第9話: 別れの時
シノンは、くるみの冷たさに打ちのめされながらも、彼女を見捨てることができずにいた。彼女が別の世界から来た存在であることを知っても、シノンの中で彼女への愛情は変わらなかった。しかし、彼女がシノンを突き放そうとするその姿に、彼はどうすることもできなかった。
ある日、シノンがいつものように病院に向かっていると、廊下でくるみの母親と出会った。彼女は心配そうな顔をしており、シノンに気づくと、少し戸惑いながらも話しかけてきた。
「シノン君、ちょうど良かったわ。少し話せるかしら?」くるみの母親は、少し緊張した様子でシノンに声をかけた。
シノンは彼女の表情に何かを感じ取り、「もちろんです」と答えた。二人は静かな病院のロビーに腰を下ろし、くるみの母親はため息をついた。
「シノン君、実は…くるみが退院することになったの。」彼女は静かに告げた。
その言葉に、シノンは驚きを隠せなかった。「退院…ですか?」
「ええ。医者からは、体調は回復したと言われたの。でも、正直言って…心の方は、まだ不安が残るわ。」くるみの母親は少し目を伏せて、シノンに続けた。「彼女は、家に戻ることを拒んでいるの。どうしても、一人で暮らしたいと言って聞かないのよ。」
シノンは、その話を聞いてさらに動揺した。彼女が家族とのつながりさえも拒もうとしていることが、彼の胸に重くのしかかった。
「くるみが…一人で?」シノンは戸惑いながら問いかけた。
「ええ。私たちも説得しようとしたんだけど、彼女の意思は固くて…これ以上、無理に引き止めるのは逆効果だと感じているわ。」くるみの母親は悲しげに言った。
シノンはその言葉に何も返せなかった。くるみが自分だけで生きようとしていることが、彼の胸に深い痛みを与えた。彼女が一人で生きていくことを望むなら、シノンは彼女を支えることができないのかもしれないという現実が、彼を突き刺した。
「彼女のこと…これからも見守ってあげてほしいわ。」くるみの母親はシノンにそう言ったが、彼女の言葉には不安と悲しみが滲んでいた。
シノンは頷いたが、心の中ではどうすればいいのか分からなかった。彼女が彼を拒絶し続けている以上、彼が彼女のそばにいることはできないのかもしれないという思いが、彼の心を締め付けた。
「…分かりました。俺も、できる限り彼女を見守ります。」シノンはそう答えたが、その言葉はどこか虚ろだった。
くるみの母親は微笑んでシノンに感謝の言葉を述べたが、その表情には深い悲しみが残っていた。
その後、シノンはくるみの病室に向かった。退院の知らせを受けて、彼女とどう向き合うべきかを考えながら、足を進めた。
病室に入ると、《《くるみ》」は荷物をまとめていた。彼女はシノンが入ってきたことに気づいたが、冷たい視線を向けるだけで、言葉を交わすことはなかった。
「くるみ、退院するんだって…?」シノンは静かに問いかけた。
「そうよ。もうここにいる理由はないから。」くるみは淡々と答えたが、その声には何の感情も感じられなかった。
シノンは彼女に近づき、静かに言葉を続けた。「君が家に戻らないって聞いたけど…本当に一人で大丈夫なのか?」
「私のことは心配しないで。私は一人で生きていくから。」くるみは冷たく言い放ち、シノンに背を向けた。
その言葉に、シノンは再び絶望を感じた。彼女が完全に自分を遠ざけようとしていることが、彼の胸に深く突き刺さった。
「でも、くるみ…」シノンは必死に言葉を絞り出したが、くるみは振り返らずに言った。
「もう来ないで、シノン。あなたがいると、私が余計に苦しむだけだから。」その言葉は、冷たく、確かに彼を拒絶するものであった。
シノンはそれ以上何も言えず、ただくるみの背中を見つめるしかなかった。彼の中には、彼女をどう助ければいいのかという答えが見つからず、ただ深い孤独が広がっていった。
静かに病室を後にしたシノンは、病院の外で立ち尽くした。彼女が退院し、一人で生きていくことを決めた今、彼にできることは何もないのかもしれないという現実が、彼の心を締め付けた。
「くるみ…俺はどうすればいいんだ…」シノンは心の中で呟きながら、重い足取りでその場を後にした。
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