第8話: 冷たい壁と真実の影

日々、シノンはくるみの変化に胸を痛めていた。彼女が目を覚ましてからというもの、その態度は以前とはまるで違っていた。優しかったくるみは消え、代わりにシノンに対して冷淡で距離を置くようになっていた。それでも、シノンは彼女を支えるために毎日病院に通い続けていた。


ある日、シノンは決意を固め、彼女に真剣な話をしようと病室に向かった。扉を開けると、くるみは窓際に座り、遠くを見つめていた。彼女の横顔は美しくも冷たく、シノンの胸に不安が広がった。


「くるみ、今日も来たよ。」シノンは微笑みを浮かべながら、彼女に声をかけた。


しかし、くるみはシノンに視線を向けることなく、淡々と答えた。「また来たのね。」


その冷たい反応に、シノンは少し戸惑ったが、気を取り直して彼女に近づいた。「くるみ、最近のこと、何か覚えているか?少しずつでも、何か思い出せるといいんだけど。」


すると、くるみはシノンの方を振り返り、冷たく言い放った。「シノン、もう来なくていいわ。」


その一言に、シノンは心臓が止まるような感覚を覚えた。彼女の言葉がまるで刃物のように胸に突き刺さった。


「どうしてそんなことを言うんだ?」シノンは動揺を隠せず、彼女に問いかけた。


「あなたがここに来ても、私には何の意味もないの。」くるみは感情を感じさせない声で続けた。「私は、あなたが知っているくるみじゃない。だから、あなたが何を言っても、私には関係ないのよ。」


シノンはその言葉に言葉を失った。彼女が言っていることは、自分が抱いていた恐れを現実のものにするものであり、彼にはそれを受け入れる準備ができていなかった。


だが、その瞬間、シノンの胸の中で疑念が確信に変わった。今の彼女は、彼が知っているくるみではないのだ。胸の中で浮かび上がる不安とともに、シノンは意を決して言葉を紡いだ。


「やっぱり…お前は、くるみじゃないんだな?」シノンの声は震えたが、その言葉には確かな意志が込められていた。「別世界から来たって、本当なのか?」


その問いに、くるみは一瞬、動揺したように見えたが、すぐに冷静さを取り戻し、目をそらした。


「どうしてそんなことを言うの?」くるみは無表情のまま、静かに問い返した。


「俺は知ってるんだ。今の君が、俺たちの世界のくるみじゃないことくらいは…気づいていた。」シノンは言葉を詰まらせながらも、彼女に向き合った。「君が何を抱えているのか、全部は分からない。でも、俺に隠していることがあるんだろう?」


くるみはしばらくの間、シノンを見つめ続けていたが、やがて小さく息をついた。「そうね…あなたには分かるのね。でも、それを知ったところで、何も変わらないわ。」


「どういう意味だ?」シノンは彼女の言葉を追い求めた。


は目を閉じ、少しの間沈黙していた。そして、再び目を開くと、彼女の目には冷たい光が宿っていた。「私は、この世界にいるべき存在じゃない。それだけは確かよ。だから、あなたがここにいることは、私にとって重荷でしかないの。」


シノンはその言葉に打ちのめされた。彼が愛したくるみはもういない。そして、目の前にいる彼女は、別の世界から来た存在であり、彼との関係を切り離そうとしているのだ。


「くるみ、俺はお前を諦めたくない。たとえ別の世界から来た存在でも、今ここにいるのは君だろう?俺は君を支えたいんだ。」シノンは必死に訴えた。


しかし、は冷たく首を振った。「シノン、もう来ないで。あなたがここにいることで、私は余計に混乱してしまうの。だから、これで終わりにしましょう。」


シノンは彼女の背中を見つめながら、何も言えなくなった。彼女の言葉は、まるで壁のように彼を突き放し、二人の間に決定的な距離を作り出していた。


そのまま病室を出たシノンは、重い足取りで廊下を歩いた。心の中で何度も彼女の言葉が反響し、自分の中にある愛情が無力であることを痛感していた。


「くるみ…どうしてこんなに遠くなってしまったんだ…」シノンは心の中で呟きながら、病院を後にした。


外の空気は冷たく、彼の心にもその寒さが深く染み込んでいくように感じられた。彼が愛したくるみはもういない。そして、今の彼女はシノンを遠ざけようとしている。それでも彼は彼女を諦めることができず、どうすればいいのかを悩み続けるのだった。

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