第6話: 不可解な光景

くるみが目覚めてから数週間が経過した。シノンは、彼女が元に戻ることを期待しながら毎日病院に通い続けていたが、くるみの態度や言動には、以前の彼女らしさが感じられなかった。彼女の中に、シノンが知っているくるみはもういないのではないかという疑念が、徐々にシノンの心に広がっていた。


その日も、シノンはいつものようにくるみの病室へと向かっていた。だが、病室の扉に手をかけた瞬間、シノンはふと中から聞こえてくる声に気づいた。くるみの声が誰かと話している。だが、その相手は医師や看護師ではなかった。


シノンは扉をそっと開け、少しだけ中の様子を覗き込んだ。その瞬間、彼は目を疑った。病室の中で、くるみは白装束を纏った不思議な人物と向かい合って話していたのだ。


その人物は、古風な衣装を纏い、全身を白い布で覆っていた。顔は薄い布で覆われており、表情はほとんど見えなかったが、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


シノンはその光景に息を飲み、思わず後ずさりそうになったが、耳を澄ませて二人の会話を聞こうとした。


「…お前がここにいる理由を知っているだろう?」白装束の人物が静かに問いかけた。


くるみは少しの間黙り込んだが、やがて低い声で答えた。「ええ、知っているわ。でも、どうして私が選ばれたの?」


「それが運命だ。お前がこの世界に来たのは偶然ではない。」白装束の人物の声には冷たい響きがあった。


シノンはその言葉に驚き、さらに耳を傾けた。くるみが別の世界から来た存在だということを示唆するような話に聞こえた。


「私は…ここで何をすればいいの?」くるみは困惑した様子で問い返した。


「この世界の役割を果たすだけだ。お前が元の世界に戻ることはできない。この世界で生きるしかないのだ。」白装束の人物は淡々と告げた。


シノンの心臓が早鐘のように鳴り始めた。彼女が元の世界に戻れない――それは、くるみが本当に彼の知っているくるみではないという現実を突きつける言葉だった。


「でも、私がここで生きる意味は?」くるみは悲しげに問いかけた。


「意味を探すのはお前自身だ。過去を捨て、この世界で新たな存在として生きろ。」白装束の人物はそう言い残し、静かに立ち上がった。


その瞬間、シノンは焦りを感じ、扉をそっと閉めようとしたが、その音に気づいたのか、白装束の人物が突然こちらを向いた。シノンは一瞬、目が合ったような気がしたが、その人物は何も言わずに病室を出ていった。


シノンは息を詰めたまま、その人物が廊下を歩き去るのを見送った。彼の胸には強烈な不安と恐怖が渦巻いていた。


扉の向こうで、くるみは再び一人になっていた。シノンはしばらくその場で立ち尽くし、やがて意を決して病室に入った。


「くるみ…」シノンは静かに彼女の名前を呼んだ。


くるみはシノンを見上げ、どこか遠い目をして微笑んだ。「シノン、来てくれたんだね。」


その笑顔には、かつてのくるみの温かさがなく、どこか空虚なものを感じた。シノンは、自分の中にある恐れを押し殺しながら、彼女に近づいた。


「さっき、誰かと話してたよね。あの人は誰なんだ?」シノンはできるだけ平静を装って尋ねた。


くるみは一瞬目を伏せたが、すぐに顔を上げて答えた。「ただの知り合いよ。特に気にしなくていいわ。」


その言葉に、シノンは疑念を抱かざるを得なかった。彼女が話していたのはただの知り合いではない。何か大きな秘密が隠されていることを確信した。


「くるみ、本当に大丈夫なのか?」シノンは不安を隠せずに問いかけた。


「大丈夫よ、シノン。心配しないで。」くるみは淡々と答えたが、その言葉にはかつてのような力強さがなかった。


シノンは彼女の言葉を信じたくても、何かが決定的に違っていることを感じざるを得なかった。彼女の中にある何かが、彼の知っているくるみとは別物になってしまった――そう思わざるを得なかった。


外の風が強く吹き、病室の窓を揺らした。その音が、二人の間に広がる不安な空気をさらに重くした。シノンは、新たな現実と向き合わなければならないことを感じ始めていた。

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