2.新たな居場所
「推しぴ??」
私は首を傾げる。
まさか『海の魔女』の口からそんな突拍子もない言葉が飛び出すなんて、誰が予想できるだろう。
「はい。推しぴ、です。現代の人の子が言うところの『好きな人』『心に深く受け入れる対象』であると記憶しています。……誤りでしたか?」
「いや、合ってますけど……」
謎すぎる。
別の単語と誤解してくれていた方が、まだ納得できたかもしれない。
「なんでまた、推しぴに……?」
あまりの意味不明さで先ほどまでの恐怖感も薄れてしまい、私は素直に質問する。
すると『海の魔女』は、また悲しげな表情で話し始めた。
「かつて、私は人の子に受け入れてもらいたいと思っていました。そのために、親切をしたり、積極的に会話をしたり、努力しました。けれどもそれを許さない者たちが、私を怪物だと言って封印したのです。私はただ、人の子に心を許してもらいたかっただけなのに……」
え、と声が出そうになるのを我慢する。
彼女の話は、何と言うか、学校で習った歴史とはまるで違うようだ。
封印されたというのは合っているけれど、これではまるで……本当は、彼女は悪くなかった、みたいな……。
「私が目覚めたのは、半年ほど前のことです。それまでは意識もありませんでした。私は海の底から地上の声に耳を傾けました。今度こそは好かれ、受け入れてもらえるように、人の子の営みをよく知ろうと思って」
目を伏せて語る『海の魔女』の姿を見るうちに、私の中の疑念が確信に変わっていく。
きっとそうだ。
彼女は悪い人じゃない。
だって、封印されたのに全く恨んだりせず、人と仲良くなりたいと素朴に思い続ける人物が、悪党であるわけがない。
「そうだったんですね……」
純粋な思いが届かず、辛かっただろう。
寂しかっただろう。
彼女のことを考えると胸が痛んだ。
その胸の中で、私は自分といま一度向き合ってみる。
出した答えは明確だった。
「わかりました! 私、あなたが人の『推しぴ』になれるよう、協力します!」
「本当ですか、人の子よ」
パッと『海の魔女』の顔が明るくなる。
こうして改めて見ると、うん、本当に普通の、優しいお姉さんって感じだ。
「はい。あ、あと私は雛田比奈って言います。よかったら名前で呼んでください!」
「わかりました、比奈。では私に対しても、親しみを込めて話してください。呼び名は何とでも」
「じゃあ……よろしくね、魔女さん」
「よろしくお願いします、比奈」
私と『海の魔女』、改め魔女さんは握手を交わす。
持っていたスケッチブックと筆箱は、いつの間にか足元に落としてしまっていた。
***
色とりどりの洋服が並ぶ、アパレルショップの一角。
私はハンガーに掛かったままの服を魔女さんに差し出した。
「じゃあ、これ着てみて」
「わかりました」
試着室に入って行く彼女を見送り、思わず頬を緩ませる。
――魔女さんに協力すると宣言した私は、さっそくその一歩として彼女と共に街へとやって来た。
現代で人に好かれるにはまず現代を知るところから、というわけである。
高いビルや数えきれないほどの魔道具に囲まれた街の様相を見て、魔女さんは目を輝かせていた。
海の底で音を聞くだけでは得られる知識に限界があったからだろう、「あれは何ですか」「それは何ですか」と色んなものに興味津々だった。
見た目も実年齢も魔女さんの方が上だけれど、妹ができたみたいで、ちょっと楽しかったり。
「どうでしょうか?」
シャッとカーテンの開く音がして、私は振り返る。
と、着替えを終えた魔女さんが試着室から出て来ていた。
ふわりとしたフリルが印象的な、白花色の肩出しトップス。
青藍色のロングスカートに、シンプルなショートブーツ。
先ほどまでのドレスとは打って変わり、大人な雰囲気を残しつつもカジュアルな感じにまとまっている。
「うん、似合う! すごい可愛い!」
つい手を叩きながら、私は喜んだ。
思った通り、いやそれ以上だ。
魔女さんは美人だからけっこう何でも着こなせそうだけれど、我ながら良い服を見繕えたのではないだろうか。
私はすぐに店員さんを呼び、このコーデ一式を購入した。
もちろん「このまま着て帰ります」の一言を添えて。
ショップを出て大通り沿いを行くことしばらく、不意に魔女さんが口を開いた。
「先ほどよりも、人の子の視線がよくこちらに向いている気がします。これは好意の表れでしょうか」
言われて周囲を見れば、なるほど行き交う人々が魔女さんに目を奪われているのがわかった。
それも、奇異の目ではなく、彼女の言う通り好意的な目だ。
「そうだよ。さっきの服も綺麗だったけど、ちょっと高嶺の花感が強かったからね」
「なるほど、推しぴになるには適度な親近感が肝要なのですね。学習しました」
魔女さんは嬉しそうに言う。
なんだか私も嬉しくて、誇らしい気分だ。
「比奈、私は現代のことをもっと知りたいです。教えてくれますか?」
「もちろん!」
自分が親にこういうことをしてもらえなかった分、魔女さんには目一杯、一緒にお出かけを楽しんでもらおう! とますます気合いが入る。
腕時計が示す時刻は、まだ午後3時過ぎ。
私は魔女さんとゆっくり会話をしながら、通り沿いの喫茶店へと足を踏み入れた。
幸いにも席はまだ空いており、私と魔女さんは向かい合って座る。
2人分の注文をして少し待てば、ベリーソースのたっぷりかかったパフェがテーブルに運ばれてきた。
「これは何という料理ですか?」
「パフェ、だよ。可愛いでしょ」
「はい。特徴的な見た目です」
魔女さんはまじまじとパフェを眺める。
それからスプーンを手に取っててっぺんのアイスに刺そうとしたところで、私はふと良いことを思い付いた。
「ちょっと待って、魔女さん」
「?」
彼女ははたと動きを止め、その間に私は鞄からスマホを取り出す。
軽く魔力を流し込んで認証をクリアし、慣れた手順でカメラを起動した。
インカメラに切り替えてから、身を少し乗り出し自分と魔女さん、2人分のパフェを画角に収める。
私がピースサインを作れば、魔女さんも真似をしてぎこちなくピースをした。
「はい、チーズ!」
ここだ! というタイミングで、パシャリ。
しっかり撮れたのを確認して、私は姿勢を元に戻した。
「今のは?」
「写真! えっとね……これはSNSって言って、魔力ネットを通じて沢山の人と繋がれるんだよ」
人気のSNSアプリを開いて魔女さんに見せる。
私のフォロワー数はTHE一般人って感じだから、ちょっと恥ずかしいけれども。
「ここで投稿したものは、遠く離れた場所の人にも見てもらえるようになるんだ。今の写真も投稿していい?」
「はい」
すいすいと操作を進め、「#一緒におやつタイム」「#おしゃれカフェ」「#いちごパフェ」なんかのタグを付けて投稿完了。
と、そこで不意に聞き慣れた声が降って来た。
「あれ、比奈じゃん!」
パッと顔を上げると、テーブルの横にクラスメイトの
「わ、びっくりした! 奇遇だね」
「いつものスケッチはいいの?」
「うん。今日はちょっとね」
千夏はもう店を出るところだったようで、二言三言だけ交わして去って行った。
魔女さんは無言で彼女を見ていたが、ややあって首を傾げた。
「彼女は比奈の推しぴですか?」
「違う違う! 友だちだよ、魔法学校の」
「学校……」
「みんなで集まって、勉強をする場所。私は高等部の2年生で、さっきの千夏って子は同じクラスなんだよ。あ、クラスっていうのはね――」
私は魔女さんに、魔法学校のことを事細かに話す。
うんうんと頷きながら楽しそうに聞いてくれる魔女さんの瞳の奥は、キラキラと輝いていた。
***
帰り道、魔女さんと一緒に歩きながら、私はふと思ったことを口にした。
「そういえば魔女さん、家とかあるの?」
「ありません」
「やっぱり、そうだよね……」
魔女さんはずっと昔の人だ。
500年も時間が経ってしまえば、帰る場所も無くなってしまっているだろう。
「じゃあ、うちに来る? 泊めてあげるからさ」
私が思い切って提案すると、魔女さんはこくりと首を傾げる。
「良いのですか?」
「うん!」
そう答えてから、ぽつりと呟くように、私は続けた。
「……うち、基本ずっと親いないからさ」
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