第26話: 沈黙の中で

くるみは静かな廊下を歩いていた。頭痛がまたじわじわと襲いかかってくるのを感じながらも、気にしないようにして歩を進める。彼女は最近、自分の体が徐々に変わり始めていることに気づいていた。別世界から来た自分という存在に、どれほどの歪みがあるのか――その重みを感じながら、毎日を過ごしていた。


いつものように周りの喧騒に溶け込むように歩いていたそのとき、鋭い視線が彼女に突き刺さった。視線の持ち主は草野よもぎだった。彼は廊下の端に立ち、くるみをじっと見つめていた。


よもぎは乱れた制服姿で、まるで彼女を待ち構えていたかのように、まっすぐこちらに近づいてきた。その険しい目つきと、何かを探るような鋭い視線が、くるみを射抜いた。


彼女は何も言わず、足を止めた。


「おい、田村くるみ。」


よもぎが低い声で名前を呼ぶ。彼女はその声に答えず、ただ無表情のまま彼を見つめ返す。頭の中では激しい痛みが波のように打ち寄せていたが、外にはその痛みを表に出すことはなかった。


「お前さ、本当に普通じゃねえよな?」よもぎは近づくと、さらに問いかける。「俺には分かるんだ。お前、他の奴らとは違う。」


くるみは黙っていた。よもぎの言葉は、どこか挑発的な響きを持っていたが、彼女はそれに対して何も返さなかった。頭の痛みがさらに増していく中で、よもぎの声が遠くから響いてくるように感じた。


「俺も最近、“運命”ってやつに気づき始めてんだよ。」よもぎは一歩前に進み、くるみの顔を覗き込むようにして言った。「お前も運命があるんだろ?他の連中とは違う特別な運命がさ。」


くるみはただじっとよもぎを見つめ返すだけだった。彼女の心の中では、よもぎの言葉が痛みと共にこだまするが、何も答えようとはしない。


よもぎは苛立ちを隠せない様子で、彼女の周りをゆっくりと歩き始めた。「白装束の奴とも話した。あいつが言ってたんだよ。お前には“運命”があるって。逃げられない運命が、俺たちを飲み込もうとしてるんだ。」


くるみは、依然として無言のままだった。彼女の中では、自分がどのような運命に巻き込まれているのか、まだ全く理解できていない。しかし、よもぎの言葉が真実を突いていることは、彼女の体が反応しているように感じられた。運命――それは彼女の背負わされた何か大きなものに違いなかった。


「お前も逃げられねえんだよ。」よもぎは彼女の前に立ち、静かに言った。「俺も逃げられねえ。白装束の奴が俺に言った。お前と俺は同じ運命を持ってるってな。」


その言葉にくるみは一瞬だけ目を見開いた。よもぎが言った「同じ運命」という言葉が、彼女の中にある不安と重なり合う。彼もまた、白装束の人物と接触している――その事実が、彼女にさらなる疑念を投げかけた。


だが、くるみはやはり何も言わなかった。よもぎの言葉を聞き流すことも、理解することもできないまま、彼女の頭の中で激しい痛みが繰り返し襲っていた。


よもぎは、彼女の沈黙に苛立ちを見せながらも、少しだけ柔らかな声で続けた。「お前が何を知ってるかは知らねえ。でも、運命ってやつが俺たちをどうしようとしてるのか、俺には少しずつ見えてきた。お前もいずれ、そうなる。」


その言葉を最後に、よもぎはくるみの前から静かに去っていった。


よもぎが去った後、くるみはその場に立ち尽くしていた。彼の言葉が、まるで重い鎖のように彼女を縛り付けるかのようだった。「運命」――その言葉の意味が、彼女の頭の中で何度も繰り返される。


白装束の人物。運命。よもぎが言った「逃げられない」という言葉。それらが次第にくるみの心に重くのしかかり、彼女を苦しめていた。


再び激しい頭痛が襲ってきた。世界がぐにゃりと歪んで見え、足元がふらつく。くるみは頭を押さえ、壁に手をついて必死に体を支えた。


「どうして…こんなことに…」


心の中で言葉が浮かび上がるが、それを声に出すことはできない。彼女は何も語らず、ただその痛みと不安に耐えるしかなかった。


夜、くるみは自分の部屋でベッドに横たわり、天井を見つめていた。よもぎとの会話が何度も頭の中で反芻されている。「同じ運命」――その言葉が彼女の心をさらに重くした。


不意に、窓の外に何かが動いた気配を感じた。くるみはゆっくりと体を起こし、窓越しに外を見た。そこには、白装束の人物が静かに立っていた。彼は何も言わず、ただじっとくるみを見つめている。


くるみの胸は激しく高鳴った。彼女は再びその存在に遭遇してしまったのだ。


その場から動けないまま、白装束の人物と目を合わせるくるみ。その瞳の中には、運命の真実が隠されているのだろうか――彼女にはまだ、何も理解できないまま。


そして、夜の静寂が続いていく中で、白装束の影は闇に溶け込むように消えていった。

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