3.豊かな舞台
翌日、私はいつも通りに魔法学校へと登校した。
ただしいつもとちょっと違うのは、家に魔女さんが居て、私の帰りを待ってくれているであろうこと。
ちょっぴり浮ついた気分で、私は教室のドアを開ける。
「おはよー!」
「おはよう比奈!」
「やっほー」
私が挨拶をすれば、クラスメイトたちが明るく返してくれる。
ここの魔法学校の高等部は3年間クラスが変わらない。
だから、2年生が始まったばかりだけど、もうみんなとっくに仲良しなのだ。
「昨日ぶり~」
「だね。おはよ」
もちろん千夏とも挨拶を交わし、私は自分の席に座った。
鞄を開けて、1限目の授業の用意を出していく。
用意が終わったら始業までの束の間の時間をクラスメイトとのお喋りに費やす。
最近あったこと、見たもの、今日の授業の話、宿題の話。
思い思いに下らない話をしていると、じきにチャイムが鳴って担任の先生が教室に入って来た。
「はーいみんなー。ホームルーム始めるわよー」
先生が出席簿を片手にそう言えば、生徒たちは慌ただしく席に着く。
さりげなく教室内を見回すと、余分な空席は無いのがわかった。
余分な、というのは、うちのクラスは予備の机と椅子が1組置いてあるからだ。
ちょうど私の隣にあるそれを除けば、席はみんな埋まっている。
今日は特段行事も無いし、普段と同じ、通常通りの1日になりそうだ。
……と、思ったのだけれど。
「こほん。まず、今日はみんなにお知らせがあります」
先生は改まったふうに切り出した。
いつもなら連絡事項より先に出席をとるところだが、どうしたのだろう。
私は頭に「?」マークを浮かべる。
他のみんなも不思議そうに、しかし私語は慎みつつ先生の次の言葉を待った。
「どうぞ、入って来て」
教室のドアに向かって、先生は呼びかける。
するとカラカラ、と静かにドアが開いて、1人の人物が入って来た。
「まっ……!?」
思わず叫びそうになるのを、私はぐっと堪える。
教室に姿を現したのは、他でもない。
魔女さんだった。
私が昨日買ったあの服を着て、彼女は教卓の横まで歩いてくる。
そして私たちの方に体を向けると、にこりと笑ってお辞儀をした。
「初めまして。転校生の
途端に、教室内にざわめきが広がる。
「え、転校生!?」
「初耳なんだけど!」
「てかめちゃくちゃ美人じゃない?」
先ほどまでは黙っていたみんなも、転校生の登場という思わぬイベントには興奮を抑えられないようだった。
「はいはい、みんな静かに! 真志乃さんは最近この街に引っ越してきたばかりだから、みんな色々教えてあげてね」
そんな先生の言葉を聞きながら、私は恐らく、他の誰よりも呆然としていた。
いったいどうやって?
というか、なんで?
名前は本名? 偽名?
思考が混乱の渦に巻き込まれているうちに、魔女さんは私の隣の、予備の席に座った。
彼女は私にウインクをして見せたが、私には何が何だかという感じ。
その後はいつもと同じようにホームルームが進み、1限目の現代文の授業が始まり、終わっていった。
チャイムが鳴って、教科担当の先生が去って行く。
授業という拘束の時間から解き放たれた瞬間、クラスメイトたちは凄い勢いで魔女さんの席に集まって来た。
「ね、どこから来たの?」
「それ私服だよね。制服はまだって感じ?」
「彼氏とか居たりする?」
「家どこ?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶが、魔女さんは少しも動じない。
端正な顔をもっと魅力的にする綺麗な笑顔で、口を開く。
「遠くの方から来ました。制服はそのうちできます。彼氏は居ません。家は比奈の家です」
最後のひと言が発し終えられた瞬間、みんなの視線が私の方に向く。
「ちょっと比奈~! 知ってたんなら早く教えてよね!」
「昨日カフェで一緒に居たよね? かーっ! まさか転校生だったとは、気付かなかったなあ」
「同居ってことは親戚? それともホームステイみたいな?」
「そうだ、今度みんなで遊びに行っていい? 真志乃さんの案内がてらさ!」
千夏含む面々はきゃいきゃいと盛り上がる。
が、私は愛想笑いを返すことしかできなかった。
じきにまたチャイムが鳴り、2限目が始まる。
私は質問攻めから解放されてホッとひと息吐きつつも、まだ心中穏やかではなかった。
とりあえず放課後になったら、魔女さんに色々尋ねよう……。
「今日は前回の続き、水生成魔法の応用をやっていきます」
魔法実践学の先生は、教科書を開くよう指示しつつ説明を始める。
当然ながら魔女さんは教科書を持っていないので、私は彼女と机をくっつけて、自分のやつを一緒に見ることにした。
「では試しに、やってみてくれる人」
つらつらと魔法のつくりや呪文などの理論を語ったのち、先生は生徒たちに呼びかける。
しかし授業あるあるというか、失敗して恥をかくのを恐れて誰も手を挙げない。
まあいつものことだ。
たぶん「今日は○日だから出席番号○番の誰々さん」みたいに、不運な誰かが犠牲になることだろう。
そんなふうに考え、犠牲者が自分でないことを祈っていると、おもむろに魔女さんが挙手をした。
「はい」
クラス中の視線が彼女に集まる。
みんなの思考としては、「転校初日に大した度胸だ」といったところか。
魔女さんは注目を浴びつつ、教壇に上がる。
そして先生が用意した空のビーカーに手をかざし、す、と息を吸った。
「オウィキモ、ユジム。エラウカテムト」
呪文を唱え終えると、ビーカーの底からこんこんと水が湧く。
先生はそこに温度計を差し込んで水温を確認し、満足そうに頷いた。
「はい、よくできました。完璧ですね」
おお、とクラスメイトたちから感嘆の声が上がる。
一方の私は魔女さんの素性を思い返し、それもそうかと納得した。
誤解? だったとはいえ封印されるくらいなのだから、魔法が得意なのはむしろ当然かも。
そんな具合に2限目も終わり、3限目、4限目、5限目と順調に授業は進んでいく。
魔女さんは歴史とか現代社会とかは首を傾げっぱなしだったけれど、魔法系の授業ではことごとく活躍を見せ、そのたびにみんなから羨望の眼差しを受けた。
そうしてようやく訪れた放課後。
わらわらと集まって来るクラスメイトたちをどうにか振り切り、私と魔女さんは帰路についた。
「もー、ほんとびっくりしたんだから。魔女さん、なんで急に学校来たの? あ、別に嫌とかじゃないんだけどさ」
私がちょっと小さめの声で訊けば、彼女は全く悪気無さげに答える。
「もちろん、人の子の推しぴになるためです。現代のことをよく知りたいですし、人の子と直接交流を深めたいと思ったのです」
「なるほどね……」
それにしても、何という行動力。
たぶん私の話と千夏とのやり取りを見て思い付いたのだろうけど、実行速度が凄まじい。
「ちなみに、どうやって『転校生』になったの?」
「魔法で認識を操作させてもらいました」
「わーお」
認識操作なんて超高度な魔法を平然と使うあたり、本当にとてつもない実力者だ。
ともすると、この力を恐れられて封印されてしまった、なんてことも想像できる。
「比奈ー! 真志乃さーん!」
そうこうしていると、後ろから千夏が走って来た。
一瞬、質問攻めを警戒して逃げようかなとも思ったけれど、まあ他には誰もいないし、千夏だからいいかと私は大人しく追い付かれる。
「どうしたの千夏、そんなに急いで。まだ訊きたいことあった?」
冗談めかして私が言えば、彼女は「えへへ」とおかしそうに笑った。
「訊きたいことっていうかさ。真志乃さんにお願いし忘れてたなって思って」
「お願い? まじ……真志乃さんに?」
息を整えると、千夏は少し真面目さの混じった笑顔で、魔女さんに言った。
「あのさ、何て言うか、比奈とたくさん仲良くしてあげてほしいんだ! この子、寂しがりなのにすぐ強がるから。無理しないよう、隣で見張っててやってほしいの」
「ちょ、ちょっと千夏!? 急に親みたいなこと言い出すじゃん!?」
「わかりました。既に仲良くしていると思いますが、一層留意することにします」
「まッ、真志乃さんまで~!」
私は驚きやらこっ恥ずかしさやらで、顔が熱くなる。
でも同時に、ちょっとだけ、いやかなり、嬉しかった。
きっと私の親じゃこんなことは言ってくれないし、答える相手もいないだろうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます