第7話:消えた温もり

シノンは、くるみの異変に気づきながらも、彼女が元に戻ることを信じて毎日病院に通い続けていた。だが、くるみはかつての彼女とは明らかに違っていた。彼女の言葉や表情は冷たく、かつての温かみや優しさがどこかに消えてしまったかのようだった。


ある日、シノンはいつものようにくるみの病室に向かっていた。だが、扉の前で足を止め、少しだけためらった。彼女と話すたびに感じる違和感が、彼の心に重くのしかかっていたからだ。


「今日はどうだろう…」シノンはそう呟き、意を決して扉を開けた。


くるみはベッドに座り、窓の外をぼんやりと見つめていた。シノンが入ってきたことに気づくと、彼女は振り返り、いつものように淡々とした表情で言った。


「シノン、今日も来てくれたのね。」


「もちろんだよ。お前の顔を見に来たんだ。」シノンは笑顔を作りながら、彼女のそばに座った。しかし、その笑顔もどこかぎこちなかった。


二人はしばらく無言で過ごした。シノンはどう切り出すべきか悩みながら、彼女の様子を伺っていた。彼女の中に感じるこの冷たさは一体何なのか、それを確かめるべきだという思いが頭をよぎった。


「くるみ、最近のこと、何か覚えているか?」シノンは慎重に尋ねた。彼女が記憶を取り戻す兆しがあれば、それが二人の距離を縮めるきっかけになるかもしれないと思ったからだ。


しかし、くるみは首を横に振り、冷静に答えた。「いいえ、何も。すべてがぼんやりとしていて、思い出せないの。」


その言葉に、シノンは内心で落胆した。だが、それでも諦めずに続けた。「じゃあ、何か気になることは?何でもいいから、話してくれないか。」


くるみは少しの間考え込んだが、やがて淡々と答えた。「特にないわ。今はただ、ここにいるだけ。それがどういう意味を持つのか、私自身も分からない。」


その言葉に、シノンは彼女が何かを隠しているのではないかという疑念を抱いた。彼女の目には、何かを言いかけてやめたような影が映っていた。


「くるみ、本当に何も隠してないか?」シノンは少し強い口調で問いかけた。


くるみはシノンをじっと見つめたが、すぐに目をそらし、静かに言った。「何も隠してないわ、シノン。ただ…何を話せばいいのか、分からないだけ。」


その言葉に、シノンはそれ以上問い詰めることができなかった。彼女の中にある何かが、彼に言わせないようにしているように感じられたからだ。


沈黙が二人の間に流れた。その沈黙は、かつて二人の間にあった心地よいものではなく、重く、息苦しいものだった。


やがて、シノンは立ち上がり、窓の外を見つめた。「くるみ、俺はお前が元に戻るのを待ってるよ。何があっても、俺はここにいるから。」


くるみは無言でシノンの背中を見つめていたが、彼女の表情には何も読み取れなかった。彼女が何を考えているのか、シノンにはまるで分からなかった。


その日、シノンは病院を後にしながら、胸の中に深い不安を抱えていた。彼女が自分の正体を言わないまま、何かを隠し続けていることが、二人の関係に大きな溝を生み出しているように感じられた。


「俺はどうすればいいんだ…」シノンは心の中で呟きながら、静かな夜の道を歩いていった。彼女の正体に気づきながらも、それをどう受け入れるべきか、シノンはまだ答えを見つけられずにいた。


風が冷たく吹き抜け、シノンの心もまた、その風にさらされるように冷たくなっていくように感じた。

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