窓の外に佇むその存在を見つめ続けるしかなかった。
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